第6話 気付いたこと
「なぁ、もう来年は受験生って本当か?」
「本当よ。受験勉強しなきゃねー」
「やばいな、全然勉強してない」
「……高校に入ってから一気に成績落ちたよね、アンタ」
う、と言葉に詰まる。高校に入る時は勉強を教えたが、すでに力関係は逆転していた。落第とまでは言わないが断じて優等生ではない。
「逆にお前は成績伸びたよな」
「普通に勉強してただけでしょ」
「そうなんだけど、容赦ねーな」
「代わりに随分と背だけは伸びたよね」
バス停から家までの道を歩きつつ、隣の俺を見上げる。
確かに高校へ入学してから俺の身長は急に伸びていた。
「……ま、ピーマンも食べるからな」
「うるさい。別に食べられないわけじゃないし。ちょっと好きじゃないだけ」
成績のことを言われた腹いせに言い返す。どう見ても八つ当たりだが、反応を見ると気にしていたらしい。嫌いなもの第三位は強敵ということか。
……おばけ強すぎだろ。
高校二年生の八月三十一日。
同じように神社へ行くと、アキは真剣な顔で本殿を眺めていた。
「どうした? 珍しく真面目な顔じゃないか」
「はぁ? 私はいつだって真面目な顔よ」
「お、調子が出てきたな。ふざけた顔になってきた」
「ぶん殴るわよ?」
軽く茶化したつもりだったが、やりすぎたらしい。
宣言通りに軽く殴ってきた挙句、アキはかなり機嫌が悪くなってしまった。
「え、本当!? 付き合うことになったの?」
「ああ、一応は礼をだな……」
「ほら! 私の言った通りでしょ? まったくシュウは鈍いんだから」
「ま、今回は反論できないかな」
機嫌を取る目的も兼ねて、言おうと思っていた礼を言う。
目に見えて気を良くしたアキがふんぞり返っていた。
「でも良いなぁ、彼女と遊び放題じゃない?」
「そうでもない。もうすぐ受験生だからな。勉強も頑張らないといけないんだよ」
「あれ? 近場の大学に行ければ良いって言ってたじゃん」
「いや、少し状況が変わったと言うか……」
「? 珍しくはっきりしない……あ、彼女と同じ大学に行きたいってこと?」
ぽん、とアキが両手を打った。
相変わらず妙なところで勘が鋭い。
「まぁ……」
「良いんじゃない? 昔は優等生だったんでしょ。まだ巻き返せるよ」
「そうは言うけど簡単じゃない。バイトもしなきゃいけないんだ」
「バイト?」
「……遠くの大学に行くなら金が足りないんだよ」
「あはは、それは自業自得かなぁ」
アキは能天気に笑うが言っていることは正しい。
勉強もバイトも、高校に入ってから遊んでいたツケを払っているだけだ。
「しっかし、シュウも受験生かー。めちゃくちゃ背も伸びたよね」
「まぁな、小学生の頃は背の順で先頭付近だったけど、今は後ろの方だ」
「……もしかしてモテるのか?」
「知らねーよ」
「分かんないな、鈍いだけっていう可能性もある」
「今は身長だけで考える奴なんて――」
隣に座って、俺をジロジロと見ているアキに言い返そうとして思わず動きを止めてしまった。アキが不思議そうに俺を見る。
ひょっとして、と違和感に気が付いてしまった。
アキを見れば見るほどに違和感は大きくなっていく。
「どうしたの?」
「いや? アキの方こそ彼氏は出来ないのか?」
「余計なお世話よ! 自分に彼女が出来たからって!」
むきー、と怒り狂うアキを宥めながら違和感を隠す。
きっと今は話さない方が良いと思った。
「それじゃあシュウ! またねー」
「ああ、また来年な」
いつものように夕暮れの中、霧と風に視界を奪われながらもアキは笑顔で手を振った。俺も出来るだけいつも通りに手を振り返す。
気が付くと夕暮れの神社に戻っていた。さっきまでと何も変わらないように見えるが全く違う場所なのだろう。その証拠にアキはどこにも見当たらない。
毎年のことだから神隠しにもすっかり慣れてしまっていた。
小学校六年生の夏から高校二年生までということは六回か。
「そうか、もう六年目になるんだな」
そりゃあ俺の身長が伸びるのも当然だろう。
アキとの付き合いも長くなったものだ。
「変な出会い方だったし、未だに正体不明なのに良く続いたよなぁ」
本殿の正面にある階段。いつも俺が座る位置に腰を下ろす。
毎年ここで一緒に夕暮れを眺めて夏を終えてきた。
思わず癖で隣を盗み見る。アキはいないと意識した途端、忘れられた神社を赤く染めていた夕焼けが急に陰を帯び始めたような気がした。
「……アキの奴、年を取ってない」
アキの姿は出会った頃と少しも変わっていなかった。
今更になって気付くのも馬鹿らしいが、成長期に変化がなさすぎる。出会った時は中学生くらい。今は大学生か受験生でなければ計算が合わないことになる。
「どう頑張っても年上には見えない。俺の身長はこんなに伸びちゃったしな」
自分と比較すれば簡単に気が付くようなことだ。
無意識にアキの素性を考えないようにしていたのかも知れない。
それでもアキが悪い奴だとは思えなかった。でも外見が全く変わらないとは考えにくい。何か特別な理由があると見るべきだろう。
「ひょっとすると人間じゃないのかも知れないな……」
本来であれば笑い飛ばすような話だ。でも会えるのはいつも神社だけ。
加えて神隠しなんてものが起こっているんだ。上手く笑えそうになかった。
今までアキの素性に踏み込まなかったせいだ。
下手に突いて縁が切れることが怖かった。
「もう気付いてないフリは出来ないよな」
答えを出す頃には日も沈んでいたらしい。山はすっかり暗くなっていた。
空が近いからか、神社から見上げた夜空は昨日よりも星が明るかった。
いや、空気が澄んでいるんだ。
思えば今夜は昨日よりも少しだけ冷える気がする。
もう夏は終わっていた。
「どうしたのよ?」
高校に向かうバスの中で声を掛けられる。覗き込んできた顔は彼氏を心配しているというよりは気味悪がっていると言った方が正確だと思えた。
「いや、ちょっと考え事を……」
「アンタがぁ?」
「悪いかよ」
「それで静かだったのね。考え込んで周りが見えなくなるなんて、完全にただのガキじゃない」
「……俺だって悩むことくらいあるんだよ、お前だってガキじゃないか」
「私はガキじゃないわよ、ピーマンだって克服……しつつあるし」
「根に持ちすぎだろ」
ピーマン嫌いを馬鹿にしたことを気にしていたらしい。まぁ好き嫌いが減るのは良いことだろう。コイツの好き嫌いは他にも多かった気はするが。
「また神隠しに関すること?」
「一応は……」
呆れたような目を向けてくるが、以前ほど強く否定することはなかった。
アキからの助言で付き合い始めたことが理由かも知れない。
「何を悩んでるのかは知らないけど、考えるより動く方が向いてるんじゃない?」
「いや、分かってるよ。ちょっとアキに訊きたいことがあってさ」
「どうせ八月までは会えないんでしょ? 会った時に訊けば良いだけじゃん」
「…………」
あまりの言い草に思わず黙り込む。
そうだった。こういう場面のコイツは驚くくらい思い切りが良いんだ。
「……そう、かもな」
「似合わな過ぎて気持ち悪い」
だけど一理あるとも思ってしまう。
確かに受け入れる準備を始めた方がマシに思えた。
覚悟だけは決めて――次の神隠しで必ず訊こう。
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