第3話 アキという少女
話し終えると、紅葉は楽しそうに俺を見つめていた。
娯楽が少ない田舎だ。自分と身近なこともあって興味を引いたのだろう。
「結局アキは誰だったの? 神隠しはどうやるの? アキとは会えたの?」
「待て待て! 一気に言われても答えられない」
話が終わったと分かれば紅葉は訊きたいことを一気にまくし立てる。
こうなるだろうと予想していた俺は紅葉の目の前に左掌を突き出して止めた。
「まず、神隠しのやり方なんて分からないよ。勝手にそうなっただけだし」
「でも私だって神隠しやりたい! お父さんだけずるい!」
「遊びじゃねーんだよ、怪奇現象なんだよ」
「でも楽しそうじゃん」
とりあえず答えやすいところから言ったが、動機が不純というか怖いもの知らずすぎた。親としては少しだけ心配になる。
「風と霧がいっぱい出てくるんでしょ?」
「アトラクションみたいに言うな。自分から神隠しに遭おうとかするなよ?」
「えー」
「……それに神隠しなんて遭おうと思って遭えるものでもないだろ」
何故か自分の娘が神隠しに遭おうとするのを止める羽目になっていた。頷きはしたが紅葉には不満が透けて見えている。目を離さない方が良いかも知れない。
「あとはアキだけどな……調べても素性は分からなかったよ」
「村にいる誰かの親戚じゃなかったの?」
「アキはそう言ってたけどなぁ。聞いて回っても誰も知らないんだ」
「小さな村なのに?」
紅葉の言葉に頷いた。村に親戚が泊まりに来て誰も知らないというのは考えにくい。ましてや目立つ恰好だ。誰かの家に出入りしていれば嫌でも目に留まる。
「じゃあ町の方かな?」
「俺もそう考えた。町からバスで来て、そのまま帰ったなら……って」
それでも紅葉は納得できないという顔をしていた。無理もない。不自然な行動だし人目に付かなかったのも偶然ということになる。こじつけに近いと言えた。
「だから町に住んでるのかなーと思ったんだけど、それもおかしいんだよ」
「町から来て神社に寄ったんでしょ? 一応おかしくはないんじゃない?」
「でも神社がある山まで行くには畑を通るだろ」
「うん、広い畑に囲まれた狭い道があるね」
「あの日も昼間は何人も農作業をしていたんだけど……誰もアキを見てないんだ」
すぐ近くを歩いていたら誰かが気付いただろう。
そう考えて当時の俺は聞きに行ったのだ。
「あの日、山までの道を通ったのは俺だけだってさ」
口を揃えてそう言っていた。
その時点で俺はアキを探すのは諦めることにしたんだ。
「あとは……何だっけ?」
「アキとは会えたの?」
「ああ、会えたよ」
「え!? 会えたの? じゃあ約束は果たせてるじゃん」
紅葉は目を見開いて挑むように身を乗り出してきた。
なるほど、この時にアキが言った言葉を約束だと勘違いしたのか。
「違う違う! 約束はまた別なんだ」
「え?」
「この後、すぐに会うことが出来たんだよ」
「何で? アキが誰かは分からなかったんでしょ!?」
紅葉はまるで怒ったように声を荒げていた。
その様子に思わず笑ってしまう。
「笑うなー!」
「ごめんごめん、でも単純な話なんだよ――」
うがー、と飛び掛かって来そうな紅葉を宥めるように頭を撫でた。
普通に考えたら混乱するのも当然だ。普通の出来事とは言えないわけだし。
「――これは最初の神隠しに過ぎなかったんだから」
「ん……ふぁあ」
「あ、お母さん起きた」
後ろのソファで途中から眠っていた双葉が目を覚ましたらしい。
大きな欠伸をしながら紅葉を見ている。
「紅葉、まだ起きてたの? もう寝なさいよ」
「やだよ、話が途中なんだから。夏休みなんだし」
「何言ってるの、夏休みは明日で終わりでしょ」
「神隠しの話を最後まで聞くの! 中途半端じゃヤダ!」
双葉は紅葉を寝かせようとするが、紅葉は続きを聞くと言って譲らない。二人がしばらく睨み合う。ウチでは良くある光景だ。あぁ二人が俺を見た。
「お父さん、紅葉を寝かせないといけないんだけど?」
「ここまで話したんだから続きを聞かせてよ!」
二人が詰め寄ってくる。こういう時、女二人に男一人だと少しだけ立場が悪い気がする。少しだけ考えてから俺は答えた。
「じゃあ、もう少しだけ話そうか。全部話すと長いから途中までだ」
どっちつかずではあるが、妥協点はこの辺りだろう。
「分かった。私は寝るからさっさと紅葉も寝なさいよ」
「はーい」
仕方ないと双葉は二階の寝室へと上がっていく。
視界から消える直前、双葉がちらりと俺を見る。
「……ちゃんと寝かせてね」
容赦なく釘を刺していった。
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