第1章 4話 湖畔の主
ゴブリンの集落をあとにした介人たちは、プロトのマップを頼りに深い森の奥へと進んでいった。
視界を遮る樹々をかき分け、歩くこと小一時間――不意に頭上を覆っていた葉が途切れ、眩い光が差し込んだ。
「うわ……すごいな……!」
思わず介人の口から感嘆の声が漏れる。
目の前に広がっていたのは、太陽の光を受けてエメラルドグリーンに輝く、息をのむほど美しく澄み切った巨大な「湖」だった。湖畔には瑞々しい草花が咲き誇り、静寂の中に涼やかな風が吹き抜けていく。
『目的地【湖】に到着しました。水質および成分の分析を開始します……毒性なし。極めて清浄で豊富な鉱物を含んだ淡水です』
「やったあ! ついに水場に到達だ!」
介人は我慢できずに水際へ駆け寄り、両手で澄んだ湖水をすくい上げると、一気に喉へ流し込んだ。
「んぐっ、んぐっ……プハァッ! 冷たくてうまい……! 体のすみずみに染み渡っていく気がする!」
転移してきてからずっと渇いていた身体に、冷たい水が充たされていく。顔や手をバシャバシャと洗い、久しぶりの水の心地よさに介人は思わず息を吐いた。
「よし! プロト、この水もアイテムボックスに仕舞ってみよう! 液体も保存して自由に取り出せるか検証だ。今後どこに行っても水に困らないようにしたいしな」
『了解しましたマスター。アイテムボックスへ指定流体を格納し、自在に取り出せるか検証します』
介人の指示を受けたミニプロトが水際に近づき、小さな手を湖面へ添えた。
空間がわずかに歪み、まるで栓を抜いた浴槽の水のように、澄んだ水が亜空間へと流れていく。
「プロト、検証だからまずはそんなもんでいいぞ。続けて指定した液体だけをアイテムボックスから取り出せるか試してくれ」
『マスター、了解です』
プロトはいま仕舞った水をアイテムボックスから取り出してみせる。
プロトの目線の高さで空間が歪み、球状の静水が出現してそのまま湖へと注ぎ込まれた。
「よしっ、成功だ! 続けてアイテムボックス内の他の物が濡れていないか確認してくれ」
『マスター、確認しました。アイテムボックス内の空間では、保管物同士が互いに干渉しない仕組みのようです』
「おー、凄いな異世界魔法の力! だとしたら、『湖の水、全部抜いてみた』もできそうだな。ひとまず生態系に影響のない程度に湖の水を持ち帰らせてもらおう」
『マスター、了解しました』
――シュオオオッ!!
再び空間が激しく歪み、澄んだ湖水がプロトの発生させた亜空間口へと一気に吸い込まれていく。アイテムボックスの中には、一瞬にして数万リットルもの新鮮な天然水がストックされた。
「これで水不足の心配はゼロだな!」
広大な湖の水位が、一瞬で目視できるほどガクンと下がった――その時だった。
――グオオオオオオオオンッ!!
地鳴りのような咆哮が響き渡り、湖面の中央に巨大な渦と気泡が発生した。大量の水が一気に抜き取られたことで水圧が激変し、湖底深くで眠っていた「何か」が目を覚ましたのだ。
「な、なんだ!? 地震か!?」
『警告! 湖底より極めて強大な高エネルギー反応が急浮上中!』
プロトの警告と同時に、広域マップの湖中央に特大の【赤点】が激しく明滅しながら浮かび上がってくる。
バシャアァァァンッ!!
水柱を突き破って姿を現したのは、全身を青銀の鱗で覆われた巨大な蛇型の龍――『ドラゴン(水竜種)』だった! 怒りに満ちた鋭い眼光が、湖の水を奪った介人たちを睨みつける。
「おいおいマジかよ! 水を補給しただけで湖の主を引き当てちゃったか!?」
『マスター、戦闘態勢への移行を推奨します! 対象からは『ファイヤードラゴン』と同等の魔石反応を感じます。恐らく高位種と思われます!』
「よし……! 相手にとって不足なしだ! プロト、装着っ!」
ガシャン! カシャン! と音を立ててミニプロトが元の重厚なアシストロボ形態(魔導アーマー)へと変形・装着される。
ドラゴンが口を大きく開け、圧縮された超高圧の水流ブレスを放ってきた!
水圧で岩すらも粉砕する威力を、介人は間一髪で回避し姿勢を立て直す。
「水相手なら……火力を押し通す! プロト、最高出力で【ファイヤーボール】だ!」
『了解、最大出力!』
介人の両腕から放たれた極大の火炎弾群が、ドラゴンの水流ブレスと真っ向から激突する!
水と火がぶつかり合い、湖上が一瞬で大量の水蒸気(スチーム爆発)に包まれた。視界が真っ白に染まる中、介人は間髪入れずに踏み込み、近接戦に持ち込もうとする。
しかし水上や水中は相手の独壇場のため、上手く接近できない。手間取っている間にドラゴンは再度、水流ブレスの体勢に入っていた。
(水上ではこの距離を一気に縮める方法はない。かといってこのまま遠距離戦でファイヤーボールを打ち続けても決定打にはならないし、石を投げても水中じゃ威力が死ぬ……そうだ! 水を抜いてしまえばいいんだ!)
「プロト、湖の水を全部アイテムボックスへ収納するぞ!」
『マスター、了解しました!』
介人はドラゴンの水流ブレスを回避しながら、湖の水をアイテムボックスへ流し込む。
逆流させるかのように激しい水流が水柱となって巻き上がり、亜空間口へと一気に吸い込まれていく。その時だ――
『警告! 広域マップの端より、2つの生命体反応(赤点)が本座標へ向かって高速接近中!』
「何っ!? モンスターの増援か!?」
『魔石反応はないためモンスターの可能性は低いと推察しますが、データが少ないため詳細判別は不能です。速度から推測して数分以内に湖畔へ到達します!』
視界の隅のホログラムマップに、赤点が2つ、こちらへ向かって猛スピードで近づいてくるのが見えた。だが、目の前ではドラゴンが水流ブレスの狙いをこちらに定めようとしている。
「くっ……! 背後に気を配る余裕はない! プロト、接近は放置だ! まずはこのドラゴンを片付けるぞ!」
『了解マスター! まもなく水の収納が完了します。完了次第、前面の敵へ集中します!』
接近してくる謎の反応を後回しにし、介人は水がなくなり露わになった湖底を駆け、全速全開でドラゴンへ接近する。ドラゴンは突如として水がなくなった湖底の状況に戸惑っているのか、動きが明らかに鈍っていた。
「水さえなくなれば地上戦だ! 地上戦は得意か、ドラゴン!? ――【フレイムソード】!」
超高熱の炎の刃を形成し、ドラゴンの首元へ一直線に肉薄。巨龍がとっさに放った水障壁ごと、その巨躯を一刀両断に切り伏せた!
ドシャァァンッ!!
切り離された巨体が地響きとともに湖底へ崩れ落ち、静寂が戻る。
「ふぅ……間一髪だったな……!」
荒い息を吐きながら、フレイムソードの炎を消す介人。
『――対象の撃破を確認。魔石の回収および摂取を行います』
プロトのナビを受けながら、ゴブリンから入手したナイフを使ってドラゴンの胸から青色の魔石を抉り出す。するとアーマーの胸元のミニプロトの口にあたる部分が滑らかに開き、プロトが大きな青い魔石を口からゴクリと喰らっていった。
『――対象:『ウォータードラゴン(竜種)』の魔石を吸収完了。以下の能力を解放しました』
【獲得スキル・機能】
水魔法: 水を自在に生成・操作し、水への耐性を得る。
「『ウォータードラゴン』って名前だったのか! よし……! 火だけじゃなく水魔法と水耐性まで手に入ったぞ!」
その時、森の木々をかき分けるガサガサという音が静かな湖畔に響いた。
「(あ、さっきの赤点か……!)」
介人はハッと息を呑み、即座に身構えて音のする方へと視線を向けた。
そこに立っていたのは、モンスターでも野生動物でもなかった。
傷ついた立派な甲冑を纏った騎士風の女性と、僧侶のような服装をした男性――あきらかに人間(異世界人)の二人組だった。
「「………………」」
二人組は、目を見開いたまま完全にフリーズしていた。
森を抜け出したら助けを求めるどころか、湖の水が一瞬で消え去り、恐ろしい湖の主が、謎の異形の鉄塊アーマーを纏う青年に一瞬で斬り伏せられる暴威を目撃してしまったのだから無理もない。
『マスター、対象はモンスターではありません。言葉によるコミュニケーションが可能な種族と推測されます』
「ああ……でも、めちゃくちゃ引きつった顔でこっちを見てるんだけど……」
水が消えた湖底とドラゴンの巨躯の前で、重厚なアーマー姿の介人と、息を呑んで固まる謎の訪問者たち。
こうして、予期せぬ形で「異世界人との本当のコンタクト」が幕を開けたのだった。
ストックができてきたので前倒しました。今後は毎週水曜日+αで掲載させていただきます。




