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死神様は生贄の娘を離さない 第二巻  作者: 武村


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三話 招かれざる客


 屋敷に戻った三人は

 客間に入ろうと

 男が襖に手をかけた。


「主。」


 丁度そこへハクも戻ってきた。


「戻ったか。」


「うん。」


 皆で部屋に入り、一息つく。


「ハク。

 そっちはどうだった。」


「異常なし。

 主は?」


「ああ。

 こちらも異常はない。」


 男はそう言うと

 静かに目を伏せた。


 ひらり。


「え?」


 どこから入ってきたのか。


 白い揚羽蝶が

 宙を舞っていた。


「こんな時に伝令か……」


 男が手を伸ばすと、

 蝶はひらひらとその掌に舞い降りた。


「……ん。

 了解したと伝えろ。」


 男がそう言うと、

 蝶は飛び立ち

 煙のように消えていった。


「今のは?」


「上からの伝令蝶だ。」


「伝令?」


 透子は首を傾げた。


「ああ。

 ……俺は今から出なければならん。」


「仕事か。」


 ハクの言葉に男は頷く。


「ハク。

 お前は残れ。」


「分かった。

 留守は任せて。」


 男は頷くと、

 透子に視線を向けた。


「透子。」


「はい。」


「屋敷から出るなよ。」


「はい。

 分かっています。」


 透子は笑って返した。


「大丈夫です。

 ちゃんと屋敷で待っています。」


「私もいるから大丈夫よ。」


 雪女の声に、

 男は頷く。


「ああ。

 頼んだ。」


「では、

 行ってくる。」


 男はそう言うと、

 立ち上がった。


 男が襖に手をかけた時、

 透子も立ち上がった。


「黄泉守様。」


「ん?

 どうかしたか?」


「玄関まで一緒に行っても

 かまいませんか?」


 男は一瞬、

 透子を見つめる。


「……ああ。」


 男は透子に手を差し出した。


 透子は嬉しそうにそれを取る。


「まあ。

 本当に仲がいいこと。」


「主は、

 透子さんが大好きだからね。」


「……うるさい。」



 雪女とハクは

 顔を見合せてくすりと笑った。


「行ってくる……」


「行ってらっしゃい。

 主。」


「ああ。」


 そうして、

 男と透子は客間を後にした。




 二人は手を繋いだまま、

 廊下を進んでいた。


「黄泉守様。」


「なんだ?」


「いつ頃、

 戻られますか?」


 透子の少し寂しそうな声に、

 男はゆっくりと足を止めた。


「……分からん。」


「そう、ですか……」


 透子の声がわずかに沈む。


 男はそっと、

 繋いだ手に力を込めた。


 透子も握り返す。


「お気をつけて……」


「ああ。」


 そうして二人は

 玄関まで歩いていった。


 玄関先で

 男が草履を履く背中を

 透子は静かに見つめていた。


 男は履き終わると、

 透子に向き直った。


「行ってくる。」


「はい。」


 透子の寂しそうな顔に、

 男はわずかに眉を下げた。


「……できるだけ早く戻る。」


「本当ですか?」


「ああ。

 お前を、待たせたくはない。」


 男は透子の頬に手を伸ばし、

 そっと口付けをした。


「行ってくる。

 絶対に外に出るな。」


「はい。

 お気をつけて。」


 ほんのり色付いた頬から、

 男は名残惜しそうに手を離し、

 屋敷を出た。




 結界を抜け、

 屋敷から離れた森の中から、

 一人の少女が

 男の背中をじっと見つめていた。


 だがその視線に、

 男は全く気づかなかった。


 やがて、

 男の姿が見えなくなると、

 少女は屋敷の方へと歩き始めた。



 少女は結界の前で足を止めた。


「……招いてもらわなきゃ。」


 口元だけが上を向く。


 少女の腕が見る間に男の腕へと変わる。

 その爪は鋭く尖っていた。


 そして次の瞬間───


 少女は自らの腹を

 その爪でかっ捌いた。


 少女の腹から

 とめどなく血が溢れ出る。


 しかし少女は一切表情を変えなかった。


 そしてゆっくりと、

 自らその場に横になった。


 腕はいつの間にか

 元の細い腕に変わっていた。


「……はあ。

 早く会いたいな……」


 少女は小さく呟くと、

 目を静かに閉じた。


「黄泉守様。

 まだ戻りませんね……」


「そうね……

 きっともうじき戻るわよ。」


 夜になっても

 まだ戻らない男に、

 透子は寂しく思っていた。


 雪女はそんな透子を励ます。


「俺はもう一度見回りしてくるよ。」


 ハクが立ち上がると

 雪女は小さく頷いた。


「気をつけてね。」


 雪女の言葉に

 ハクも頷く。


「何もないとは思うけどね。

 主の結界は強いから。」


 ハクが部屋を出て、

 透子はしばらく襖の先を見つめていた。


「ハクさん。

 大丈夫でしょうか。」


「ハクなら大丈夫よ。」


 雪女はふっと微笑んだ。


 ハクはまず屋敷の周りを見回った。

 何の異常もない。

 結界の内側に、

 誰かが入った形跡も見られなかった。


「やっぱり、

 主の結界はすごいな。」


 警戒はしつつも、

 いつもと変わらない風景に、

 ハクは油断していた。


 しばらく歩いて、

 結界の境界に近づいてきた。


「ん……?」


 ハクの鼻に

 鉄のような臭いがわずかに掠めた。


 ハクは足を止めて、

 もう一度鼻を鳴らした。


 血の匂いだ。


 ハクは駆け出した。


 血の匂いは

 結界のすぐ外から

 漂っていた。


 ハクは結界の境界へと

 急いだ。


 血の匂いが濃くなっていく。


「……なんだ、これは。」


 ハクは足を止めた。


 結界のすぐ外に

 一人の少女が倒れていた。



 少女の周りには

 血溜まりができている。


「おい!

 どうした?

 誰にやられたんだ?」


 ハクは少女の横に膝をついて

 呼びかけた。


 死んでいるかのように動かなかった少女は、

 ハクの声に反応するかのように

 わずかに呻いた。


「ん……。」


「おい!

 大丈夫か?」


 少女はわずかに目を開けると、

 小さく呟いた。


「たす、けて……」


 ハクは少女の腹に視線を向ける。


 大きく切り裂かれたその傷から、

 残穢を感じ取った。


「これは……!」


 この残穢を知っている。

 あの爪痕の残穢と全く同じだった。


「誰にやられた!」


 ハクは少女に顔を向ける。


「半、妖の、男……」


 そう言うと少女は力尽きたのか、

 ゆっくりと目を閉じた。


 ハクの脳裏に、

 あの木々たちに付いていた爪痕がよぎる。


(やはり、奴か……)


 ハクは急いで少女を抱き上げると、

 屋敷に向かって駆け出した。


 ハクの腕の中で、

 少女の口元がわずかに上がる。


 それにハクは気づかなかった。


 三話 招かれざる客 [完]



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