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死神様は生贄の娘を離さない 第二巻  作者: 武村


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八話 居場所


 翌朝。


 透子は早くから目が覚めた。


 あの子は大丈夫だろうか。


 あんなに血だらけで、

 大きな傷を受けて。


 まだ痛みがあるのでは……


 そんな不安で

 頭がいっぱいになる。


 透子は身支度を整えると、

 部屋を出た。


「透子?」


 名を呼ばれて振り返ると、

 男がこちらに向かって歩いていた。


「黄泉守様。

 おはようございます。」


「ああ。

 おはよう。

 今日は早いな。」


「はい。

 桔梗さんが気になってしまって。」


「俺も

 今から行こうとしていたところだ。」


 二人は顔を見合せた。


「一緒に行くか?」


「はい。」


 自然と男は透子の手を取った。


 透子も驚くこともなく、

 その手を握り返す。


 二人は並んで

 桔梗の部屋へ向かった。


「桔梗さん。

 入ってもいいですか?」


 障子の前で透子が声をかけた。


「はい。」


 小さな声だったが、

 桔梗の声に

 透子は少し安堵した。


 男が静かに障子を開ける。


 部屋には

 布団から起き上がった少女が、

 こちらを見上げていた。


 昨日とは違って、

 驚くほど

 顔色がよくなっている。


「おねえちゃん……」


 桔梗は透子を見て

 小さく微笑む。


「……」


 男は黙ったまま、

 透子を連れて

 桔梗の傍に腰を下ろした。


「良かった。

 昨日より元気そうね。」


 透子は安心して、

 桔梗に笑いかけた。


「痛いところはない?

 起き上がって、

 大丈夫なの?」


 透子の質問に

 桔梗は少しだけ考え込む。


「……大丈夫。」


 桔梗は、

 未だに繋がれた

 男と透子の手を見つめていた。


「……どうして、

 二人は手を繋いでいるの?」


 桔梗は

 じっと、

 重ねられた手を見つめている。


「えっと……」


 男はわずかに

 握る手に力を込めた。



 透子は少しだけ

 照れたように答えた。


「私たちは……

 えっと……」


「恋人だ。」


 透子は少し驚いて

 隣に座る男を見た。


「だから

 こうして手を繋ぐ。」


 その瞬間、

 男はまた優しく握り返した。


「恋人……?」


 きょとんとする桔梗は、

 視線を透子に向けた。


 透子はほんのりと頬を赤らめて、

 小さく微笑んだ。


「うん。

 そうなの。」


 桔梗は透子の繋がれていない

 もう片方の手を

 両手で握った。


「手を繋いだら恋人?

 おねえちゃんと私は恋人になる?」


 透子は少し目を見開くと、

 困ったように眉を下げた。


「うーん……

 ちょっと違うかな。」


「……」


 男は黙ったまま、

 その様子を見ていた。


「……そうなの?」


 残念そうに目を伏せた桔梗に、

 透子は笑いかける。


「桔梗ちゃん。」


「なに?

 おねえちゃん。」


 透子は桔梗に握られた手を

 優しく握り返した。


「私とあなたは、

 お友達よ?」


「お友達?」


「そう。

 桔梗ちゃんが嫌じゃなければ、

 お友達になってくれない?」


 桔梗は

 しばらく透子を見つめた。


 やがて嬉しそうに

 顔を輝かせた。


「お友達!

 私、おねえちゃんのお友達になる!」


 嬉しそうに笑う桔梗につられて、

 透子も笑った。


「ありがとう。

 桔梗ちゃん。」


 桔梗は嬉しさのあまり、

 透子の手をぶんぶん振った。


「おい、桔梗。

 それ以上振るな。

 透子の腕が取れる。」


 静かに注意する男に、

 桔梗はぴたりと動きを止めた。


「ふふっ。

 そんなことで取れたりしませんよ。」


 透子は笑っていたが、

 桔梗は打って変わって

 真顔で男を見つめていた。


「本当に?

 腕、取れちゃう?」


 真剣な眼差しに。

 男はわずかに戸惑った。


「いや……

 本当に取れるわけでは……」


「ごめんなさい……」


 桔梗はぱっと透子の手を離した。


「痛かった?」


「大丈夫。

 痛くないよ。」


 透子が優しく返すと、

 桔梗は少し安心したようだった。


「ねえ。

 お腹は減ってない?」


「……食べてもいいの?」



 桔梗の返答に、

 透子は眉を下げた。


「もちろん。」


 透子は優しく微笑んだ。


「お腹が空いたら

 ご飯を食べるの。」


「栄養を取らなきゃ、

 傷も治らないでしょ?」


「遠慮なんて

 しなくていいのよ。」


「本当に……?

 お腹が空いたって

 言っていいの?」


「ええ。」


「……。」


 男は黙って、

 二人の会話を聞いていた。


 この少女は、

 飯も食えない環境にいたのか?


 詳しく話を聞かねばならないなと

 静かに目を伏せた。


「私も一緒に

 ここで食べましょうか?」


「本当?

 おねえちゃんと一緒に?」


「ええ。」


「嬉しい!」


「……なら、

 俺もここで食う。」


「黄泉守様も?」


「……俺も透子と一緒がいい。」


 透子から視線を逸らした男が

 ボソリと呟いた。


「ふふっ。

 じゃあ三人で一緒に食べましょう。」


「ではいちに頼んでくるとしよう。」


 男は透子から手を離すと、

 立ち上がった。


「すぐ戻る。」



「はい。

 ありがとうございます。」


 透子の頭をひと撫でして、

 男は部屋を出ていった。



 先程までのやり取りを

 思い出しながら、

 男は台所へと足を運んでいた。


 男の言葉を真に受けたり、

 透子の言葉に喜んだりする様は、

 偽っているようには見えなかった。


 桔梗は

 どこまでも純粋な少女に見えた。


 だからこそ、妙だ……


 あの治癒の早さ。


 少女の育った環境は、

 常ではないのかもしれぬ。


「……まずは飯を食ってからだな。」


 そして男は、

 台所へと顔を出した。


「いちはいるか。」


「主様!

 おはようございます!」


 いちの元気な声が

 台所に響いた。


「朝餉はできているか?」


 そこでは

 河童や他の妖たちが

 せわしなく動いている。


 いちは辺りを見回した。


「河童さーん!

 どうですか?」


「もう少しでできあがるだ。」


「あと少しみたいです。」


「ん。

 それを三つ、

 桔梗の部屋へ持ってきてくれ。」



 いちは目を瞬いた。


「桔梗さんの部屋に、ですか?」


「ああ。

 透子が一緒に食いたいと言うのでな。」


 いちはニヤニヤと、

 男を見つめていた。


「……なんだ、その顔は。」


「主様も、

 透子様と一緒がいいんですね。」


「……悪いか。」


 男は視線をそらして、

 小さく呟いた。


「ふふっ。」


「……いいから、

 早く持ってこい。」


「はい!

 承知しました!」


 男は頭をガシガシと

 かきながら、

 台所から出た。



 いちに朝餉の準備を頼んだ後、

 男は元来た道を戻った。


 廊下を歩きながら、

 いちのにやけ顔がちらつく。


(……俺は、

 透子と離れたくないだけだ。)


 あれがハクだったら、

 もっとからかわれていたなと

 男はまた頭をかいた。


 部屋の前まで戻ると、

 中から二人の声が聞こえてきた。


「おねえちゃんは、

 どうしてそんなに優しいの?」


「優しい?

 そうかな?」


「うん。

 優しいよ。」


 透子は少し困ったように笑った。


「私はね。

 困っている人がいたら

 助けたいって思うの。」


「私も昔、

 たくさんの人に助けてもらったから。」


「……」


 男は黙って

 透子の言葉を聞いていた。


 少しの間を置いて、

 男は声をかけた。


「入るぞ。」


「はい。」


 男は静かに障子を開ける。



 二人が

 男を見上げる。


「黄泉守様。

 おかえりなさい。」


「ああ。」


 男は透子の隣に座る。


「じきにいちが

 朝餉を持ってくる。」


「今日はどんな朝ごはんでしょう?」


「さあ。

 何だろうな。

 美味そうな匂いはしていたが。」


 透子は桔梗に笑いかけた。


「桔梗ちゃん。

 ここのお料理は

 河童さんが作ってくれているんですよ。」


 桔梗は目をぱちぱちとさせた。


「河童が、料理をするの?」


「はい。

 河童さんは料理が得意なんです!」


 透子は嬉しそうに頷いた。


「私も最初は驚きました。」


「腕は確かだ。」


 男の言葉に

 桔梗はまた目を瞬いた。


「いちです。

 朝餉をお持ちしました!」


「ん。

 入れ。」


 いちがすっと障子を開ける。


 膳を二つ持って

 いちが部屋に入ると、

 その後ろから

 もう一つの膳を持った

 猫又が入ってきた。


「おはようございます。

 いちさん。猫又さん。」


「おはようございます!

 透子様。」


「おはよう、透子。」


 猫又はちらっと

 桔梗を見たが

 すぐに透子に視線を戻した。


「はい。透子。

 朝ごはん。」


 猫又は膳を透子の前にそっと置く。


「ありがとうございます。

 猫又さん。」


 透子の笑顔に、

 猫又は尻尾を揺らす。


 いちは男と桔梗の前に膳を並べた。


「桔梗さん。

 お加減はどうですか?」


「……大丈夫。」


「桔梗ちゃん。

 この人は座敷童子のいちさんです。」


「そして、

 この人が猫又さんです。」



「よろしくお願いします。

 桔梗さん!

 なにかありましたら、

 私にお申し付けください!」


 元気ないちに圧倒されたように、

 桔梗は少し俯いて答えた。


「よろしく……」


「うん。

 ……よろしく。」


 猫又は素っ気なく返した。


「では、私たちは失礼しますね。」


 そう言って、

 いちと猫又は部屋を後にした。


「いただきます。」


 二人が手を合わせるのを見て、

 桔梗は真似をするように手を合わせた。


「……いただきます。」


 黄泉守が透子の様子を伺う。


「透子、何から食べる。」


「では、お味噌汁を。」


 透子の手を持って器を持たせる。


 そんな様子を

 桔梗は不思議そうに見つめていた。


「なんで、そんなことをするの?」


「私は目が見えないの。

 だから、黄泉守様が手伝ってくれるのよ。」


 桔梗は首を傾げた。


「見えない?

 私のことも、見えないの?」


「いいえ。

 妖や、霊は見えるの。

 不思議でしょ?」


「ふーん。

 変なの。」


 男は黙って聞いていたが、

 桔梗の言葉に箸を止めた。


「変では無い。」


 男は静かに答えた。


「それが、透子だ。」


「……そっか。」


 そして三人は静かに食事を再開した。


 しばらく食事を進めた後、

 黄泉守は桔梗に問いかけた。


「……桔梗よ。」


「なに?」


「お前は、何の妖だ。」


 桔梗は口に運ぼうとしていた箸を

 ピタリと止めた。


 桔梗は、ゆっくりと

 黄泉守に顔を向けた。


「……分からない。」


「分からない?

 お前、自分が何者か

 知らぬのか?」


「……知らない。」


 桔梗は、俯いた。


「母様は、

 私を置いて、

 ずっと昔に死んだ。」


「父親はどうした。」


「……会ったことない。」


 悲しんでいるように見えた透子は、

 席を立ち、

 桔梗の隣に座った。


 桔梗が顔を上げると、

 透子はそっと桔梗の手を握った。


「桔梗ちゃん。

 行く所がないのなら、

 ここに居てもいいのよ?」


「ほんと?」


 透子は微笑んで頷いた。


「黄泉守様。

 かまいませんよね?」


「……そうだな。」


 この娘の正体が分からなぬ限り、

 ここに置いて

 見定めるのもいいだろう。


「ここは、

 行き場のない妖が

 集まっている。

 好きにしろ。」


 男の言葉を聞いて、

 透子は


「ね?」


 と優しく桔梗の手を握った。


 桔梗は透子と黄泉守の顔を

 交互に見つめた。


「……ここにいたい。」


 それは桔梗の本音だった。


 こんなに誰かに優しくされたのは

 生まれて初めてだった。


 八話 居場所 [完]





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