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死神様は生贄の娘を離さない 第二巻  作者: 武村


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四話 優しい手

「誰か!

 誰かいないか!」


 勢いよく玄関を開けたハクは叫んだ。


「ハク様!

 どうされました?」


 ハクの声に驚いて、

 いちが駆けて来る。


 ハクが血まみれの少女を抱きながら、

 廊下を駆ける。


「その人は……!」


「半妖の男にやられたらしい。

 主は?」


 ハクは空いている部屋に

 少女を寝かせた。


「まだ戻られていません。」


「そうか。

 いち、湯を沸かして持ってきてくれ。」


「分かりました!」


 いちは急いで部屋を出て行った。


 騒ぎに気が付いた雪女と透子は

 いちが慌てて出ていく様子を

 廊下の先から見ていた。


「何かあったみたいね……」


「はい……」


 二人は急いで

 その部屋へ向かった。


 二人が部屋に入ると、

 ぶわりと血の匂いが襲う。


 布団の上に寝かされた少女。

 その傍らにハクが険しい表情で

 少女の腹を押さえていた。


「そんな……」


 透子は息を呑んだ。


 青白い顔をした少女の腹から

 真っ赤な血が流れている。


「手伝います!」


 透子が近づこうとしたその時、

 ハクは語気を強めた。


「近づいちゃ駄目だ!」


「奴の残穢が残っている!」


「でも!

 このままでは死んでしまいます!」


 透子は少女から目を逸らさなかった。


 目を閉じて、

 荒い呼吸を繰り返す少女。


 透子は少女の傍らに膝をつくと、

 少女の血だらけの手を

 躊躇なく取った。


「この子はまだ生きています。

 私にできることがあるのなら、

 やらせてください。」


 透子の強い意志に、

 ハクは押し黙った。


 透子は両手で、

 少女の手を優しく包んだ。


 少女の瞼が、

 わずかに震えた。


(……あたたかい手。)


「……大丈夫。

 もう大丈夫だから……」


 透子の優しく呼びかける声に

 少女はほんの少しだけ

 口元を上げた。


「雪女。

 俺の部屋から包帯と手拭いを

 あるだけ持ってきてくれ。」


「わかった。」


 雪女は頷くと、

 足早に部屋を出た。


「ハク様。

 お湯、お持ちしました。」


 いちや他の妖たちが、

 各々お湯の入った桶を部屋に運ぶ。


「ありがとう。

 よし。

 傷を診よう。」


 透子はハクの邪魔にならないように、

 少女から手を離そうとした。


「あっ……」


 しかしそれを拒むように、

 少女が透子の手を掴んだ。


「もしかして、

 意識が戻ったのかも……」


 透子はハクの顔を見た。


「いや……」


 ハクは険しい表情のまま、

 少女を見つめる。


「まだ、戻ってはいないようだ。」


 それでも

 透子を掴んだ手は離さない。


「……不安なのかも。」


 少女の指に、

 そっと力が込められた。


「大丈夫……」


 透子は優しく呟くと、

 その手をそっと握り返した。


「じゃあ、透子さんはそのままで。」


 ハクはそう言うと、

 少女の治療を始めた。


 押さえていた傷口から手をどける。


 血はもうほとんど止まっていた。


「良かった。

 内臓まで傷はいっていない。」


 ハクは少女の傷を静かに見つめる。


(……血溜まりができるほど

 流れていたのに。

 この傷、妙におかしい。)


 しかしハクは、

 すぐに治療へと意識を戻した。


「ハク。

 持ってきたわよ。」


 そこへ雪女が包帯と手拭いを持って

 部屋に戻ってきた。


「ああ。

 ありがとう。

 手拭いをくれるかい。」


 雪女は頷くと、

 ハクに手拭いを数枚渡した。


 ハクは手拭いを受け取ると、

 湯に一度浸し、

 固く絞った。


 傷口を丁寧に拭いていく。


 透子は少女の手を握ったまま、

 その様子を見つめていた。


 少女は一度も

 声を上げない。


 痛みで顔を歪めることもない。


 透子はその傷口を見つめて

 顔を歪めた。


「痛くないのかしら……」


 雪女の声に、

 ほんの一瞬

 ハクは手を止めた。


 少女を見つめるが、

 目を閉じたまま

 ぴくりとも動かない。


(……意識はないのか?)


「もしかしたら、

 痛みで意識が飛んでいるのかもしれない。」


 ハクの声には、

 自分にそう言い聞かせているような

 響きがあった。


 ハクは傷口を拭き終えると、

 針と糸を出した。


「……縫うのですか?」


 透子は不安げに尋ねた。


「ああ。

 少し痛むかもしれない。」


 ぴくりと

 少女の指が動いた気がした透子は、

 優しく握り返した。


「大丈夫。

 すぐ終わりますからね。」


 意識はないのかもしれないが、

 それでも透子は

 声をかけ続けた。


 不思議と、

 透子の声に答えるように、

 少女は透子の手を

 ほんの少し

 握り返した。


 ハクは針に糸を通すと、

 裂けた腹に針を刺した。


 手際良く縫っていくが、

 その間

 やはり少女に変化はなかった。


 ただ静かに目を閉じたまま、

 透子の手を握っていた。


「……終わった。」


 ハクは縫い終わると、

 ふうと深く息をついた。


 透子も、ほっと息を吐いた。


 その瞬間。

 少女はゆっくりと

 目を開いた。


 薄暗い部屋の中で、

 少女の瞳が彷徨う。


 そして───


 透子の手から上へと、

 視線が動く。


 やがてその視線は

 透子の瞳へ

 まっすぐに注がれた。


 (この人が……)


 少女はじっと

 透子を見つめていた。


「良かった。

 目が覚めたのね。」


 透子は安心したように

 微笑んだ。


「おねえちゃん……」


 少女は小さく呟く。


「大丈夫?

 痛いところはない?」


 透子は心配そうに問いかけた。


 少女はしばらく黙ったまま、

 透子を見つめる。


 あんな大きな傷を負っていたのだ。

 痛くないはずがない。

 透子はまた優しく手を握った。


「……大丈夫。」


 少女は小さく答えた。


「無理しなくていいの。

 痛かったら、痛いって

 言っていいのよ。」


 透子の言葉に、

 少女はわずかに眉を下げた。


「……痛いって、

 言ってもいいの?」


「ええ。」


 透子はすぐに頷いた。


「言っていいのよ。」


 透子の声も、

 握る手も、

 優しく

 少女に響く。


「……。」


(この人……優しい。)


「ねえ、君。

 少し聞いてもいいかな。」


 ハクが若干の警戒を残しつつ、

 少女に問いかけた。


「その傷。

 誰にやられたんだい?」


「……怖い人。」


「怖い人?」


「うん……

 男の人……」


「どんな男だった?」


「……わからない。」


 ハクは眉をひそめた。


「君は、

 半妖の男にやられたんじゃないのか?」


 少女はしばらく黙ると、

 首を傾げた。


「私、そんなこと言ったの?」


 ハクは黙り込んだ。


 少女を観察するが、

 嘘を言っているようには

 見えなかった。


 しかし、

 ハクはあの時

 はっきりと耳にした。


「……言ったよ。」


「君は確かに、

 半妖の男にやられたと言った。」


「……そっか。」


「覚えていないのかい?」


「うん。」


 少女は小さく頷いた。


「……そうか。

 分かった。」


 ハクは小さく息を吐く。


「思い出したら

 教えてくれるかい?」


「わかった……」


 少女はハクからまた、

 透子の方へ視線を移した。


「どうしたの?」


 透子が気遣わしげに

 問いかける。


「……。」


 少女は何も答えない。


 ただ、

 じっと見つめたまま、

 手を握り続けていた。


「……まだ、

 握っていてもいい?」


 少女の声に、

 透子は微笑んだ。


「ええ。」


 透子の声に安心したように、

 少女は小さく笑った。


 そんな二人の様子を眺めながら、

 雪女は少女に声をかけた。


「そういえば、

 あなたのお名前は何ていうの?」


「……なまえ?」


「……桔梗。」


 少女は少し間を開けて答えた。


「桔梗ちゃん。

 あなた、どこから来たの?」


「……わからない。

 思い出せないの……」


 雪女の質問に、

 わずかに眉を寄せた少女を、

 ハクはじっと見つめた。


「いろいろあって、

 今はまだ混乱してるのかもね。」


「桔梗さん。

 今夜はゆっくり休むといい。」


「うん。

 ありがとう。」


 そう言うと

 少女はゆっくりと目を閉じた。


 その顔には、

 安心したような微笑みがあった。


 しかし───


 ハクだけは、

 桔梗から視線を外さなかった。


 四話 優しい手 [完]







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