解けた心
アマツマラ達から直った太刀を貰ったコウはその後も神々から受けた依頼をこなし、いつものようにアマテラスへ献上した後、早々に神殿を出てワカヒルメのいる忌服屋に行き、彼女からタギツヒメの神衣を受け取った。
「すまない。急に頼んで……」
「いいえ、お気になさらないで下さい。それより……タギツヒメ様は大丈夫でしょうか?」
「まぁ……今は大丈夫だと思うが……」
家にはネネがいるので、もしスサノヲが押しかけてきたりタギツヒメがいなくなったりしたらすぐに知らせに来るだろう。
未だネネがコウの所に来ていないということは無事だという証である。
「スサノヲも流石に俺の家までは知らないだろうし……押しかけてくることは無いだろう」
「……アラハバキ様、スサノヲ様のことをそんな風に言ってはなりませんよ」
声を潜めながらワカヒルメはコウへ忠言した。
忌服屋には彼女以外にもまだ他の織女や責任者のハヅチオ、チヂヒメなどといった知り合いがいる。
アマテラスやツクヨミに普段と変わらずに接しているコウであるが、三貴子に対して粗暴な言葉を使うというのは他の神々にとってはありえないことだ。
いつ、どこで誰が聞き耳を立てて噂になるか分からない……そんな懸念からであろう。
「すまない……つい……」
「アラハバキ様とスサノヲ様の関係からお気持ちは分かりますが、こういう場ではなるべくお控え下さいませ」
「……肝に命じる」
「……それでは今宵、アラハバキ様のお家に集まればよろしいのですか?」
「あぁ。本当は前の禍者のことがあったから……迎えに行きたいんだが……」
「ご心配ありがとうございます。でも、タギツヒメ様がいらっしゃいますからせめて夜だけでも傍にいてあげてください。私はオモイカネ様やツクヨミ様と共に伺いますから」
コウの心労を理解してか、彼を安心させるようにワカヒルメは優しく微笑んだ。
その笑みを見るとコウはどこか救われたような気がする。
この高天原で一番関わりが深いのはツクヨミとアマテラスだが、一般の天津神で関わりが深いのは恐らくワカヒルメであろう。
何かと気を遣ってくれるし、必要ならば衣も織ってくれる。
そんな彼女に対し、コウはまだちゃんとした礼をしていない。
「ありがとう。この礼は必ずする」
「はい、心待ちにしております」
変わらずに微笑むワカヒルメの見送りを受けながらコウは家路を急ぐ。
道中では特に変わった様子は見られない。
どこかが荒れ果てているわけでもなく、山に棲む鳥獣達も平穏そのものだ。
それを確認したコウはホッと一安心する。
そうして、ようやく家が見える辺りにまで差し掛かった時、コウの安心は完全なものとなった。
目に映ったのはネネと一緒に瓶を運んでいるタギツヒメの姿だ。
どうやら、心と身体はある程度の元気を取り戻したようであった。
「精が出るな」
「あっ、アラハバキ様。お務めお疲れ様です!」
「おかえりなさい!」
声を掛けるとネネとタギツヒメが揃って無邪気な笑顔を向ける。
タギツヒメに至っては朝とはまるっきり別の者だ。
身なりは相変わらずボロをまとっているが、幼いながらもどこか気品が醸し出ている。
それは高貴な出であることを証明しているかのようであった。
それに笑った顔がどこかアマテラスに似ている。
やはり離れていても母子は似るものだ、コウは思いながら彼女へワカヒルメから貰った神衣を差し出した。
「ただいま。ほら、タギツヒメに土産だ」
「わぁ! キレイな衣! ……あの、今着ても?」
「あぁ、構わない。家の中で着替えてくるといい」
「わぁい! ありがと!」
嬉しそうにお礼を言ったタギツヒメは受け取った神衣を抱え、早速家の中へと入って行った。
それを見届けながらコウはネネに近付く。
「随分と明るくなったな」
「えぇ。それでも最初はなかなか心を開いてくれませんでしたが……一緒に水を汲んだり、ご飯を食べたり、紐を編むうちに段々と強張っていた顔が緩んできて……」
「そうか……ありがとう。ネネのお陰だ」
「いえ! 私は何も……結局、まだ何も聞き出せていませんし……」
「そんなことは気にするな。相手はまだ子供なんだ……すぐに話してくれる方が難しいに決まっている。俺だって一日で信じてくれ、なんて言われても信じられない。寧ろ、あそこまで気持ちを明るくしてくれただけでも大したものだ」
落ち込む様子のネネの頭を撫でながら、コウは労いと称賛の声を掛けた。
本当は自ら話してくれるのを待つのが良いに決まっている……だが、そうしてもいられない事情がある。
残りの姉妹とスサノヲのことが気がかりだからだ。
「……でも、今夜辺り聞かなければならない。手をこまねいて取り返しがつかなくなる前にな……」
「はい……」
心が暗くなりけるコウとネネ。
だが、そんな時……タギツヒメが家の中から元気よく飛び出してきた。
「ねぇ、見て見て! どうかな? ネネさん、おじさん」
そう言って出てきたタギツヒメは青色に川の流れのような模様が描かれた神衣を身に纏い、コウとネネに見せるように可憐に回ってみせた。
着る物を変えるだけでここまで変わるものなのか、とコウは見とれて言葉を失う。
その代わりにネネが興奮した様子でタギツヒメの容姿を褒め称えた。
「わぁ……とってもよく似合っていますよ! まるで川の水を纏っているみたい……ねぇ、アラハバキ様!」
「えっ、あ、あぁ……そうだな。よく似合っているぞ」
「え~、本当? それにしてはおじさんの顔、あんまり変わっていないよ?」
「悪いな、元からこんな感じだ。……しかし、おじさんか……」
「あれ? もしかして……嫌だった?」
コウのいまいちな反応にタギツヒメは回るのを止め、不安そうにコウを見る。
その様子にコウは慌てて弁解した。
「い、いや違う。ただ……俺もそんな風に見えるんだな、と思ってな。別に好きに呼んでくれて構わない」
「そっか、よかった! ほら、それじゃあ早く家に入ろ!」
そう急かしてくる幼き女神を見ながらコウとネネはそれぞれ苦笑し、家の中へと入って行った。




