第三章一話 母の面影
朝餉を終えてから少し経って、
ハクが部屋に訪れた。
「傷の具合を見に来たよ。」
「もう痛くないから、
大丈夫。」
桔梗はハクを見つめて、
淡々と答える。
「そうは言っても、
昨日縫ったばかりだからね。
俺は薬師だ。
確認させてくれるかい?」
「……わかった。」
「布団の上に寝てくれるかい?」
言われるまま、
桔梗は横になった。
着物を、そっと開く。
「……。」
そこにはもう、
昨日の傷は跡を残すのみだった。
「少し痛いかもしれないが、
我慢できるね?
すぐ終わるから。」
「うん。」
桔梗の返事を確認して、
ハクは縫ってある糸を
ハサミで切り、取り除いていった。
男はわずかに眉を寄せた。
「もう治っているのか……」
ハクは頷いた。
「……こんな治り方、
見たことがない。」
ハクは抜糸をしながら、
ちらっと桔梗の顔を覗いた。
少しも痛がる様子を見せない桔梗は、
ただじっと、
ハクの手元を見ていた。
「はい。
終わったよ。」
ハクはハサミを盆の上に置くと、
静かに息を吐いた。
着物を直した桔梗は
ゆっくりと起き上がった。
「桔梗。
お前は父親について何か
聞かされてはいないのか?」
男の質問に、
桔梗はしばらく黙っていた。
視線が畳へと落ちる。
「……母様は、
父様が大好きでした。」
桔梗は俯いたまま、
語り出した。
母様は、
心が綺麗な人だった。
母様は、
私を可愛がってくれた。
私が父様の子供だったから。
母様はいつも
父様の話をした。
「あの人は、
とても尊いいお人なの。」
尊いって何だろうと
いつも思っていた。
「だから、すぐには
来られないのよ。」
「でもいつか
私を迎えにきてくれる。」
それは母様の、
心からの願いだった。
でもいつまで経っても
父様は来ない。
母様はだんだん
私を父様だと思うようになって……。
「嗚呼。
あなたはあの人にそっくりね。」
見たこともない誰かに、
重ねられるのは
気持ちが悪かった。
でも、
母様がそれで楽になれるなら。
私はどうだっていい。
私には母様しかいないんだから。
「桔梗の花のように美しい
あの方の
半分があなた。
半分は私……
愛しているわ。
永遠に……」
次第に母様は気を病んで、
食べることもままならなくなり、
最後は苦しんで死んでしまった。
桔梗は多くは語らなかったが、
育った環境の悪さを
想像するのは難しくなかった。
母親の
この子に向ける愛情は……
桔梗自身ではなく、
父親に向けたものだった。
第三章一話 母の面影 [完]




