第5話 幼馴染の同級生
「今年も神社に行くの?」
「行くよ。毎年のことだからな」
学校からの帰り道。村で唯一の同級生に詰め寄られて、俺は目を泳がせた。
どうにもコイツは俺が神社に行くことを良く思っていない節がある。
「誰と会ってるのか知らないけど、暇なら勉強を教えてよ」
「別に成績は悪くないだろ?」
「悪くはないけど、アンタに負けてるじゃない」
「俺に勝ちたいから俺に教えろって言うのか……」
もうすぐ俺たちは高校受験だった。元々そんなに勉強していたわけでもないのに、コイツは三年生になったら急に勉強を始めたらしい。
まぁ、何と言われても神社には行くつもりだから関係はないけどな。
親に余計な事を言われても困るし、一応は話を合わせておくことにしよう。
「分かったよ、余裕がある時にでも勉強を見れば良いんだろ」
「そうそう、それで良いのよ。アンタより良い成績で卒業するんだから」
俺が軽く返事をすると、上機嫌に笑っていた。
まぁ、本当に勉強を見ることにはならないと思うが。
「俺さ、もうすぐ受験なんだよ」
そろそろ慣れ始めた神隠しの中、俺はアキにそう切り出す。
お馴染みになった本殿前の階段で隣に座るアキは嬉しそうに身を乗り出した。
「え? 高校受験? あっはっは、苦しめ苦しめー」
「うわ、ひでぇ……受験生に贈る言葉じゃないだろ」
アキはふざけた様子で俺に両掌を向けていた。聞けば呪詛を送っているらしい。これを神社の本殿でやるのだから質が悪い。罰が当たれ、と送り返しておいた。
「でもさ、この辺りに高校って多いの?」
「ま、実際のところは二つかな。町の高校だと少しだけ難易度が高い」
「そりゃそっか。子供も多くないだろうしね……アキは町に行くの?」
「行けそうだから行こうかなって感じだなぁ」
「へぇ、成績は良いんだ? 意外かも」
「失礼な……」
「町に行きたいから行く、みたいなイメージ」
「失礼な……でも合ってる」
「だから高校行ったら勉強やらなくなりそう」
「失礼すぎるだろ……ただの偏見じゃねぇか」
俺が言うと、アキは謝りながら笑っていた。
……でも実際、勉強はやらなくなりそうだよなぁ。
「そういや、同じ村の子がさ……」
「あ、女の子だ」
話題を振ろうと思ったらアキが茶化すような目で俺を見る。
そういう話じゃないぞ、と睨み付けた。効果は不明だが続ける。
「アイツ、神社に来るのはやめとけって言ってるんだよ」
「あはは! それはそう! 自分から神隠しに遭いに行くなんてどうかしてるね」
「でも実害ないしなぁ……」
「心配してくれてるんだから、ありがたく受け取っておけば良いんじゃない?」
「そういう奴じゃない気がする。暇なら勉強を教えろって迫る奴だぞ」
「成績が良くないの?」
「いや、俺に勝ちたいって言ってたけど……実際は志望校を上げたいんだろうな」
「ふむ、なるほど」
俺が答えると、アキは少し考えている様子だった。
やがて隣に座る俺の背中をバンバンと叩く。
「シュウを借りちゃって申し訳ないからその子に勉強を教えてあげな」
「は? 別にアイツもそこまで本気じゃ……」
「良いから! とにかく言うことを聞きなさい」
アキが妙に強気で言った。
俺はその剣幕に押されて頷いていた。
「ちょっと教えただけで追いつきやがって……」
「ま、感謝はしてるよ」
町へと向かうバスの中、俺は隣の幼馴染に悪態を吐く。アキに言われてから何度か勉強を教えた結果、俺たちは同じ高校へ通うことになったのだった。
入試の頃はほとんど同じ成績だった。
やる気は凄まじかったと言って良いだろう。
「知り合いが多いに越したことはないから良いけどな」
「それはそうだけど、上から言われるのは腹立つ」
付き合いも長いのでお互いに軽口を返し合う。
高校でも同じということは、もうしばらく付き合うことになるのだろう。
「……上から目線はお互い様だろ」
「あはは、高校でもよろしくねー」
おう、と頷く。勉強を教えに行った時は思ったよりも喜んでいたみたいだし、アキの助言は意外と人の役に立つということなのかも知れない。
「やっぱり今年も神社に行くの?」
「恒例になっちゃったからなー、それがどうかしたか?」
「高校に入っても言うってことは……まさか神隠しは嘘じゃないの?」
「最初っから嘘じゃねーよ!」
コイツには俺が神社で経験したことやアキのことも話していた。熱心に聞いてくれたから感謝しているくらいだったが、信じていなかったらしい。
「信じるわけないでしょーが」
「いやいや、信じろよ」
「……友達の男子小学生が神社で神隠しに遭ったって言い出したのよ?」
「まぁ信じないかぁ」
「てっきり本当のことを言うタイミングを逃したんだと思ってたんだけど……」
「それで今まで嘘を吐き続けたと思われたのか。俺の印象やべぇな」
「でも本当に神隠しだとしたら、それが一番やばいでしょ」
言いたいことは分かる。でも恒例になってるのは事実だし、今のところ問題もない。それに俺はアキと話すことが嫌ではなかった。
「神隠しで一緒になるアキって子がいるんだけど、いきなり俺が来なくなったら約束をすっぽかしたみたいで後味が悪いというか……」
「前にも言ってたね。でもその子だって素性が分からないんでしょ? 何か、上手く言えないけど怖いじゃん。ほらその……幽霊、とか?」
「幽霊はないだろ。素性は分からなくても良い奴だよ。会えば気が合うと思うぞ」
「……どうかな」
「そうだ! 一緒に神社に来ないか? そうすれば全部分かるじゃないか」
な? と、笑い掛ける。冗談めかして言ったが、俺以外の人が神社に行くのは良い考えに思えた。何か分かることがあるかも知れない。
「絶対にイヤ!」
予想以上に強い否定が返ってきた。
「私はね、おばけが一番嫌いなの。二位はゴキブリで三位はピーマンよ。それでもおばけに会うくらいなら、ゴキブリとピーマンのスムージーだって飲んでやるわ」
「そ、そうか。嫌なら仕方ないよな」
どう考えても説得は無理そうだった。
「高校入学おめでと」
「そりゃどうも。ま、俺はそんなに苦労しなかったけどな」
「うわ、嫌な奴だー」
「アキだって受験生に優しくなかっただろ。受験が終わった人間の反撃だよ」
神隠しに遭うなりアキが心の籠もっていない言葉を投げてくる。
もうすっかり慣れてしまい、恐怖心のようなものは残っていなかった。
「じゃあ今は町まで行ってるんだ」
「町の高校だからな」
「バスで?」
「バス以外にねーよ。一時間に一本だ」
「女の子と一緒に?」
「当然そうなるだろ。悪意を感じるな……」
「青春で良いじゃん」
俺の隣に腰掛けながらニヤニヤと笑っている。
腹が立つので少しだけ言い返すことにした。
「彼氏がいないからって僻むなよ」
「黙れ」
ゴス、と頭を軽く小突かれる。思った以上に強い反応だった。
意外と本気で気にしているのかも知れない。
「アキとも会わせたいんだけどさ。本人が嫌がってるんだ」
「なんで? 嫌われることしたかな?」
「いや、アイツはおばけが苦手なんだよ」
「おばけ?」
いきなり言われても伝わらないか。
幼馴染の言い草まで含めて俺は説明することにした。
「あはは、私はおばけなんかじゃないよ」
「俺もそう言ったんだけどさ、可能性があったらダメっぽい」
俺の言葉を聞いて、アキは少し考え込んだ。
ノリが軽い癖にアキは頭が良く回ると思う。
「言って良いのか分からないんだけど……」
「何だよ? アキが気を使うなんて珍しいな」
「……ひょっとしてその子、シュウのことが好きなんじゃない?」
「何言ってるんだよ、そんなわけないだろ」
「勉強を教えてほしいって言ってたんでしょ」
「志望校を上げるためにな」
「だから! シュウと同じ高校に行きたかったんじゃない?」
「いや……あれ?」
思わず首を傾げてしまう。有り得る、のか?
ただの勘違いだとは思うけど……。
「それに神社に行くなって言うのも、心配だからなんじゃない?」
「だから神隠しに遭うのを心配してるんだって何度も言ってるだろ」
「バカ! 知らない女の子と会ってるから心配しているのかもって話よ」
「知らない女の子?」
アキをまじまじと見る。
確かに知らない女の子ではあるか。
「……不思議とそういう目では見れないな。ごめん」
「その気持ちには完全に同意するけど、振ったみたいに言うな」
またしてもアキはゴス、と俺の頭を小突く。
それから急に顔を近づけて楽しそうに笑ってみせた。
「私の見立てでは脈ありと見たね」
「本当かよ……」
俺は呆れて目を背けたが、今回ばかりはアキが正しかった。
この後、少し経ってから俺たちは付き合うことになったのだ。
アキの言葉で意識し始めたのがきっかけだった。
来年の夏にはお礼くらいは言ってやろうと思っている。
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