二話 死神と蔵 その二
ギギー……
扉の軋む音が辺りに響く。
何百年ぶりに開けた蔵は、
やはり埃をかぶっていた。
蔵の湿っぽい空気が
流れ出る。
「む……」
男は眉間に皺を寄せた。
開いた扉の先には
たくさんの調度品が並んでいた。
欠けた茶碗や
古びた箪笥。
巻かれたまま
乱雑に置かれた掛け軸。
棚には
古い書物や何かの目録が
無造作に積み上げられていた。
「けほっけほっ……」
透子は埃に軽くむせた。
「大丈夫か……」
男はすぐさま振り返ると、
袖口から手拭いを出して
透子の後ろへ回った。
「……これでいくらかマシにはなるだろう。」
手拭いで鼻と口を隠して、
頭の後ろで軽く結んでやった。
「ありがとうございます。」
透子は嬉しそうに目を細めた。
男は視線を逸らすと、
軽く咳払いした。
「さて、探すぞ。」
「はい。」
二人で蔵の中に足を踏み入れる。
ギシリと床板が鳴った。
「すごい量ですね……」
透子は首を辺りに巡らせる。
物の気配の多さに
圧倒されていた。
「まあ。
何百年と放り込んできたからな。」
男は近くの棚へ手を伸ばした。
「書物と目録を中心に探そう。
呼魂鈴について、
何か残っているかもしれん。」
「分かりました。」
透子も小さく頷く。
透子は慎重に棚のひとつに触れた。
こんなにたくさんのものの中から見つけられるかしら……
わずかに不安を覚えながら、
手探りで探し始めた。
男は手当り次第に書き付けの頁を捲る。
特に目ぼしいものはなく、
あれでもないこれでもないと
床にどんどん積み上げていく。
透子は持てるだけの本を
両手に抱えて、
男の元へ向かっていた。
それに気づいた男は、
手にしていた本を棚に戻す。
透子が持つ本の山を受け取ろうと
近付いた時だった。
コンッ。
床に無造作に置かれていた木箱に
透子は足を取られた。
「あっ。」
男はとっさに透子の手を掴んだ。
転ぶ!
透子はぎゅっと目を閉じた。
透子の持っていた本たちも、
床に積んであった本たちも、
バラバラに床へ散らばった。
あれ?
痛くない……?
透子は男の上に倒れ込んでいた。
「……大事無いか。」
男の声が
すぐ近くから聞こえてくる。
「あの!
ごめんなさい!
すぐ退きます!」
慌てて透子は男から離れようとした。
だが……
男は透子を抱き寄せたまま
動かない。
「謝るな。
怪我は無いか?」
「えっと……
はい。
……大丈夫です。」
「……そうか。
良かった……
それにしても、どうしてこんなに物が多いんだ……」
男はわずかに腕に力が入った。
それを誤魔化すように、
話題を変えた。
ゆっくりと起き上がる。
透子の耳が真っ赤に染まっていることに、
男は気が付いた。
「……あの、黄泉守様?」
男ははっとして、
肩に置いていた手を離した。
透子がわずかに距離を取る。
いまだに透子の耳は赤かった。
男はそれが何故なのか分かっていなかった。
「……何やってるの?
主。」
呆れを含んだ
その声に
男は振り返る。
ハクが蔵の入口にもたれながら、
腕を組んで立っていた。
「……透子が転びそうだったから、
助けただけだ。」
ハクから目を逸らした男は、
透子の手を取って立ち上がらせた。
着物に付いた埃を軽く払ってやりながら、
なんだか言い訳がましいなと
男は思った。
「ふーん。
それで抱きしめてたんだ。」
ニヤニヤと男を見るハク。
男は即答した。
「抱きしめてなどいない……」
「してたよ。」
ハクも即答した。
「……していない。」
「してた。」
「……していないと言っている。」
「してたって。」
「……」
男のこめかみがぴくりと動く。
これ以上からかうのは
危険と判断したハクは、
透子に向き直った。
「まぁ、怪我がなくて良かったよ。
ね! 透子さん。」
「はい……」
透子は小さく頷いた。
まだ耳は赤いままなのを
男は気づいていたが、
やはり理由は分からない。
「それより、
探し物は見つかったのかい?」
ハクは、
散らばった本から一冊拾いあげた。
「……いや。まだだ。
呼魂鈴について調べていたんだが……
ここは物が多すぎる。」
「俺も手伝うよ。
人手は多い方がいいからね。」
とりあえず、
散らばった本を片付けることにした三人。
一冊ずつ調べながら、
呼魂鈴についての記述はないかと目を光らせた。
透子がある本に手を伸ばした時だった。
シャラン……
鈴の音が聞こえた。
「えっ……」
透子はその本を手にした。
透子の様子に気づいた男は
声をかけた。
「どうかしたか?」
「あの。
この本を取ろうとしたら、
鈴の音が……」
透子はその本を男に差し出した。
男は受け取り、
表紙を見た。
「これは……」
「なんと書いてあるのですか?」
ハクも手を止めて二人の元へ寄った。
「……黄泉に迷いし娘」
男の静かな声に、
透子ははっと息を呑んだ。
ハクも驚き、目を見開く。
「それって……」
「三百年前の娘のことかもしれん。」
本は古く、
丁寧に扱わなければ
壊れてしまいそうだった。
男はそっと表紙を撫でた。
「開いてみましょう……」
透子の声はわずかに震えていた。
「そうだな。」
男は慎重に表紙を開いた。
最初の頁には、
達筆な文字でこう書かれていた。
『これは、
黄泉に迷いし一人の娘について
記録したものである。』
『後の世の為
ここに書き記す。』
二話 死神と蔵 その二 [完]




