七話 救済
黄泉守は急いで屋敷へと戻った。
勢いよく玄関の戸を開けた。
屋敷の中がざわついている。
いつもの賑やかなざわつきとは違う。
何かがあったのだ。
黄泉守は透子の部屋へと駆け出した。
廊下を曲がった先。
ハクと雪女の背が見えた。
「ハク!」
「主……」
「何があった?
透子は?」
ハクは沈黙し、
下を向く。
黄泉守はハクの後ろ、
透子の部屋へと目を向けた。
荒れた部屋。
何かがあったのは、
明らかだった。
「透子はどこだ!」
黄泉守はハクの両肩を掴んだ。
「連れていかれたの……」
雪女は唇を噛んだ。
「連れていかれただと……。
誰にだ。」
「桔梗に……。」
その名を聞いた瞬間、
黄泉守の目は大きく見開かれた。
「何故、桔梗が。」
「主。
俺の予想が当たったんだ。」
「まさか……」
「桔梗が、あの半妖の男だった……」
「……。」
黄泉守はしばらく黙ると、
ハクの肩から手を離した。
「……俺と雪女がここへ駆けつけた時には、
すでに透子さんは襲われていた。」
「何故透子を襲う?
半妖の男の狙いは俺のはずだ。」
黄泉守の声が低くなった。
「透子さんは首を絞められていたわ。」
雪女が静かに答えた。
「私たちが止めようとしたら、
桔梗は透子さんを連れて、
煙のように消えたの……」
「……透子は無事なのか。」
「……分からない。
俺たちもその後すぐ
透子さんを探したんだ。」
「だけどどこにも気配がないのよ。」
「……。」
黄泉守は黙ったまま、
透子の部屋に入った。
荒れ果てた部屋。
散らばった布団。
倒れた鏡台。
裂かれた障子。
「……透子。」
黄泉守は、
その場にゆっくりとしゃがみ込む。
くしゃりと自身の髪を握った。
「……どこへ行ったのだ。」
ハクは、
そんな主の姿を初めて見た。
「主……。
すまない。」
「……桔梗は何か言っていたか。」
ハクは黙ったまま、
黄泉守を見つめていた。
「……桔梗は、
透子さんを救うと言っていたわ。」
雪女の言葉に
黄泉守は眉間に皺を寄せた。
「救う?」
「ああ。
苦しみの先に救いがあると。」
ハクは拳を握りしめながら、
桔梗の言葉を伝えた。
「桔梗はただ殺すために
首を絞めていたようには
見えなかった。」
「本気で、
透子さんを救おうとしていた……」
黄泉守は静かに立ち上がった。
「でも、
桔梗の言う『救い』は、
私たちとは意味が違う。」
「……そういうことか。」
二人の話を聞いた黄泉守は
小さく息を吐いた。
「……どういうことだい?」
黄泉守自身も覚えてはいなかった。
推測ではあるが、
限りなく真実に近いだろう事実。
「俺が、あの娘の母親を救った。」
「だが実のところ、
俺はただ母親の魂を
黄泉に導いただけだ。」
「それが、あの娘にとって……」
「苦しんだ先の救いに見えたのだろう。」
「……。」
ハクと雪女は何も言えなかった。
「俺は、
あの娘がそこにいたことすら、
知らなかった。」
黄泉守は静かに目を伏せた。
「母親の魂が
苦しみから解放される姿を……」
「幼いあの娘は、
ただ黙って見ていたのだろう。」
「そしてそれが、
『救い』だとあの娘は解釈した。」
雪女が小さく呟いた。
「だから……
あの子は透子さんを
苦しめようとしているのね。」
「ああ。」
「苦しませることが、
救いに繋がると
本気で信じているのだろう。」
「ああ……。
なんてこと……。」
雪女は額に手を置いて嘆いた。
「……なら桔梗は、
透子さんをどうするつもりなんだ。」
ハクの問いに、
黄泉は黙り込んだ。
やがて口を静かに開いた。
「自分の母親と、
同じように死なせるつもりだ。」
「そんな……!」
雪女が息を呑んだ。
「死ねば苦しみから解放される。」
「そんなこと!
透子さんは望んでいないわ。」
「ああ。
苦しまなければ救われないなど、
間違っている。」
黄泉守は迷いなく
言葉を続けた。
「だからこそ、
俺が止める。」
ハクが黄泉守を見つめる。
「しかし主。
桔梗がどこへ行ったか分かるのか?」
「……いや、まだ分からぬ。」
シャラン……
黄泉守ははっと顔を上げた。
「まただ。」
「何が?」
「鈴だ。
鈴の音がした。」
黄泉守は荒れた部屋を見渡した。
「そんな音、しなかったけど。」
「天界でも聞こえたのだ。」
黄泉守は目を閉じた。
シャラン……
確かに聞こえる。
黄泉守は目を開いて、
ハクと雪女を交互に見つめた。
「この音を辿る。
二人とも、着いてきてくれ。」
ハクと雪女は同時に頷いた。
「探すぞ。」
「……必ず、透子を救い出す。」
黄泉守は一拍置くと
静かに呟いた。
「……桔梗もだ。」
七話 救済 [完]




