第二部 第9話 お引っ越し①
ジリジリという比喩が体感できる日差しの、蝉の声がうるさい8月のある日。
結子は夏休みになり毎日家にいる。
「荷物整理できた?」
額の汗を拭いながら新凪が結子に聞くと。
「大体終わった」
いつもの調子で結子が答える。
家探しは4LDKにしたことで比較的順調にすすんだ。
比較的、というのは、全てが順調だったというわけではないからだ。
和室八畳。
これが意外と効いてきた。
LDKと和室が1階にあり、2階に3部屋という構成は割と一般的だが、1階の和室が八畳というのが意外と少なかった。
まあ、それは、新凪が言った通り少し贅沢な作りの家であればなんとかなったが、その分予算が逼迫した。
不動産屋で。
「ご主人の条件だと、ローンの審査は通らないと思いますよ」
と言われた。
ダメ元で申し込んでみたものの、やはり通らなかった。
そのため、ある程度の蓄えを残して家を買うということができず、結果的に、溜め込んでいた資金のほとんどを吐き出すことになった。
真人は資産運用にこだわる方ではないが、積み立てていた投資信託が年率20%以上値上がりしていたため、とりあえずの資金は賄えた。
そのせいで、新しい家具は我慢して、今の家から持っていくことになってしまったが。
もう一つ、手持ち資金がほぼなくなって、真人に何かあった時に生活に困るのはまずいと生命保険を契約した。
「何かあった時なんて言わないで」
新凪はそう言ったが。
「でも、保険ってそういうもんだし」
「それはそうですけど」
と真人を困らせた。
積み上がった段ボールを見つめて。
ここに越してきた時、荷物は本当に少なかったのに。
いつの間にか、こんなに増えてたんだ。
真人さんから初めて服を買ってもらった時、”もっと、自分のためにお金を使ってもいいんですよ”と言ってくれた。
そうして、少しずつ、荷物が増えていって。
そんなことを思い出しながら、胸が熱くなる新凪。
新凪が真人の仕事部屋を覗くと。
真人は機材の梱包をしていた。
「何か、お手伝いしましょうか?」
新凪が尋ねると。
「新凪さんは安静にしててください」
と、リビングのソファーに連行された。
引っ越しは新凪のお腹を気遣って、楽々パックにした。
重い荷物を持ったり、解梱した荷物を持って、しゃがんだり立ったりを繰り返すのを真人が許さなかったから。
なので、今日の梱包は見られて困るものなどだけなので、それほど大変ではない。
しかし、冷蔵庫の電源を切っておかないといけないので、食材はない。
「今夜は外食にしましょうか」
新凪の提案に。
「やったー!」
と結子が大喜びした。
「今日だけじゃなくて、明日も調理はできないから外食になっちゃうよ」
真人がそういうと。
「もーまんたい」
結子が答えた。
どこでそういうことを覚えてくるんだろう?
「夕食、どこがいい?」
真人が尋ねると。
「バランカバランカ!」
結子が迷わず即答。
最近、近所にできたサラダバーが評判のハンバーグの専門店だ。
「新凪も大丈夫?」
「ええ、ここのところ悪阻も落ち着いてるし」
「じゃあ、そこで」
「やったー!」
結子が前をどんどん歩いていく。
時々、二人を振り返りながら。
「結子、ちゃんと前を見て歩かないと危ないよ」
真人が注意するが。
「やだ、変なフラグたてないでよ」
結子が笑って答えた。
いや、そっちの方がフラグじゃない?
バランカバランカで、結子はサラダバーを全制覇しつつある。
普段は野菜を食べなさいと言わないといけないのにビュッフェ形式の魔力とでも言うのか。
三人はハンバーグとサラダを堪能して、何事もなく夕食を終えて帰宅した。
「この家も今夜で最後だね」
結子が感慨深げに呟く。
結子が初めてこの家に来たのは2年前の10月末だった。
「なんか、寂しいね」
「そうね」
新凪も頷く。
退院して行く所がなくなって、真人さんのお世話になって。
いろんな想いが押し寄せてくる。
「最後の夜だし、一緒に寝ていい?三人で」
結子がそう言って二人の顔を伺う。
「もちろん」
二人は声を揃えた。
”大人になったのに、また一緒に寝たいの?” といういじりは今日はしちゃいけない。
そんな空気が漂っていた。
布団を3組並べて。
とはいえ、真夏なので、上はタオルケットだけだけど。
「流石にくっついて寝るのは暑いね」
結子はそう言うが。
誰も離れようとしない。
「おやすみ」
真夏の熱気の中で、三人は静かに眠りについた。




