第二部 第12話 はじめまして
10月になった最初の日。
昼食を食べてしばらく。
「あっ」
「痛っ」
陣痛が始まったかも。
二人目だから早いかもしれない。
「あなた」
仕事部屋の真人さんに声をかける。
「陣痛かも」
「えっ?」
「すぐ病院へ行こう」
真人さんが狼狽えている。
「タクシーを呼んでください」
「いや、車を出す方が早い!」
「あなた、そんなんで安全運転できます?」
「いいからタクシー呼んでください」
タクシー到着の連絡があって。
真人さんは用意してあった入院バッグを持ってくれて。
「市立総合病院までお願いします」
タクシーは程なくして病院に到着した。
2年前に過労で入院した病院。
診てもらったことがある病院の方が安心だと、妊娠が分かった時からお世話になっている。
退院の時には、こんな形で再び入院することになるなんて思ってもみなかった。
受付を済ませて、ひとまず病室に入る。
まだ陣痛の間隔が長いから、分娩室に入るのはもう少し先。
でも、お医者さんも助産師さんも準備に慌ただしい。
真人さんはずっと手を握ってくれているけど、今からこれじゃ出産まで持たないんじゃないかしら。
「真人さん、結子に病院にいるって、連絡しておいてもらえますか」
「でも、結子、学校に行くときはスマホ持っていってないよ」
「この時間ならまだ学校ね」
「学校に連絡入れといてください」
真人さんは電話するため病室を出ていった。
「優しそうなお父さんですね」
助産師さんはそう言って微笑んでいる。
「まあ、男の人はオタオタするだけで、結局役に立たないんだけど」
助産師さんは辛辣だ。
「でも、一緒にいてくれるだけで心強いです」
そう言うと。
「仲良いんだね」
助産師さんはニヤッとした。
陣痛間隔が短くなってきて。
「それじゃ、分娩室に移動しましょうか」
助産師さんに支えられながら、分娩室に移動した。
分娩台に上がって。
真人さんが青い顔をしている。
「ママ、大丈夫?」
結子が到着した。
「私は大丈夫だから、パパを見てて」
結子は真人さんに視線をやって、理解したという顔をした。
「うん、わかった」
私が分娩台で唸っている間、時々聞こえてくる声。
「お父さん大丈夫ですか?」
「こちらで休んでいてください」
「いや私は大丈夫」
「新凪のそばにいます」
「パパ、足ガクガクしてるじゃん」
真人さんの顔をチラッと見ると顔が真っ青。
それでも頑張ってる。
「妻が頑張ってくれてるんだ、私の子供が生まれるんだ」
「寄り添ってないで、夫なんて言えるか!」
なんか、必死な声。
笑うところじゃないんだけど、周りが助産に必死なだけに、真人さんが真剣に言うたびに、何かおかしい。
笑う余裕はないんだけど。
激痛の中、なぜか吹き出しそうになる。
「頭が見えてきましたよ」
私はいきむのが精一杯で、その後のことはわからない。
とても長く感じる時間。
そして、終わった。
まだ少し痛い。
「胎盤でます」
助産師さんが淡々と仕事する声が聞こえる。
「女の子ですよ」
助産師さんの声と共に赤ちゃんがやってきた。
赤ちゃんを胸に抱いて。
真人さんを目で探すと。
なんか、あっちでこけてる。
結子が。
「パパ、足ガクガクで立ってられないの」
赤ちゃんを覗き込んで。
「ちっちゃーい」
真人さんもようやく立ち上がって、こちらにやってくる。
なんだか歩き方が変。
「あなたの赤ちゃん、ちゃんと産みました」
少し誇らしい気持ち。
真人さんは赤ちゃんと私を。
何度も何度も交互に見て。
「にぃなぁー、ありがとー」
涙で顔がぐちゃぐちゃ。
こんなに喜んでくれて。
産んでよかった。
「付き添ってくれてありがとう」
お礼を言うと。
「パパ、結局立ってられなくて、助産師さんに連行されて、あっちで座ってたよ」
私が周りを見えてなかった間のことを結子が暴露した。
「にぃなぁーごめん」
ひとしきり泣いた後。
「小さくてかわいいなぁ」
「早く名前つけないとなぁ」
「感動のところ、申し訳ないですが」
「病室に移動しますね」
赤ちゃんを助産師さんに預けた後。
助産師さんに支えられて病室に戻った。
「すぐ歩いて戻るんだ」
結子が驚いたように言った。
病室に戻って一休みしたところで。
「そろそろ遅いですから、帰った方がいいですよ」
真人さんと優子に言ったが。
「ついてなくていい?」
真人さんが心配そうに尋ねる。
「病気じゃないんですから、大丈夫ですよ」
そう答えて。
面会時間終了の音楽が流れる。
「明日また来るよ」
そう言って、真人さんと結子は帰っていった。
帰り道。
「生まれたんだー」
真人の声には感嘆の色が混ざっていた。
「パパはちょっとカッコ悪かったけどね」
結子がいじる。
真人はバツの悪そうな顔をした。
でも。
結子の手を取って。
手を一緒に振りながらゆっくり歩いた。




