二話 雪の向こう側
不安は募るものの、
何事もなく一日が過ぎた。
翌朝。
賑やかな朝餉を終えた二人は、
今日も庭を歩いていた。
いつしか朝の散歩が
日課になっている。
穏やかな空気が、
つかの間の平穏を運んでくれる。
「そうだ。
透子さん。」
「はい、なんでしょう?」
「この庭にだけ、
雪を降らせましょうか?」
「え?
そんなことができるのですか?」
透子は目を瞬いた。
「できるわよ。」
雪女はくすりと笑う。
透子は嬉しそうに目を輝かせたが、
はっと何かに気づいた。
「あ、でも待ってください。
今雪が降ったら、
お庭の花たちが驚きませんか?」
不安げに下がる眉に、
雪女はふふっと笑う。
「大丈夫。
私の雪は花たちを傷つけないわ。」
透子はほっとして、
庭に視線を向けた。
ここに今から雪が降ると思うと、
心が浮き足立つ。
「それに、
私の雪なら
透子さんにも見えるでしょ?」
「え?」
透子は少し驚いたように、
声を上げた。
「透子さんは目が見えないって、
黄泉守から聞いたわ。」
「今から降らす雪は
私の妖術だから、
透子さんにも一度見せたかったの。」
そして雪女は
そっと空へ手を差し伸べる。
ふわり。
透子の目に、
白い雪がひとひら映る。
はらり
はらり
雪が舞い落ちる。
その様は
どこまでも幻想的だった。
「これが、雪……」
透子は掌に落ちてくる雪を
見つめる。
溶けては消え、
また降りてくる。
「……綺麗。」
小さな声に、
雪女は目を細めた。
「喜んでくれたようで、
良かったわ。」
「はい!
ありがとうございます。」
男は結界の見回りを終えて、
庭に足を運んだ。
そこには
降りしきる雪の中で、
楽しそうに微笑む透子が見えた。
男は目を細めて、
その光景を眺めた。
太陽の光を浴びて、
雪がキラキラと輝く。
まるで透子が光っているように見えた。
「綺麗だ……」
思わず声がもれた。
その声に透子は反応して、
顔を向ける。
「黄泉守様!」
透子は嬉しさのあまり、
思わず駆け出した。
「わあ!」
砂利に足を取られて転けそうになる。
男は寸前のところで
透子を抱きとめた。
男はほっと息をつく。
「走るな。」
低い声に、
透子はしょんぼりと肩を落とした。
「ごめんなさい。」
「怪我はないか?」
「はい。」
男は透子を立たせると、
肩や頭に付いた雪を
優しく払いのけた。
「雪がとっても綺麗で、
嬉しくなってつい……」
気落ちしている透子の手を、
男はそっと取った。
「ああ。」
未だに降り続く雪の中、
男には透子だけが映る。
「本当に、綺麗だ。」
「黄泉守様もそう思いますか?」
透子の笑顔に、
男もふっと笑う。
「ああ。」
「黄泉守が言ったのは、
雪のことだけじゃないと思うけど。」
雪女はにやりと笑う口元を
袖で隠した。
「それで?
結界はどうだったの?」
「異常はない。」
「そう。」
雪女はちらっと男の後ろを見た。
「ハクは一緒じゃないのね。」
「ああ。
今日は別に見回っている。
じきに戻るだろう。」
「そう……。」
ほんの少しだけ
声が落ちたが、
黄泉守も透子も
気づかなかった。
「ねえ。透子さん。
もっと降らしてあげましょうか?」
「本当ですか?」
透子の声が弾む。
「おい、やめろ。
これ以上寒くするな。」
「透子さんは
こんなに喜んでるのに?」
「風邪でもひいたら
どうする。」
男は真顔だった。
「もう。
心配性ねえ。
私の雪なんだから大丈夫よ。」
「駄目だ。」
男は透子の頬に
そっと触れる。
「冷えている。」
「大丈夫ですよ?」
透子は少し寒いとは思っていたが、
まだ雪を見ていたかった。
「……駄目だ。」
「黄泉守様……」
「風邪を引かれては困る。」
男は透子の手を取って、
屋敷へ戻ろうと歩き出す。
「過保護です。」
むくれる透子に、
男はやれやれと小さく息を吐いた。
「また降らせてもらえばよい。」
「本当ですか?」
「ああ。」
「透子さん。
いつでも降らせてあげるわよ。
なんなら屋敷の中でも。」
くすりと笑う雪女に、
透子もつられて笑った。
「楽しそう。」
「屋敷の中はやめろ。」
「ふふ。
冗談よ。」
男は呆れたが、
透子が嬉しそうなら
それでも良いかと、
ふっと笑った。
透子たちが屋敷へ戻っていく中……
森の奥で、
小さな少女が
雪を見つめていた。
降りしきる雪の中、
楽しそうな三人の背を
見つめる。
少女は黙ったまま。
黄泉守の隣を歩く透子に
視線を注いでいた。
二話 雪の向こう側 [完]




