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死神様は生贄の娘を離さない 第二巻  作者: 武村


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五話 忘れられた子


 黄泉守は、

 深い山の中を歩いていた。


 山と言っても現世の山ではない。


 足元に広がるのは、

 薄い雲の海。


 その先に、

 白く巨大な門が見えてきた。


 黄泉守は足を止める。


「お久しぶりですね。

 黄泉守。」


 背後から、

 女の声がした。


 黄泉守はちらっと

 後ろを見た。


「ああ。

 お前か。

 観音菩薩様がお呼びと

 伝令があったが。」


「まあ。

 相変わらずですね。

 本当に、素っ気ない。」


「俺はいつも通りだが。」


「ええ。

 そうですね。」


 その女はくすりと笑う。


「相変わらず、

 女性には冷たいお方だわ。」


「……それより、

 要件は何だ。」


 男は早く要件を済ませて、

 屋敷に戻りたかった。


「はいはい。

 こちらへどうぞ。

 菩薩様がお待ちです。」


 女の後を追い、

 黄泉守は白い門をくぐった。


 門の向こうには、

 どこまでも続く

 白い石畳が広がる。


 大きな社がそびえ立ち、

 その屋根も壁も全てが白い。


「懐かしいでしょ?」


「そうでもない。」


 女の声に

 黄泉守は淡々と答えた。


「まあ。そんなこと言って。

 久しぶりの帰郷なのに。」


 そして女はふふっと笑う。


 社の扉に立つ門番が

 黄泉守を見つめる。


「これはこれは、

 黄泉守様。

 お久しぶりでございます。」


「ああ。」


「観音菩薩様がお呼びなの。

 早く開けてやってちょうだい。」


「はっ!」


 門番の男が

 静かに門を開けた。


「観音菩薩様。

 黄泉守を連れて参りました。」


 女が社の中へと声をかける。


 中は外とは打って変わって、

 色に溢れていた。



 赤や黄色、

 青に緑と、

 様々な色の花が咲き乱れている。


 社の中には池があり、

 蓮の花が浮かんでいる。


 久々に見たこの景色。


 あの頃は何も思わなかったが、

 黄泉守はその花々をぼうっと

 眺めていた。


 脳裏に過ぎるのは、

 屋敷の庭で

 花の匂いをかいで

 微笑む透子の姿。


「……。」


「黄泉守?

 どうしたの?」


 女の声に

 黄泉守は視線を前に戻した。


「別に……

 何でもない。」


「ああ。

 来たか、黄泉守よ。」


 社の奥から出てきたのは

 観音菩薩。


 そして隣には

 一人の妙齢の女が立っていた。


「観音菩薩様。

 お変わりないようで。」


 黄泉守は観音菩薩の隣に立つ女に

 視線を移す。


「母上も、お元気そうで。」


「ええ。

 あなたも元気そうね。」


 母はそう言うと、

 黄泉守の顔を静かに見つめた。



「……何ですか?」


「いいえ。

 ただ……」


 母はふっと微笑んだ。


「あなた、

 柔らかい顔をするようになったと

 思ってね。」


「……気のせいだろ。」


 黄泉守はふいっと

 母から視線を逸らした。


 そんな黄泉守の様子に、

 母はくすりと笑った。


「久々の再会で話したいことあるとは

 思いますが。

 今回の件、

 早急に解決せねばなりません。」


 観音菩薩の声に、

 黄泉守たちは表情を固くした。


「いったい、

 何があったのですか?」


 観音菩薩は、

 わずかに眉を寄せた。


「……遊天神が、

 天界に現れました。」


「遊天神が?

 しかしあの神は追放されたのでは?」


「はい。

 ですが、あの神は気にしません。」


 母の顔からも、

 さっきまでの笑みが消える。


「遊天神は

 境守神さかいのもりのかみ様に会いに来たの。」


「父上に?」


 母の言葉に黄泉守はわずかに

 目を開いた。


「何のために。」


 観音菩薩は静かに首を振る。


「目的は分かりませんが。

 自身の子供を探していると

 言っていたようです。」


「あの神に子供が?」


「はい。

 私共も把握していませんでした。」


 観音菩薩は目を伏せる。


「遊天神は、

 境守神様に

 子供の居場所を尋ねたそうです。」


「……父上は?」


「ご存知ありません。」


 黄泉守は眉をひそめた。


「では何故、

 俺は呼ばれたのです。」


「遊天神の子は、

 天邪鬼の血を引いているそうです。」


「天邪鬼……」


「はい。

 天邪鬼はどんな姿にも

 変化できる。」


「それに、

 神の力が備わっているとしたら……」


 観音菩薩は深いため息をついた。


「その子供を野放しにはできません。」


「……分かりました。」


 黄泉守は静かに頷いた。


「その子供を探せば良いのですね。」


「ええ。」


「それで、

 その子の姿は?」


「それが……」


 観音菩薩は言い淀んだ。


「遊天神は

 何も覚えていないと。」


「なにも?

 性別も、容姿も分からないと?」


「あの神らしいわ……」


 母の軽蔑したような声に

 黄泉守は少し驚いた。


「母上?」


「いえ……

 なんでもないわ。」


 母から観音菩薩へと視線を戻す。


「それで、

 どうやって探すのですか?

 手がかりが全くない今の状態では、

 いささか無理がありますが。」


「その子の母は

 すでに黄泉に返っています。」


「分かりました。

 ではまず、

 黄泉に向かい、

 天邪鬼に話を聞きましょう。」


「お願いできますか。」


「はい。

 父上はそれを見越して俺に探せと

 言っているのでしょう。」


 黄泉守は小さく息を吐いた。


(父上は、何でもお見通しのようだ……)




「それでは早速、

 黄泉へ向かいます。」


 黄泉守は一礼すると、

 踵を返した。


 社を抜け、

 天界の白い門を

 くぐろうとした時だった。


「待って。」


 黄泉守は足を止めて、

 振り返った。


「母上。」


 母は黄泉守の元へ

 走り寄った。


「……気をつけて。」


「……母上がそんなことを言うとは。

 俺の心配とは、珍しい。」


 母は眉を寄せた。


「私はあなたの母ですからね。

 いつでもあなたの心配はしているわよ。」


「でも今回は、

 本当に気をつけなさい。」


「あの遊天神という男は、

 何を考えているのか

 分からない男だから。」


 母の不安げな顔を

 久しぶりに見た黄泉守は

 目をわずかに細めた。


「大丈夫ですよ。

 母上は心配しすぎです。」


「世の母親とは

 皆そういうものです。」


 母は黄泉守の手を取った。


「……気をつけて、

 行ってらっしゃい。」


 黄泉守は握られた手を見つめて、

 透子を思い出していた。


「はい。

 行って参ります。」


 ふっと笑うと、

 母もまた小さく微笑んだ。


「あなた、やっぱり変わったわね。」


「そうですか?」


「ええ。

 どうやら、

 現世で良いご縁があったようね。」


「……さあ。」


 黄泉守はそう言うと、

 母の手をそっと離した。


「今度、あなたの屋敷に行こうかしら。」


「やめてください。

 透子が驚きます。」


「透子さんと言うのね。」


 黄泉守は口が滑った自分に

 苛ついた。


「……。

 もう行きます。」


「ええ。

 気をつけて。」


「はい。」


 そして黄泉守は

 天界の門をくぐった。


  五話 忘れられた子 [完]




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