第二部 第4話 家を買おうプロジェクト(立ち上げフェーズ)
6月のある日の夕食後。
「新凪」
真人が新凪を呼ぶ。
いつもの甘い声じゃない。
「はい」
不思議そうな声で新凪が答える。
「結子も」
私も?
「どうしたの、パパ」
真人は真面目な声で。
「ちょっと聞いて欲しいんだ」
「どうしたんですか、改まって」
何事かと新凪が尋ねる。
「子供を授かって」
静かに続ける。
「あと4ヶ月で赤ちゃんが産まれる。」
「しばらくしたら、結子も中学生になる」
「だから、このままというわけにはいかないと思うんだ」
なんだか漠然とした話だ。
「まあ、そうですね」
新凪はそう答えたものの、まだ話の流れが見えない。
「それで、引越ししようと思うんだけど」
そうきたか。
「え!?」
新凪はちょっと驚いた声を上げる。
「もう少し、広いところに」
「ダメかな?」
マサトがおねだりする子どものように尋ねた。
「いえ、でも……私は今のままでもいいですよ」
新凪が遠慮がちに答えた。
「またママの悪いところが出てる」
結子がそう言ってニヤリとする。
「できれば、結子が転校しなくていいように、この近所にしたい」
「パパ……」
結子は嬉しそうだ。
「もし仮に転校が必要になるとしても、中学進学と同時なら、影響は最小限にできると思うし。」
結子は頷いている。
「それで、みんなで住む家だから、みんなで一緒に探そう」
真人はことも無げに言う。
「でも、この近くにそんなに広い部屋あるかしら」
新凪がこの辺りの景色を思い浮かべながら呟く。
「ん?一戸建てのつもりだけど」
真人は一軒家を借りるつもりらしい。
「それこそ、戸建賃貸なんてあるかしら?」
新凪はさらに疑問を口にする。
「買うつもりだけど」
真人はさらりと言った。
「え?」
「え?」
2人同時に驚いた声を出す。
「せっかくだから、戸建ての家を買おうと思って」
新凪の顔が急に不安げになる。
「あの、そんなにお金、大丈夫なんですか?」
新凪は真人から、毎月十分な生活費を受け取っていたが、実際にマサトがどれだけ稼いでいるかは知らなかった。
サラリーマンじゃない真人の収入は、毎月一定額じゃないことは知っていたが。
「一人暮らしが長かったし」
真人は過去を振り返るように言った。
「人付き合いもしてこなかったから」
少し自虐的な声。
「お金は貯まっちゃってるんですよ」
「だから、この機会に思い切って使っちゃおうかと」
真人は当たり前のように言った。
「なので、新築一戸建てを探そうかと」
「それは……」
新凪の胸にさらに不安がよぎる。
この先、赤ちゃんが生まれる。
結子の進学もある。
サラリーマンじゃない真人が体調を崩した時の蓄えも必要。
そんな不安が膨らんで、真人の案に簡単には賛同できない。
「パパ、突っ走りすぎだよ」
結子がチャチャを入れる。
「みんなで住む家って言うんなら、最初からみんなで話そうよ」
それだけ言って、新凪に目配せした。
新凪は結子の助け舟に感謝した。
こんなに成長して……
「どうせ、賃貸だったら新築ってあり得ないですし」
新凪は結子の助け舟に全力で乗った。
「真人さんが無理しなくていい範囲で探しましょう」
自分を気遣っての提案には、さすがに突っ走る真人も耳を傾けないわけにはいかなかった。
「まずは場所と広さだね」
なぜか結子が仕切り始めている。
新聞を取っていれば、日曜日ごとに不動産屋の広告が折り込まれるが、あいにく新聞は取っていなかった。
「やっぱり、不動産屋巡りからスタートかな」
結子が言うと。
「ネット不動産で当たりはつけられるよ」
真人がスマホ画面を見ながら言った。
「いくつか当たりをつけておいて、不動産屋さんで内見させてもらって決めればいいよ」
IT系の真人らしい。
「それより大事なことは」
真人が落ち着いた、しかし強い口調で言った
「どんな家がいいかという希望をはっきりさせることだ」
そう言って、真人は結子を見た。
「中学に入ると、Active Learningというのが始まる」
「何それ?」
「これは、例えば自分たちでプロジェクトを実行して能動的に学ぶ学習だ」
「なんか難しそう」
「その練習として、結子にこのプロジェクトを取りまとめてもらおうかな?」
「ええ?」
「家を買おうプロジェクトだ」
「マジか」
結子は予想外の展開に驚いている。
「責任重大じゃん」
そうは言ったが、結子は目をキラキラさせている。
「別に全部一人でやる必要はないんだ」
真人は平易な言葉で説明する。
「そうなの?」
「誰に何を任せるかを決めるのもプロジェクトマネジャーの役割なんだよ」
「だから、自分でできないと思ったところはできる人にお願いすればいいんだ」
「わかった、やる!」
少し安心したように優子は言った。
かくして、家を買おうプロジェクトが始まった。




