終章 一話 帰路
社を後にした三人は
山道を抜け、
元来た道を戻っていた。
少し前までの出来事が、
まるで夢だったのではないかと
思ってしまうほど、
辺りは静かだった。
「あの。
黄泉守様?」
「ん?
どうした?」
「もう手は
離してもらっても大丈夫ですよ?」
男の手は
あの社を出た時から
ずっと繋がれたままだった。
「……そうか。」
しかし男は
手を離すどろこか、
わずかにその手を握り返すだけ。
「……?
もう転んだりしませんよ?」
透子は不思議そうに
男を見上げる。
隣から向けられる
純粋な視線に
男は耐えきれず
視線を逸らした。
「お前は目が見えんだろう。
念の為だ……」
「黄泉の中は見えますよ?」
「……念の為だ。」
そんなに心配しなくても
大丈夫なのにと、
透子は思ったが、
心を取り戻して
さらに心配性になったのかもしれないと、
透子はそれ以上何も言わないことにした。
「ふっ……」
後ろでハクが
つい笑いをこぼす。
「……ハク。」
「なんだい? 主。」
男はちらりと
振り返る。
「何がおかしい。」
「いや。
ただ、主がやっと
自分の心に気づいて
良かったなって思っただけだよ。」
「……うるさい。」
ニヤニヤと笑うハクに
男は眉を寄せた。
「でも気づけて良かっただろ?」
「……うるさい。」
男は心をハクに見透かされたようで、
誤魔化すように小さく
悪態をついた。
「ふふっ。」
透子は思わず笑ってしまった。
男は透子を横目で見ながら、
歩みを進める。
「なんだ?」
「いえ。
お二人が楽しそうだったので。」
「そうか?」
「はい。」
男とハクは目を合わせた。
そしてお互いにふっと笑った。
「そうだな。」
透子もつられて
笑っていた。
「それで。
主は手を離さないの?」
「……念のためだ。」
「さっきから
そればっかじゃん。」
「……うるさい。」
「それもさっき聞いたよ。」
ハクは肩を揺らした。
「ハハッ。
主。
良かったね……」
「……お前も、
さっきからそればかりだな。」
「俺も嬉しいんだよ。
俺らにとって、
三百年って短いようで長いだろ。」
「ああ……」
「俺はさ。
ずっと見てきたから。」
ハクは穏やかに微笑んだ。
「嬉しいんだ……」
「……そうか。」
男は照れを隠すように
空を見上げた。
その横顔を
透子は見上げた。
二人が何を話しているのか、
よく分からない。
それでも
二人の嬉しそうな様子に、
透子も小さく微笑んだ。
もうすぐ
彼岸花が生い茂る道へ出る。
そこを抜ければ、
現世へ戻れる。
三人の足取りは軽い。
黄泉の空は
いつも通りの曇天。
それでも。
三人の心持ちは
晴れやかだった。
一話 帰路 [完]




