緋太刀
オモイカネに診てもらい、神殿やアマテラスへの朝の挨拶を済んだ後でもコウの中ではまだタギツヒメの姿が残っていた。
家には現在、タギツヒメとネネがいる。
“まち”へ行く前、家の裏手で袖の中にいるネネにタギツヒメのお守りを任せたのだ。
袖の中でタギツヒメの尋常ならざる様子を目の当たりにしたネネはコウの命に迷わず従った。
そうして、コウの後ろ姿を不安そうに見送るタギツヒメの傍に人の姿で戻ってきたネネは再び彼女を驚かせてしまったのが、取り敢えず誰もいないよりはマシである。
さらにコウはタギツヒメの神衣を作ってもらう為に朝礼後にワカヒルメを見つけ、事情を話した。
ワカヒルメもそれを聞いて一も二もなく了承してくれている。
これで、事情を知る者はコウとツクヨミとオモイカネ、ワカヒルメとネネだけとなった。
今晩はツクヨミも交えて五柱が集まり、タギツヒメから事情を聞くつもりだ。
それまでに何とか万神の務めの傍ら、なるべく情報を集める必要がある。
アマテラスにはタギツヒメの頼みがある手前、詳しいことは聞けない。
幸いにもアマテラスはコウの様子に不審がることもなく、いつものように「いってらっしゃい」と声を掛けるのみであった。
知らないことが良いのか、悪いのか……複雑な気持ちを抱きつつもコウは本日の依頼の相手であるアマツマラの所へと向かう。
彼の小屋の所に到着すると珍しく彼はカナヤコと共に小屋の外で待っていた。カナヤコの足元には布で包んだ何かがある。
「アマツマラ、カナヤコ。待たせたな」
「おぉ、アラハバキ。来たか」
「待ちくたびれてた……」
「いや、すまない。少し考え事をしていてな……それで、今日はどうした?」
アマツマラ達が鍛冶もせずに小屋の外にいるのは珍しい。
「いや、実はな……お前の太刀なんだが……」
「俺の太刀がどうかしたのか?」
アラハバキの太刀……ツクヨミと戦った際に折れ、今もなおアマツマラとカナヤコによって修復が行われている。
以前、天金山の火口である炎の湖からコウとネネが見つけてきた特殊な緋色の鉱石によって一時、希望の兆しが見えたかのように思えたが今度は熱した鉄が冷めずに色々な物を試して固めている最中であった。
コウも度々寄ってはタケミカヅチからもらった鉄を集める特殊な石や天金山で拾った色とりどりの鉱石を熱した太刀に食わせているのだが、一向に冷める様子は無い。
太刀のくせに大食漢だ、と呆れてしまったほどだ。
その太刀に何かあったのだろうか?
「この前、倒した禍者……憶えているか?」
「あぁ。忘れたくても忘れられない」
「そうだろうな。あの後……お前に持たせた守りの剣が無くなっているのに気付いて、あれを回収しようとカナヤコが天安河に向かったんだ」
「でも、剣は見つからなかった……」
そうだろう。
なぜなら、タケミカヅチの神力で生み出した雷を凶犬に叩きこんだ際にその身に突き刺していた剣もろとも塵へと還ってしまったからだ。
コウはそのことをアマツマラ達には伝えていなかった。
「……すまなかった。大切にする、と言ったばかりなのに……戦った際に塵となってしまった」
「そうだったのか、どうりで探しても見つからなかったわけだ……いや、でも良いのだ。仮とはいえ主を守って消えたのならあの失敗した剣も生まれた意味があったというもの……寧ろ本望だったろう」
心底詫びるコウを慰めるアマツマラはどこか寂しそうではあったものの、同時に満足げに頷く。
そんな男神達にカナヤコは布で包んだ何かを手に、目の前に出す。
先程から彼女の足元にあったものだ。
「でも、代わりに……新たな物が生まれた」
そう呟き、彼女が布を取るとそこには緋色の刀身に輝く見事な太刀があった。
長さは十拳剣よりは若干短い。
「……こ、これは?」
「やはり……分からないか」
太刀を見たコウの反応にアマツマラは残念そうに呟く。
カナヤコも悲しそうな表情になりながら、その太刀の素性をアラハバキへ伝えた。
「これは……アラハバキの太刀……」
「俺の……太刀?」
カナヤコから太刀を受け取り、まじまじとよく見た。
確かに見た目は変わったが、手に取った瞬間にどこか馴染み深いものを感じる。
だが、なぜか違和感がある。
何が? と問われたらはっきりとは答えられない。
強いていうなら殺気……だろうか? 禍々しさこそは無いが、どことなく不安定だ。
「鉄が固まったんだな……けれど、これには何か危うさのようなものがある気がする。俺が言うのもおこがましいが……」
「流石だな。戦に慣れている国津神ゆえか、はたまたその内にある荒御魂ゆえか……どちらにせよ、お前の思うことは正しい」
「それは……アラハバキの太刀であったもの……でも、そうじゃなくなった……」
「どういう意味だ?」
「……話しを戻そう。天安河でカナヤコは剣を見つけられなかった……だが、代わりにある物を見つけた」
「割れた手鎌……」
カナヤコの話しを聞いたコウはハッとした。
凶犬の元となっていた物……倒してからすっかりそのままにしていたのを忘れていたのだ。
一緒に塵と化したと思っていたが、残っていたとは思わなかった。
「カナヤコはそれを持ち帰り、試しに太刀に熔かしてみた。すると太刀の熱は徐々に下がり始めたんだ」
「でも……代わりに太刀の身には緋の色が灼きつき……鋭利な神気が纏わりついた……軽率な行動が……アラハバキの大切な太刀を変えてしまった……ごめんなさい」
頭を下げるカナヤコとアマツマラ。
それに対し、コウは困ったかのように頭を掻いた。
太刀が変わってしまったからでは無い。
朝からタギツヒメに謝られ、今はアマツマラとカナヤコに謝られている。まだ一日は始まったばかりなのに謝られてばかりだ。
「いや、気にしないでくれ。元はといえば、あの手鎌をそのままにしていた俺の責任だ」
「でも……」
「大丈夫だ。寧ろ、直してくれてありがとう。前にも増して良い太刀だ」
コウはそう言ってもう一度太刀を眺めた。
国津神の神気と黄泉の力が込められて生まれた付喪神……その元となる物を素材としてコウの太刀は完成した。
そういうことならこの太刀がどこか危ういのも分かる気がする。
荒々しい国津神の神の力が込められたというなら納得がいく。
国津神であるコウらしい太刀だ。
「だが、その太刀はお前の言ったように危うさを持っている……つまり本当の意味でまだ出来ていない」
「だからあたし達からの依頼……アラハバキ、その太刀を完成させて……!」
「報酬は出来上がった太刀…………でも案ずるな、未完とはいえ切れ味と強度は十分だ」
「なるほどな……」
コウはそれを聞いてニヤリと笑みを浮かべ、手首を回しながら太刀を回転させ一振りする。
「承知した。なに、荒くれものを平定することには馴れているんだ。たとえ、太刀だろうときっちり教え込んで立派なものにしてみせる!」
「すまない、頼んだぞ」
アマツマラの言葉に頷いたコウは早速その太刀を腰に佩くと次なる依頼を果たしにその場を去っていった。




