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死神様は生贄の娘を離さない 第二巻  作者: 武村


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六話 父の影

 黄泉守は天界の観音殿ではなく、

 その更に奥。


 堺守神さかいのもりのかみの宮の前に来ていた。


 目の前に

 巨大な鳥居がそびえ立つ。


 堺守神。

 この世とあの世の堺を司る神。


「黄泉守様!」


 二人の門番が深々と頭を下げる。


「父上に話がある。」


「ではお取り次ぎを……」


「いや、急ぎだ。

 通せ。」


 黄泉守の声はいつもの如く静かだったが、

 そこには焦りが滲んでいた。


 門番たちは顔を見合せたあと、

「はっ!」と

 頭を下げ、門を開けた。


 黄泉守は門が開き切る前に

 中へと足を踏み入れる。


 宮に続く回廊を足早に通り抜けていく。


 静まり返った廊下に

 黄泉守だけの足音が響く。


 脳裏に浮かぶのは

 あの少女のこと。


 半妖の男もまだ見つかっていない。


 もし、

 ハクが言っていたとおり、

 あの少女が半妖の男と同一人物だったら。


 そして、遊天神。


 確かめなければ。


 黄泉守はさらに足を早めた。


 やがて宮の扉が姿を現した。


 黄泉守は声もかけずに、

 扉を開けた。


「父上。

 聞きたいことがあります。」



 宮の奥から、

 低く穏やかな声が響く。


「黄泉守か。

 どうしたのだ。

 そんなに急いで。」


 境守神が静かに黄泉守の方へ

 視線を向けた。


 境守神は黄泉守と同じ

 黒く長い髪をひとつにまとめ、

 真っ白な衣を身にまとっている。


「急ぎ、

 聞きたいことがあります。」


「何が聞きたい。」


「遊天神についてです。」


 その言葉に、

 境守神は一瞬眉をひそめた。


 それに気づいた黄泉守は

 すかさず聞き返した。


「なにか、知っているのですか?」


 境守神は腕を組むと、

 一つ小さく息を吐いた。


「あいつは天界にいたころから、

 何かと問題を起こす神であった……」


「問題とはどのような?」


「うむ。

 あの神は下界への干渉を好んでいてな。」


「下界に?」


「ああ。

 神が安易に人や妖に

 関わってはならぬと、

 掟があるにもかかわらずな。」


 黄泉守は表情を強ばらせた。


「妖と子を成したのですよね。」


「……そうだ。

 何百年も前のことだ。

 しかしそれを我らが知ったのは

 つい最近のこと。」


「事の重大さを、

 遊天神は分かっておられるのですか?」


 境守神は首を横に振った。


「いや。

 何も思ってはいないのだろう。」


「何の話をしている?」


 そこに突然三人目の声が聞こえてきた。


 黄泉守は咄嗟に振り返る。


 真っ白な着物に、

 女物の鮮やかな着物を羽織った男が

 笑みを浮かべて立っていた。


「……遊天神。」


 境守神が低く呟いた。


 遊天神は、

 軽い笑みを浮かべて

 二人の顔を交互に見た。


「何故そんな顔をする?」


「あなたに聞きたいことがあります。」


「なんだ?

 お前が、俺に?

 珍しいこともあるものだ。」


「あなたはかつて、

 妖と子を成したと聞きましたが。」


「ああ。

 そうだな。」


「認めるのですか?」


「認めるも何も事実だ。」


 境守神が頭を抱えた。


「お前は、自分が何をしたのか

 分かっているのか?」


「何って。

 女と交われば子ができる。

 自然の摂理だろ。

 悪い事か?」


 悪びれもせず、

 楽しげに笑う遊天神に、

 黄泉守は嫌悪した。

 表情には出さなかったが。


「その子供のことです。

 性別は?

 名前は?

 それくらいは覚えているでしょう?」



 遊天神は、

 顎に手を当ててしばし考えた。


「そうだなあ。

 確か、女だった。」


「いや、男だった気もするな。」


「……覚えていないのですか?」


「何百年も前のことだぞ。

 覚えているわけがない。」


 なんでもないように答える遊天神に、

 黄泉守は質問を変えた。


「ならば、相手の女のことは?

 一度は愛した女性でしょう。

 少しくらいは覚えているのでは?」


「は?

 愛した?

 なんだそれ。

 ただあの時はあいつに興味がわいた。

 それだけだ。

 名など知らん。」


「……何も覚えていないと?」


「だからそう言っているだろ。

 お前は父親に似て、

 五月蝿い男だな。」


 黄泉守は苛つく心を抑えながら、

 質問を続けた。


「何でも良いのです。

 思い出していただきたい。

 何の手がかりも無しに、

 その子を探すことはできませぬ。」


「なんだ。

 お前が探してくれていたのか。

 だったらそう言え。」


 遊天神は笑顔を絶やさず、

 境守神が座るはずの椅子に

 勝手に腰を下ろした。


「そうだな……」


 遊天神は足をゆっくりと組む。


「ああ、確か。

 あの女は花が好きだったな。」


「花?

 何の花です?」


「知らん。」


「遊天神。

 真面目に答えよ。」


 境守神が険しい表情でそう言うと、

 遊天神は軽く肩をすくめた。


「そう急くなよ。

 何だったかな。

 ああ、そうだ。

 桔梗だ。」


「俺が桔梗の花のようだと言っていたな。」


 桔梗……。


 その花の名を聞いたとき、

 黄泉守の頭にはあの少女が浮かんでいた。


「その女は、

 他に何か言っていませんでしたか?」


「さあな。

 覚えとらん。」


「……。」


「ああ。

 その時、腹に子ができたといっていたな。」


「その子供に、会ったことは?」


「は?

 会うわけがないだろ。

 煩わしくなって、

 生まれる前にその女とは会っていない。」


「そうですか……。」


 黄泉守は眉間に皺を寄せ、

 静かに拳を握りしめた。


 遊天神は

 子が生まれる前に

 女を捨てた。


 それを知らずに、

 女はこの男を生涯待ち続けた。


「いつか私を迎えに来てくれる。」


 そう信じて疑わずに。


 なんと哀れな女か。


 なんと哀れな子か。


 その娘が今、

 自分の屋敷にいる。


「何故そのような顔をする?

 お前とて、

 飽きた玩具は捨てるであろうが。」


 黄泉守は静かに

 遊天神を睨み返した。


「俺は、

 人や妖を玩具だと思ったことは

 一度もない。」


 低く、

 怒りが滲んだ声だった。


 それを見て、

 遊天神は鼻で笑った。


「そうか?

 お前とて、

 女を弄ぶことくらいあるだろう?」


「……ふざけるな。」


 痛みを感じるほどに、

 拳を握りしめていた。


 遊天神は、

 悪びれる様子もない。


「何をそんなに怒っている?」


「……。」


 黄泉守は答えなかった。


 掌に爪が食い込む。


「……俺は愛するものを

 捨てはしない。」


「ましてや、

 弄ぶなど……。」


「愛する?」


 遊天神は怪訝そうに

 目を細めて呟いた。


「あなたには分からない感情でしょう。」


 黄泉守は真っ直ぐに

 遊天神を見据えた。


「誰かを大切に想う気持ちが、

 どれほど尊いのか、

 あんたには分からない……。」


「……なかなか面白いことを言う。

 境守神よ、お前の息子は面白いな。」


 楽しげに笑う遊天神は、

 足を組み替えると、

 境守神に顔を向けた。


「遊天神。

 笑っている場合ではないぞ。」


 境守神が険しい表情で見つめる。


「何故?

 こんなに愉快なのは久しぶりだ。」


「お前が弄んだ女は、

 死んだのだぞ!」


 ついに黄泉守は語気を強めた。


 黄泉守の声が、

 宮中に響き渡った。


 遊天神はしばらく黙ったが、

 やがて口を開いた。


「……そうか。」


 ただ淡々と、

 その一言だけ。


 黄泉守は眉を寄せた。


「それだけか?

 それだけなのか?


 お前は、何とも思わぬのか?」


 遊天神は

 小馬鹿にしたように

 薄ら笑みを浮かべて

 黄泉守を見ていた。


「何百年も前の女だろ?

 何とも思わん。

 興味もない。」


「逆に問おう。

 俺は何を思えばよい?」


「貴様……」


「どこまで下劣なのだ……!」


「……おい。

 境守神。

 躾がなっとらんな。」


 ここに来て初めて、

 遊天神はわずかに不快感を示した。


 境守神は静かに

 遊天神に言い放った。


「躾の問題では無い。

 お前の態度は身に余る……」


「俺は生まれた時からこうだが?

 何が問題なのだ。」


 遊天神は両手を広げ、

 目の前の二人を馬鹿にしたように笑う。


「お前は、

 一人の女を弄び、

 その女の生涯を台無しにした。」


「死ぬまで。

 いや、死んでもなお、

 あの女はお前を待っていたのだぞ。」


「……だからなんだ?

 俺は待てとも、

 愛せとも、

 子を産めとも言ってない。」


「その女が勝手に惚れて、

 勝手に産んだ。

 それだけだ。」


 なんと身勝手な言い分なのか。


 黄泉守は唇を噛んだ。


「では何故今更、

 子供の所在を聞きに父上のもとへ

 来たのだ。」


 遊天神はふっと鼻で笑った。


「そんなの、決まっているだろう。」


「たまたま思い出したからだ。」


「……たまたま?」


「ああ。

 そういえば昔、

 構っていた女がいたなと

 ふと思い出してな。」


「あいつの家に行ってみたのだ。

 まあ、

 もうそこに誰も

 いなかったがな。」


 何でもないように言う遊天神に、

 黄泉守は静かに返した。


「それで、自分の子がどうなったか、

 気になったと?」


「いや。

 あいつのことだ。

 産んだんだろうことは

 容易に想像ついた。」


「子ができるまでは

 面白い女だった。

 ならばその子供も

 面白いんじゃないかと

 思っただけのこと。」


 黄泉守は怒りを通り越して、

 呆れていた。


「それだけですか。」


「他になにがある?」


「……。」


 その女と娘が不憫でならなかった。


「その女について、

 何か覚えていることは?」


「何かとはなんだ。」


「何でも良いのです。

 髪や瞳の色は?

 身につけていたものでもいい。」


 遊天神は、

 顎に手をやりしばし考えた。


「……良く笑う女だった。

 何をしても、何を言っても

 楽しそうに笑うのだ。」


 その言葉に、

 黄泉守は目を伏せた。


 桔梗の母親───


 彼女は、

 遊天神を愛していた。


 そして自分も愛されていると

 思っていたのだろう。


 きっと、

 何をしても

 何をされても

 嬉しく、

 心躍る一時ひとときだったのだ。


「他にはありませんか?」


「そうだな……。」


「桔梗の花が好きだった。」


「またそれですか。」


「仕方がないだろう。

 それくらいしか思い出せん。」


 黄泉守は静かに目を閉じた。


 桔梗の花。


 女は遊天神を

 桔梗のようだと言っていた。


 そしてあの少女の名。


 証拠はないが、

 全てが繋がった。


「最後に一つだけ、

 よろしいですか?」


「何だ?」


「その女は、

 あなたのことを

 何と呼んでいたか

 覚えていますか?」


 遊天神は、

 少し考えてからこう答えた。


「忘れた。」


 笑って答える遊天神に、

 黄泉守はもう何も言えなかった。


「分かりました。」


 これ以上、何を聞いても無駄だ。


 この男は

 何も覚えてはいない。


 女の顔も。

 自分の子供のことさえも。


「なんだ?

 もう良いのか?」


「ええ。

 もうよいのです。」


 黄泉守は境守神に一礼すると、

 二人に背を向けた。


 遊天神は拍子抜けしたように、

 目を瞬いた。


「結局、お前は何をしに来たのだ。」


 黄泉守は振り返った。


「……今、

 俺の屋敷で預かっている娘がいます。」


「その少女が、

 あなたの子であるかどうか、

 確かめに来ただけです。」


「お前の屋敷に?」


 遊天神は目を細めて笑った。


「では、俺も

 お前の屋敷へ行くとしよう。」


「……何故です。」


「決まっている。

 その娘に会うためだ。」


「俺の娘だ。

 どんな面白い奴に育ったのか。

 見てみたいだろう。」


 その言葉を聞いた瞬間。


 黄泉守は、

 ここに来て初めて、

 明確な嫌悪を顔に浮かべた。


「断る。」


「お前に会わせる義理はない。」


 そう言い残して、

 黄泉守は踵を返した。


 シャラン……


「……!」


 一歩踏み出したその時、

 鈴の音が頭の中に響いた。


 何故か、

 胸の中がざわついた。


 立ち止まった黄泉守に

 境守神が声をかける。


「どうしたのだ。」


「……今、鈴の音が。」


「鈴の音など、聞こえなかったが?」


「……何でもありません。

 失礼します。」


 父の言葉に、

 黄泉守はまた小さく一礼して

 その場を後にした。


 早く戻らなければ。


 あの鈴の音は───


 六話 父の影 [完]


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