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夏の終わりに神隠し  作者: 裏道昇


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第7話 娘夫婦の帰省

 春が来て、とうとう俺たちは受験生になった。本格的に勉強しなければと土曜の朝に出掛けようとしたら久しぶりに隣の婆さんと家の前でばったり顔を合わせた。


「あ、隣の坊主かい? すっかり大きくなったねぇ」

「婆さんは変わらず元気そうだな」

「そうでもないよ、これから病院なんだ」

「調子悪いの?」


 つい婆さんの姿をジロジロと見てしまう。元気そうに見えるが、もう若くもないだろう。子供の頃からの付き合いもあるので少し心配だった。


「視線がやらしいね」

「……やらしくねーよ、守備範囲外だ」


 相変わらず口が減らない婆さんだ。

 俺が言い返すと「残念」なんて笑って見せた。

 

「調子が悪いわけじゃないんだけどね。今年の夏は娘夫婦が久しぶりに帰ってくるの。孫も来るから元気なところを見せてやろうと思ってるわけよ」

「へぇ、良かったじゃん」

「で、土曜日は頑張って病院に行ってるの……あれ? アンタは? まだ朝だよ」

「勉強を教えてもらいに行くんだよ。もうすぐ受験なんだ」

「もう受験かい! なら話してる暇なんてないでしょ! さっさと行きな」

「婆さんだって病院に遅れるぞ」


 婆さんがしっしっと俺を手で追い払おうとする。

 その様子を見てまだ元気そうだと安心しながら背を向けた。


 しばらくの間、バイトと受験勉強を両立することに集中した。

 元の志望校よりも少し難しいくらいの大学を目指している状況だ。


 勘を取り戻すには時間が掛かるかと思ったが、夏休みが近付いた頃には成績もかなり良くなっていた。この調子であれば合格の目もありそうだった。




「なんだあれ?」

「何かあったのかな」


 俺たちが学校から村まで帰ってくると人だかりが出来ていた。

 警察も来ているようだから何かの事件だろう。


「あ、きっと空き巣じゃない? 最近はこの辺りでも多いし」

「空き巣? こんな田舎で?」

「田舎だからでしょ。人目が少ないし独り身の年寄りも多いから」

「なるほど、質が悪いな」


 言われてみれば村の防犯意識は確かに低い。

 鍵を掛けない家だって多いくらいだ。


「あのね、他人事じゃないのよ」

「何でだよ。わざわざ俺の家を狙う空き巣なんていないだろ」

「油断しすぎ。バイトに行ってる間、家に誰もいないことだってあるんでしょ」

「……ちゃんと戸締まりするか」


 何だか言い負かされることが多い気がする。

 まさか尻に敷かれているのだろうか。




 夏休みに入ってすぐだった。夕方、バイトから帰ると隣の家にちょうどタクシーが止まるのが見えた。小さな女の子が乗っているらしい。

 

「婆さんの孫か?」


 不審者になるより早く視線を切って自分の家に入っていく。

 婆さんは一人暮らしだから間違いないだろう。


 春先に婆さんから聞いた話を思い出す。

 娘夫婦が帰ってきたのか。


 次の日も朝からバイトで、外に出ると隣の家が気になった。特に変わった様子はないが、昨日はあの女の子も泊まったはず。きっと婆さんも喜んでいるのだろう。


「憎まれ口を叩いてる気もするけどな……ん?」


 遠くを歩いている婆さんの姿が見えた。

 孫が来てるのに出掛けるのかと疑問に思ったがすぐに気が付いた。


「今日は土曜日か。まだ通院してるってことかな」


 家族が留守番をしているのだろう。

 勝手に納得すると、俺はバイト先へ向かうことにした。




 昼過ぎにバイトを終えて家に帰る途中だった。

 隣の家から女の子が飛び出して来た。タクシーに乗っていた女の子だ。


 まだ小学校の低学年くらいだろう。

 女の子は周囲を見回して俺を見つけると急いで駆け寄って来た。


「助けて下さい! 突然泥棒が入ってきて……お母さんが」

「! 空き巣と鉢合わせたってことか……?」


 やっぱり婆さんの孫だったらしい。婆さんが留守の間に例の空き巣が入ったんだろう。留守番をしていた母親が家の中に残っているようだった。


 どうする? 俺一人でも何か行動した方が良いか?

 出来れば大人を待ちたい。しかし到着まではしばらく掛かるだろう。


「……分かった。俺は中に入るから、俺の家に行って事情を話してくれ」

「う、うん」

 

 隣の家を指さして言うと、女の子は頷いて走っていった。

 深呼吸をして覚悟を決める。緊張しながら俺は婆さんの家へと足を踏み入れた。


 迷ったが大きな声を出しながら先へと進むことにした。

 あの子のお母さんを見つけたいし、出来れば空き巣も牽制したい。


「大丈夫ですかー!」

 玄関正面の廊下を進みながら、さらに声を張り上げる。


 すると奥の居間から何かが落ちて割れるような音が響いてきた。居間に駆け込むと、空き巣らしき男が包丁を握ったままで妊婦の女性に掴み掛かろうとしていた。

 

「おい!」

「――!」


 俺があえて大きな声を上げると男は驚いた顔で俺を見て、もう一度女性を見ると背中を向けて逃げ出した。裏口から外に出るつもりだろう。


「大丈夫ですか?」

「…………」


 俺は男を追い掛けるような真似はしないで、女性に走り寄った。

 返事をする余裕もないようだが小さく何度も頷いている。




「お母さん!」

「ちーちゃん……」


 大人たちが追加で駆け付けてくれると、ようやく俺は一息つくことが出来た。俺の母さんが呼んでくれたらしい。この様子ならお腹の子も無事だろう。


「……怖かった」


 安心したら急に怖くなってきた。ほとんど勢いで包丁を持った空き巣と向き合ったのだ。冷静に考えたら危険にも程があるのだが……。


 横目で親子を盗み見る。まさか妊婦だとは思わなかった。空き巣も何かしようとしていたし、家の前で待っていたら危なかったかも知れない。


「そっか……二人目の孫が生まれそうだから帰ってきたのかぁ」


 空き巣は空き巣で予想外だったに違いない。今日は婆さんが出掛けると知っていたが、二人が来ていることまでは知らなかったのだろう。


 この後、俺は帰ってきた婆さんから何度も礼を言われた。さらに遅れて来た旦那さんからも何度も何度も礼を言われることになったのだった。


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