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死神様は生贄の娘を離さない 第二巻  作者: 武村


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第二章 一話 死神と蔵 その一

屋敷に戻る頃には

 空は茜色へと染まっていた。


「着いたぞー!」


 朧車の掛け声と共に、

 御簾が上がる。


 いちは待ってましたとばかりに

 牛車から飛び出した。


「皆さーん!

 ただいま戻りましたよー!」


 静かな屋敷に、

 いちの賑やかな声が響く。


 しかし、透子の胸の内は

 その賑やかさとは裏腹に、

 重く沈んでいた。


 呼魂鈴。

 夢で助けを呼ぶあの声。

 三百年前の少女。


 蔵に行けば、

 その謎が解けるのだろうか。


 この胸のざわつきは晴れるのだろうか。


 透子はそっと、

 胸元にしまっていた木箱を指で撫でた。。


 俯く透子に

 男は話しかける。


「透子。

 この花瓶は何処へ飾る?」


「え?」


「せっかく買ったんだ。

 何処かへ飾るのだろう。」


「あ。

 そうですね。」

 

 何気ない会話だった。

 

「私の部屋に飾ってもよろしいですか?」


「ああ。」

 


 だが、

 男が、

 気を紛らわせてくれたことに

 透子は気がついた。


 そんな不器用な優しさに

 重く沈んだ心が、

 わずかに軽くなるのを感じた。

 

 

 

 水の入った花瓶を手に、

 男は透子の手を引きながら

 部屋へと向かった。


「お土産、

 皆さん喜んでましたね。」


 いちやハク、

 そして黄泉守が買ってきた土産。


 座敷でそれを広げながら

 騒ぐ妖たちや、

 言い合ういちとハクを思い出して、

 透子は微笑んだ。


「いちのやつ。

 酒の肴ばかり買いすぎだ……」


 少々呆れ気味に言う男に、

 透子はまた少し笑った。


「皆さん、お酒が好きですからね。

 でも……」

 

 透子は酒で盛り上がる妖たちを

 思い出しながら、素朴な疑問を口にした。


「あんなに苦いものなのに、

 どうして皆さんお好きなのでしょう?」


 男はぴくりとわずかに肩を揺らした。


「お前、飲んだことがあるのか?」


「はい。

 以前、黄泉守様がお屋敷におられない時に少し、

 いただきました。」


「なに……」


 男がわずかに眉間に皺を寄せるのを気づかずに、

 透子は続けた。


「私、酔ってしまって。

 その時のことはあまり覚えてないんですけど。」


「誰が飲ませた。」


「え?」


「いや、何でもない……

 それで?」

 

 男は慌てて続きを促した。


「黄泉守様がお酒が好きだと聞いたので。

 飲んでみたくなったのです。」


「そうか……」


 飲んでみた理由が、

 男が酒好きだと聞いたからだと言う透子に、

 なんとも言えない気持ちになった。


 怒っているわけでも、

 呆れているわけでもない。


 何故だかくすぐったいような

 気持ちになった男は、

 その後何も言えなかった。 

 

 

 

 

 

 部屋には

 鏡台に小さな文机。

 そして箪笥が置かれている。


 少しずつだが、

 何も無かった部屋に

 透子の物が増えていく。


 男は花瓶を文机の上にそっと乗せた。 

 

「ここでいいか?」


「はい。」


 透子は嬉しそうに呟いた。


 その文机の上には

 手折られた金木犀も置かれている。


 男はそれを手に取って

 花瓶にいけた。


 透子はそっと

 花瓶に触れた。


「綺麗ですね。」


「気に入ったか?」


「はい。」

 

 すると、花瓶は淡く光を帯びた。


 あの時と同じ

 あの金木犀が静かに浮かび上がる。


「あっ、また。」


 透子は小さく声を上げた。


「喜んでいるのかもな。」


 男は静かに言った。


「そうかも、しれませんね。」


 透子は微笑んで

 また優しく花瓶を撫でた。 

 

 花瓶の淡い光が徐々に弱まっていく。


 それでも、

 この花瓶のおかげで、

 部屋が少し明るくなった気がした。。


「他のお花も飾りたいですね。」


「庭の花なら好きに使え。」


「よいのですか?」


「ああ。

 涼にも言っておく。」


「ありがとうございます。」


 透子の弾む声に、

 男の胸もわずかに温かくなった。


 花瓶の傍らで微笑む透子を

 男は目を細めて眺めていた。

 

 

「さて、蔵へ行くか。」


 男は静かに立ち上がった。

 男はすっと、

 透子に手を差し出す。


 透子はその手を取って、

 立ち上がった。


 廊下に出ると猫又がこちらに向かって歩いていた。


「あ。透子!」


 嬉しそうに駆け出した猫又は

 透子の足元に擦り寄った。


「猫又さん。

 こんにちは。」


 透子は屈んで

 猫又の首を優しく撫でた。

 猫又はゴロゴロと喉を鳴らして

 気持ちよさそうに目を細めた。


「おい。猫。」


「なに? 主様。」


 片目を上げて男を見上げる猫又。

 なぜか得意気な顔をしていた。


「……」


 何故か胸がざわつく。


「猫さん。

 いちさんが座敷で皆さんに

 お土産を配ってましたよ。」


 透子は猫又の頭を撫でながら言った。


「ふーん。

 でもどうせ菓子だろ?」


 猫又は喉を鳴らし、

 尻尾をゆらゆら揺らす。


「酒の肴だ。」


 猫又はぴたりと動きを止めた。


 耳がぴくりと動いた。

 尻尾も真上を向いている。


「早く行かねば

 なくなるかもしれんな……」


 男の一言で

 猫又はさっと駆け出して

 行ってしまった。


「あっ。」


 透子は思わず手を伸ばしたが、

 もう猫又は姿を消していた。


「ああ。

 もう少し撫でたかったです……」


 少し残念そうに呟いた透子に、

 男はわずかに眉を寄せた。


 猫又が羨ましいなんてことは


 決して、


 ない。

 

 

「……透子は、

 猫又が好きなのか?」


 男は思わず、

 そう口にしていた。


「はい。

 好きですよ。」


「そうか……」


 男はわずかに気落ちした。


 それに気づかない透子は

 目を閉じて

 胸に手を当てる。


「ここのお屋敷にいる皆さんは

 とても優しくて。

 あたたかくて……

 みんな、大好きです。」


 ここでの数々の出来事や出会いを思い出して、

 透子は笑みが溢れた。


「きっと、

 黄泉守様が皆さんに優しいから、

 優しい人たちが集まって

 今のお屋敷になっているんでしょうね。」


 男は、その言葉で

 わずかに沈んでいた心が

 ふと軽くなるのを感じた。


「……俺は、別に。

 優しくなどないぞ。

 したいようにしているだけだ。」


 嬉しいはずなのに、

 男はぶっきらぼうに答えた。


「ふふっ。

 それが優しいのです。

 ありがとうございます。

 黄泉守様。」


 透子は優しく微笑んでいた。


 男は透子の顔を直視できず、

 ぽりぽりと頬をかいた。

 

 

 


 男はおもむろに立ち止まった。


「……ほら、着いたぞ。」


 そこは屋敷の最奥。


「これが蔵だ。」


 目の前には

 古くて大きな蔵が

 静かに佇んでいた。

 

 

「わぁ……」


 長い年月を経て


 壁は黒ずみ、


 木の扉にも年季が刻まれている。


 蔦が絡みついている

 その大きな蔵の威圧感に、

 透子は圧倒され、

 言葉が続かなかった。


「開けるぞ。」


 男は静かにそう言うと、

 扉に手をかけた。


「はい。」


 わずかに緊張が走る。


 重い音を立てて、

 扉はゆっくりと開いていった。


 呼魂鈴。


 三百年前の少女。


 そして、

 黄泉守が失っている記憶。


 その手がかりが

 この中にあることを願って。


 透子はその扉の先を

 無意識に

 胸元の木箱に触れながら

 見つめていた。 

 

 一話 死神と蔵 その一 [完]

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