第1章 6話 未知との遭遇②
「……ねえ、ギル。わたし、まだ夢でも見てるのかしら」
元通りに澄み切ったエメラルドグリーンの水面を見つめながら、リナは呆然と呟いた。
ほんの数分前まで干上がっていた湖底には、いまや何事もなかったかのように豊かな水が満ちている。
「いえ、リナ。残念ながら夢ではありません。……ですが、私の頭も少々混乱しています」
長身の僧侶――ギルは、目深く被ったフードの隙間から顔を引きつらせ、握りしめた手緩めた。
目の前に立つのは、先ほどまで圧倒的な暴威でウォータードラゴンを屠り、湖の水を消し去った恐ろしい『重甲の鉄鎧』……ではない。
鎧が跡形もなく消え去った後に現れたのは、カイトと名乗るどこか穏やかな目をした黒髪の華奢な青年――と、その横にたたずむ二頭身の奇妙な鉄人形だった。
(あの鉄鎧は、古代の遺物か……それとも……)
ギルは持ち前の知識を必死に回し、頭の中で急速に状況を整理する。
(自律して動き、言葉を解し、主の指示に従って魔法のような現象を引き起こす鉄の小人形。……なるほど、あれは『高度な魔導ゴーレム』の類か……)
「あの……プロト、と言ったかしら。その小さな小人は、一種のゴーレムのようなもの?」
リナが恐る恐る尋ねると、黒髪の青年――カイトは「まあ、そんな感じだと思ってくれればいい」とあっさりと頷いた。
「ゴーレム……うん、まあ言葉としてはそれが一番近いかもしれないな。自律型のアシストロボなんだ」
「あしすと……ろぼ……?」
またしても聞き慣れない単語に首を傾げる二人。介人は苦笑いを浮かべながら手を開いてみせた。
「驚かせてすまない。改めまして、俺はカイト。言葉が通じる相手に会えて助かった。……実は、気づいたら見知らぬ場所に放り出されていてな。ここがどこの国の、どういう場所なのかも分からなくて困っていたんだ」
「見知らぬ場所……? カイト、あなたは転移してきたとでも言いたいの?」
「……転移か。うーん、現象としてはそうかもしれないか」「あっ!?もしかして転移魔法とかもあるのか?」
「確かに転移魔法はあると伝えられているけど、古代の伝説魔法よ?」
「!やっぱりあるのかっ!でも伝説レベルか⋯⋯」
「⋯⋯と、難しい話は抜きにして……要するに、今の俺はただの大迷子だ。このあたりの地理も、世間の常識も何も知らない」
カイトのそのあまりにもあっけらかんとした言い草に、ギルとリナは思わず顔を見合わせた。
「なるほど……どこか遠方の異国から、何らかの魔導事故か何かで転移が起きて飛ばされてきたということですね。普段でしたらにわかに信じ難いですが、この湖にきてから立て続けに信じ難い事象をみせつけられていると信じざるを得ませんね⋯⋯」
ギルは真面目な顔で深く頷いた。突拍子もない『別世界から来た』という話よりも、『異国で魔導実験の事故に巻き込まれて見知らぬ土地へ飛ばされた常識知らずの旅人』と解釈する方が、この世界ウイキックの理屈としてはしっくりくる。
「私たちは冒険者のリナとギルよ。この先の街道を目指して森を通っていたら、とんでもない地響きと咆哮が聞こえたから、異変を確かめに駆けつけたの」
「なるほど、通りすがりにあれだけの音を聞いたら確かめたくもなるよな。」
カイトがフッと表情を緩めた――その時だった。
ぐぅ〜〜〜〜っ。
静まり返った湖畔に、あまりにも盛大で情けないお腹の音が響き渡った。
音の主は、当然カイトだった。
「……あー、すまん。ここに来てからロクなものを食べていなくてな。……そうだ、せっかく倒したんだし、ドラゴンの肉って食えるのかな?」
「ドラゴンの肉……? もちろん、ドラゴンの肉は高級食材だけど……食べずにギルドで売れば大金が手に入るわよ?」
「やっぱりギルドかあるのか、そして大金か⋯⋯それも悪くないが、後学のためもし良ければ、冒険者の二人に解体のやり方を教えてもらえないか?」
「ええっ、解体も知らないでドラゴンを倒したの……!?」
リナがあきれ顔で叫ぶ。ドラゴンを一刀両断にするほどの力を持っておきながら、解体の知識すらない。カイトが言っていた「世間の常識を何も知らない大迷子」という言葉が、一気に真実味を帯びてきた。
「はぁ……分かったわよ。ちょうど私たちも休みたかったところだし、教えてあげる。……で、さっきのウォータードラゴンをもう一度出すの?」
「いや、……ウォータードラゴンよりもこっちの方が美味しそうだ」
カイトが相棒のミニロボ――プロトに目配せすると、プロトの周囲の空間が歪み、ドスン!! と大きな音を立てて『別の巨躯』が湖畔の岩場に出現した。
それは――赤く燃え盛るような鱗に覆われ、強烈な熱気を残した『ファイヤードラゴン』の死骸だった。
「「……………………はい!????」」
リナとギルは、今日一番の大声でハモった。
「な、ななな何よこれぇぇぇ!? 赤いドラゴン……ファイヤードラゴン!? ウォータードラゴンだけじゃないのぉ!!」
「ば、バカな……ドラゴンといえば討伐に一流の騎士団ですら死者が出る事を覚悟する上位の魔物……!! それを、2体も仕留めて保存していたというのですか……!?」
ギルは開いた口が塞がらず、思わず後ろへよろめいた。
「え? ああ、ここに来る途中の平原で襲われてな。プロトのアイテムボックスにしまっておいたんだ。こっちの方が肉質が美味そうだと思って」
カイトは何でもないことのように言ってのける。この世界では無限アイテムボックスなど使えるのはほんの一握り、大魔道士クラスで使える者がいる上位の空間魔法である事も知らずに。
(この男……とんでもない……!! 規格外の戦力、常識を遥かに超えた魔導ゴーレム……!!)
リナは息を呑み、目の前で首を傾げる青年を凝視した。
国家を揺るがすほどの圧倒的な暴威と、常識を破壊する力を秘めていながら――当の本人は、ただ「お腹が減ったから解体を教えてほしい」と無邪気な目でこちらを見つめているのだ。
(悪意……が無い。それどころか、本当にこの世界のことを何も知らなくて困っているんだわ……)
リナの警戒心は、驚愕と呆れ、そして「ほっとけない」というお節介焼きな性格によって完全に霧散した。
「……はぁー。もう驚くの疲れたわ。ギル、腹をくくりましょ。この常識知らずの規格外さんに、一から解体を教えてあげるわよ!」
「あ、ああ……そうですね。分かりました、カイト殿。火竜の解体は少々手間ですが、よく見ていてください」
「助かる! よろしく頼む」
ギルが長身と恵まれた体格を活かして巨躯を支え、リナが手慣れたナイフ捌きで手本を見せていく。
カイトもまた、持ち前の観察力とプロトのアシストを活かして、信じられない早さで解体手順を吸収していった。
広大な湖畔の静けさの中、常識外れの迷子と、心優しいふたりの冒険者、後に世界を救うことになる英雄達の出会いを祝うに相応しい宴「ドラゴンバーベキュー」が始まろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。続きは明日11/1に上げる予定です。ストックに余裕が出たら前倒しも随時行いますのでよろしくお願いします。




