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魔法百貨堂 ~魔女と魔法使いの弟子~  作者: 野村勇輔
ふたりめ

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第6回

   6


 それから放課後のことだった。


 私が部活に行く準備をしていると、

「じゃぁ、早速上柳くんをとっつかまえてくるから!」

 といって茜が教室から飛び出していったのだ。


「え、ちょっと……!」


「ヒトミは体育館裏で待ってて! すぐに連れて行くから!」


 なんとも行動力の早い親友に戸惑いつつ、私は仕方なく香水を片手に、小走りに体育館裏へ向かう。


 体育館の裏はひっそりとしていて人影一つない。


 コンクリートの地面からは細い草がところどころには生えてくるくらいだ。


 私はしゅっとひと噴き、首元に香水を噴きかけてみる。


 ……やっぱりなんにも感じない。


 けど、茜のことを疑ったりするのも嫌だったから、信じてみる。


 魔法というものの存在を。


 それから2~3分くらい待っていると、

「――ヒトミ」

 上柳くんが、茜に腕を引っ張られてやってきた。


 茜自身は「じゃね! あたしは向こうで待ってるから!」といってそそくさと駆けて行ってしまったのだった。


「……こないだ告白したことへの、答え、だよな」


「……うん」


 とはいえ、私だってまだ答えを出しきれているわけじゃない。


 今にして思えば、茜の行動には困ったものだ。


 どう答えたらいいものか悩んでいると、

「好きだ、ヒトミ」

 上柳くんが、顔を赤くしながら、もう一度、はっきりと口にした。


 魔法の力――かどうかはわからないけれど、そこに嘘はない。


 本当に、上柳くんは私のことが好きなのだ。


「もし俺にチャンスをくれるなら――」


 その時だった。


「……」


 上柳くんの後ろから、だんまり無表情の大夢くんが姿を現したのだ。


「大夢くん」


 上柳くんは後ろを振り向き、大夢くんと真正面から向き合う。


「友平……」

「……上柳」

 互いに互いの名を口にした。


「ここで、なにしてんだ」


「……これはオレとヒトミだ」


「どういう意味だ」


「そういう意味だよ」


 ふたりの視線が鋭くなり、今にも掴みかかって喧嘩になってしまいそうな雰囲気だ。


 不意に、ふんわりとバラの香りが鼻をよぎった。


 キラキラしたなにかが、ふわふわと宙を漂い、私だけじゃなくて、大夢くんや上柳くんの身体を包み込んでいく。


 まさか、これが……真帆さんの言っていた魔法、なの?


 そのキラキラしたなにかはあっという間に消えて見えなくなって――


「お前、ヒトミに何をした」

 大夢くんの目が鋭くなる。


「何もしてない。ただ。告白の答えを聞いてただけさ」

 上柳くんも眼を細めて大夢くんにそう答えた。


 すぐ目の前で、ふたりが今にも掴みかかって喧嘩を始めてしまいそうな雰囲気でそこにいる。


 私は、なんだか怖くて、胸の前で両手を組んだまま、どうすればいいのかわからなかった。


 このままだと、本当に殴り合いの喧嘩なんて始まってしまうのじゃないかのか。


 そんなふうに不安に感じていると、

「告白?」


「そうだよ。オレはヒトミのことが好きなんだ。愛してるんだ!」


「――!」


「お前はどうなんだ」


「なんだって?」


「ヒトミと付き合っていながら、全然ヒトミと目を合わせようとしない。ろくに話もしている様子もない。本当にヒトミのことが好きなのか?」


「そ、それは……」


「ただヒトミから告白されたから、ヒトミと付き合うことにしただけなんじゃないのか?」


「……!」


「ただ彼女が欲しかったからってだけの理由だったら、オレは許さない! オレのほうがヒトミのことをお前よりも好きだし、愛してるって自信がある! ヒトミを幸せにしてやれるって自信がある! お前はどうなんだよ!」


「……お、俺は……!」


「どうなんだよ!」


 ふたりの言い合いは、けれど言い合いにすらなっていなかった。


 大夢くんは顔を真っ赤にしたまま、なかなか言い返せずにいた。


 そんな大夢くんに、私も恐る恐る、

「ひ、大夢くん……」

 その名前を呼んでいた。


 大夢くんは私の方に顔を向けて、真っ赤な顔を更に赤くしながら、絞り出すような声で、

「――んだ」


「えっ?」

 私は聞き返し、

「なんだって? もういっぺん言ってみろよ!」

 上柳くんも口にした。


 大夢くんは両手に拳を握り締めながら、わなわなと震えつつ、

「お、俺だって、ヒトミのことが、す、好きだ。あ、愛しているんだ……!」


 両目を瞑りながら小さく口にする大夢くんの額からは、ダラダラと汗が噴き出していた。


 そんな大夢くんの姿に、私は内心、もしかして、と思いが広がる。


「で、でも、恥ずかしくて、なかなか、喋れなくて、だ、だから――」


「はぁ? 恥ずかしい?」

 上柳くんも、呆れたような顔で眼を見張った。

「まさか、だから、お前、いつも黙りこくってヒトミと一緒に――」


 大夢くんはこくこくと頷き、

「お、俺だって、ヒトミともっとおしゃべりしたいさ、好きだって、愛してるって言ってあげたいさ。だ、だけど、だけど……恥ずかしくて、真正面から顔を見れなくて、言えなくて!」


 そうだったんだ。


 大夢くんは、ただ極度の恥ずかしがり屋だってだけのことだったのだ。


 心の中では私のことを好きでいてくれている。愛してくれている。


 それはもう、大夢くんのこの恥ずかしそうな、苦しそうな姿から間違いなかった。


 そんな大夢くんが嬉しくて、可愛らしくて、私の中で、答えが決まっていく。


「――私、嬉しい。頑張って口にしてくれた大夢くんのその気持ちが、とても」

 だから、と私は上柳くんに顔を向けて、

「……ごめんね、上柳くん。あなたの気持ちはとても嬉しい。だけど、私、やっぱり大夢くんが好き。どんなに恥ずかしくてなかなかお喋りできなくても、そんな大夢くんのことも、やっぱり好きなの」


 上柳くんはハッとしたような顔で、何度も大夢くんと私の顔を見返して、やがてゆっくりと力なく項垂れ、眼に涙を浮かべながら、

「……そう、わかった。ごめん、ありがとうな、ヒトミ」

 それから上柳くんは大夢くんに顔を向けて、

「――もしコイツに我慢できなくなったら、俺のことを思い出してほしい。もしオレにもチャンスがきたら、その時はオレにもヒトミと付き合うチャンスが欲しいんだ。だから、友平、お前はそうならないようにヒトミと付き合っていけ、いいな?」


「――あ、あぁ、もちろん」


 深く頷く大夢くんを見て、上柳くんは大きな、そして震えたようなため息を漏らして、

「それじゃぁ、オレ、行くから。じゃあな、ふたりとも」

 とぼとぼと、体育館裏から去っていく。


 しばらくその後ろ姿を見つめていただのだけれど、表に出たところで、ひょいと茜が姿を現し、上柳くんに何か声をかけながら、その背中をぽんぽんと軽く叩いていた。


 袖で顔を拭く上柳くんの横で、茜はこちらを振り向き、私を見た。


 私も、ヒトミと視線を交わして。


「――ヒトミ」


 大夢くんに声をかけられて、顔を戻す。


「不安に気持ちにさせて悪かった。絶対に幸せにするから。嫌な思いはさせないから」


「……うん。これからのよろしくね、大夢くん」


 私と大夢くんは、軽く唇を重ねたのだった。

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