第1章 9話 交易都市ヒルクーツク
フフスクル湖を出発して三日目。
介人にとって、この移動はまさに「地獄の行軍」だった。朝から晩まで街道を走り込み、夜の野営ではリナによる容赦のないスパルタ稽古。倒れればギルの【ヒール】で即座に超回復させられ、再びしごかれるという無限ループ。介人の唯一の楽しみは、泥のように眠る「睡眠」と、プロトが保存していたファイヤードラゴンの肉を調理してくれる「食事」だけになっていた。
――しかし、介人の肉体には確実に劇的な変化が起きていた。
(おかしい……。初日は少し走っただけで死にそうだったのに、今日は足が軽い……?)
それもそのはずだった。プロトが毎食調理して振る舞うのは、フフスクル湖で調達したファイヤードラゴンの最高級部位。魔力と良質な栄養素が凝縮された竜肉は、ギルの回復魔法と過酷なトレーニングによって超活性化した介人の細胞へそのまま吸収され、彼の筋肉と骨格を驚異的なスピードで作り変えていたのだ。
三日目にもなると、介人は悲鳴を上げつつもリナの基礎稽古にしっかりと喰らいつけるまでの体力を手に入れていた。
「あら、カイト。ずいぶんと様になってきたじゃない。初級冒険者としてなら悪くないわ」
「はぁ……はぁ……リナ師匠のおかげで、生存確率がコンマ数パーセントは上がったよ……」
「ふふ、素直でよろしい!」
そんな会話を交わしながら鬱蒼とした森林地帯を抜けると、前方の視界が一気に開けた。
「――あれが、交易都市ヒルクーツクよ」
リナが指さした先には、見上げるような重厚な石造りの外壁と、その奥に広がる壮大な街並みが鎮座していた。城門の前には、遠方から訪れた商隊や旅人たちが長い検問の列を作っている。
「すごいな……まるで中世の巨大要塞都市だ」
介人は感嘆の声を漏らした。身分証も現地通貨も持たない介人だったが、検問ではリナとギルが手際よく立ち回ってくれた。
「この人は私たちの荷物持ち兼、見習い冒険者のカイトです。これからギルドで冒険者証を発行してもらう予定なので、私たちの保証で入市させてください」
熟練の雰囲気を纏う二人の保証と、ギルが手際よく支払った銀貨によって、門番はあっさりと通過を許可した。
城門をくぐると、そこは熱気に満ちた別世界だった。石畳の道路の両脇には多種多様な露店が立ち並び、様々な人種や種族が行き交っている。介人は目を輝かせつつも、プロトには光学カメラを通して街の構造や防衛設備、文明レベルを静かにデータ収集させていった。
「さて、カイト。約束通りまずは『冒険者ギルド』へ向かいましょ!」
リナの案内に従い、街の中央広場近くに位置する一際大きな二階建ての建物――冒険者ギルドへと足を運んだ。
賑やかな酒場と併設されたギルドの受付で、介人は身分証代わりの冒険者登録を申し出た。
「新規登録ですね。それでは裏の訓練場で簡単な『実技テスト』を受けていただきます」
受付の女性に案内され、介人は裏手の訓練場へ向かおうとした。その際、リナとギルが介人の耳元で低く囁いた。
「カイト、あのプロトの『魔導鎧』はここでは着ない方がいいわ」
「ええ。あのレベルの魔導具を最初から見せつければ、余計な貴族や怪しい組織に目を付けられます。生身で受けられることをお勧めします」
「了解だ。生身のテストだな」
介人は頷き、プロトを残し木剣を一本手に取り訓練場へ向かった。
テスト内容は、ギルドの試験官(ベテラン冒険者)との模擬戦、および体力測定だった。
(あの三日間の地獄を思えば……この程度!)
ドラゴン肉の超栄養補正と、リナに叩き込まれた最低限の体さばき。さらにはプロトが睡眠時にリナやギルの動きをトレースし夢へ投影してくれる「夢幻稽古」。それらの成果が噛み合い、介人は生身でありながら試験官の攻撃を余裕を持ってかわし、見事な打ち込みを決めてみせた。
「――そこまで! 合格だ! 素晴らしい身こなしだな!」
こうして介人は、無事に冒険者としての第一歩となる『Fランク冒険者証』を獲得した。ちなみに、横で見守っていたリナとギルは、上位ランクである『Bランク』の冒険者証を所持していることが判明し、介人は改めて二人の実力に感心した。
◇
その日の夜。二人が立て替えてくれた費用で、介人たちは街の賑やかな宿屋の一室を借り、夕食のテーブルを囲んでいた。
「これでカイトも晴れて一人前の冒険者ね! おめでとう!」
「感謝するよ、二人とも。ヒルクーツクまでの案内も、ギルドの手続きも、二人のおかげだ」
介人が深々と頭を下げると、リナとギルは少し寂しそうな、しかし温かい微笑みを浮かべた。
「いいのよ。私たちもカイトのおいしいお肉をご馳走になったんだしね。……それとね、カイト。残念だけど、私達と一緒に行動するのは今日で一旦区切らせてもらおうと思うの」
「えっ……別れるのか?」
「はい」と、ギルが静かに頷いた。
「我々二人には、どうしても果たさねばならない『目的』がありましてね。このヒルクーツクへ向かっていたのも、手がかりを掴むための探索から、一時的な拠点にしているここへ戻るためだったのです。カイト殿を無事にギルドへ送り届けることができて安心いたしました。ですが残念ながら、共に行動して冒険者生活を送ることは我々にはできません」
亡国アラハガマカの姫君と、彼女を支える忠実な僧侶。彼らには背負っている過酷な運命があった。そして、これから立ち向かう危険な目的にこれ以上介人を巻き込むまいと、優しい二人はあえてここでの別れを選択したのだった。
二人の強い意志を感じ取り、介人はそれ以上深く理由を追及しなかった。
「別に今生の別れになるわけじゃないわよ。まだしばらくはここを拠点に手がかり探しの旅をするつもりだしね。縁があればまた会えるわ」
「そうか……それでも寂しくなるな。だが、二人の旅の成功を祈っている。いつか俺が世間に名を轟かせるような冒険者になったら、頼ってくれ」
「ふふ、楽しみにしてるわ。カイトならホントにすごい冒険者になるかもね!」
温かい杯を交わし、三人は夜の更けるまで語り合った。
◇
翌朝。すっかり陽が上り、宿屋の正面入口で介人は荷物を背負い、二人の旅立ちを見送ろうとしていた。
「じゃあね、カイト! リナ師匠の稽古、忘れたら承知しないんだからね!」
「お元気で、カイト殿。素晴らしい冒険があらんことを」
「ああ、二人とも気をつけて――」
介人が笑顔で手を振りかけた、その瞬間だった。
『――マスター、緊急警告。周囲の建造物および路上から、不自然な武装生命体反応多数。我々は完全に包囲されています』
横に待機するプロトが、静かで冷徹な警告を発した。
(なに……!?)
介人が息を呑んで周囲を見渡すと、朝の賑わいを見せる街の雑踏の中、頭から深いローブを被った男たちが、不自然な間合いで距離を詰め、ジワジワと三人を取り囲むように配置についているのが見えた。彼らの懐には、隠し持った刃物の柄が光っている。
「……チッ、もう嗅ぎつけてきたの……!?」
リナの顔から笑みが消え、鋭い眼光が周囲を射抜く。ギルも即座に介人とリナを背に庇うように立ち、間合いを取った。
せっかくの旅立ちの朝。交易都市ヒルクーツクの日常は、突如として緊張の死線へと塗り替えられようとしていた――。
次回は祝10話となります。読んでいただきありがとうございます。続きは明日11/4(水)に上げる予定です。ストックに余裕が出たら連日掲載などの前倒しも随時行いますのでよろしくお願いします。




