第1章 5話 未知との遭遇
湖畔へと続く深い森の中――静寂を切り裂くように、軽快な足音が響いていた。
「急ぎましょうギル! さっきの地響きと咆哮……ただ事じゃないわ!」
深いフードを目深く被った少女――冒険者リナ(イガレム=リーナ)は、しなやかな体躯と素早いフットワークで倒木を跳び越え、一直線に森を駆け抜けていく。
「ま、待ってくださいリナ! 相手が何かも分からないのに無鉄砲に突撃するのは危険です! 敵の規模や状況を確かめてから――」
同じようにフードを被った長身の青年――僧侶のギル(エビロム=ギルバート)が、大きな体躯を揺らしながら必死に追いかける。真面目で思慮深いギルは、いつだって彼女の突飛な行動に振りまわされる。しかし、どんな事があろうとも護衛として任務は放棄せず忠実に使命を果たす。
二人が木々を押し分けて湖畔へと躍り出た――その瞬間だった。
「「…………え……?」」
目の前に広がっていた光景に、二人の思考が完全にフリーズした。
ここにあるはずだった、ものがない。
太陽の光を反射してエメラルドグリーンに輝く、美しい巨大な湖が、ここにあるはずだったのだ。
視界に飛び込んできたのは――水がほとんどなくなり、泥と岩肌が剥き出しになった異常な「湖底」だった。
そして、その干上がった湖底の中央には、胸を抉られ、首を斬り裂かれて倒れ伏す巨大な『ウォータードラゴン』の死骸。
さらにその死骸の前には、立ち上る煙とともに静かに佇む――不可思議かつ重甲な鉄鎧を纏った「異形の存在(介人)」の姿があった。
(な……何なのよ、これ……!? 湖の水がほとんど消えて……あの巨大な竜が殺されている……!?)
リナは息を呑み、腰の剣の柄に手をかけたまま金縛りに遭ったように動けない。
ギルもまた、フードの隙間から顔を引きつらせ、拳を握りしめたまま、真面目すぎる脳の処理能力を超えた状況に言葉を失っていた。
ガシャン、と重厚な金属音が響く。
ドラゴンの魔石を吸収し終え、アーマー姿のまま佇んでいた介人が、静かに二人の方へと振り向いた。
(あ……さっきマップに映ったふたつの赤点……!)
バイザー越しに捉えたのは、傷ついた甲冑の上にフードを被った小柄な剣士と、僧侶の衣を纏った長身の男。
介人はバイザーを上げ顔が見えるようにして、落ち着いたトーンで第一声を放った。
「――言葉は通じるか?俺たちに敵対の意思はない」
異形の存在から響いたのは、はっきりと理解できる人間の言葉だった。
「しゃ……喋った……!? 人間なのか……!?」
ギルが思わず声を漏らし、リナの前に立ちふさがるように一歩前に出る。だが、目の前の重甲な鉄鎧を纏った人間が放つ圧倒的な存在感に、喉がカラカラに干からびていた。
「ああ、言葉は通じるようだ。警戒させてすまない。詳しい事情は後で説明する……だがその前に、一つ済ませたい事がある」
「済ませたい事……!?」
リナがフードの奥から鋭い眼光で介人を睨みつける。介人はアーマーの腕を軽く挙げ、足元でピチピチと跳ねている湖の魚や水生生物たちを指し示した。
「さっきドラゴンと戦うために、一時的に湖の水を全部アイテムボックスへ収納したんだ。このままだと、取り残された水生生物が干上がって死んでしまう。まずはこの邪魔なドラゴンの死骸を回収して、湖に水を戻す時間をくれないか?」
「……は? ドラゴンの回収……? 水を戻す……!?」
リナとギルは、間抜けな声を上げて顔を見合わせた。
何を言っているのか理解が追いつかない。ドラゴンを易々と討伐してしまうような暴威を見せつけておきながら、言っていることは信じられないほど細やかで、理性的で、どこか浮世離れした優しさに満ちていた。
「プロト、まずはドラゴンの死骸をアイテムボックスへ収納。それから外周の生態系に配慮しつつ、アイテムボックスから湖水を取り出せ」
『了解しましたマスター』
介人の指示とともに、空間が歪むようなエフェクトが走り――一瞬にして、あの見上げるほど巨大だったウォータードラゴンの巨躯が跡形もなく消え去った。
「「っ……!?」」
目の前で起きたあまりに非現実的な消失現象に、息を飲むリナとギル。
さらに続いて、重厚なアーマーの背後――巨大な亜空間口が開放される。
ゴーッ!! と轟音が響き渡り、アイテムボックスから怒涛の勢いで放出された清浄な水が、干上がっていた湖底へと一気に注ぎ込まれていく。
見る見るうちに水位が戻り、取り残されていた魚たちが勢いよく水の中へと泳ぎ出していく。
「……すご……本当に……水を仕舞って……元に戻してるの……!?」
目の前で巻き起こる常識外れの光景に、リナは腰の剣から手を離し、呆然と呟いた。
ギルもまた、開いた口が塞がらないまま、戻っていく豊かな水面を見つめていた。
やがて湖が元のエメラルドグリーンに満たされた頃、介人は二人の前に向き直った。
「よし、これで湖の生き物たちも大丈夫だな。――待たせて悪かった。俺はカイト。こっちは相棒のプロトだ」
プシューッと静かにエアが抜ける音が響き、重厚な魔導アーマーが滑らかに形を変え、介人の身から離れていく。
そこに現れたのは、鉄の威圧感とは程遠い、黒髪の穏やかな青年の姿だった。そしてその横には、2頭身の可愛らしいミニロボットがちょこんと立っている。
「「……………………」」
あまりに落差の激しい素顔の現れに、リナとギルは再び固まるのだった。
読んでいただきありがとうございます。続きは10/31土曜日に上げる予定です。ストックに余裕が出たら前倒しも随時行いますのでよろしくお願いします。




