十一話 罪と罰と
「さて。
対価は払わなきゃね。」
女はふっと笑う。
「約束は守らなければ。
もうあんな小さな蜘蛛には
戻りたくないからね。」
男は頭を押さえたまま、
黄泉蜘蛛を見つめた。
「私を元に戻したのは、
半分妖で、半分人間さ。」
男とハクは顔を見合せた。
「……半妖だと。」
ハクが小さく呟いた。
「ああ。
そうさ。
黄泉守に相当恨みがあるみたいだったよ。」
男は眉を寄せた。
自分に恨みを持つ半妖の仕業……
男は目を閉じた。
「心当たりは?」
ハクが問うも、
男は首を横に振った。
「ない。」
自分を恨む者など、
ごまんと居るだろう。
しかし、
黄泉蜘蛛を元に戻せるほど
妖力の強い半妖など
聞いたことがない。
「誰なんだ。
そいつは。」
「さあ?
知らないね。」
女はわずかに肩をすくめた。
「興味もないし、
名前も聞いてない。」
ハクは眉間に深い皺を寄せた。
「情報が少なすぎる。」
「おや?
約束は守っただろ?」
女は満足げに笑った。
「あの男、
あんたのことよく知っていたよ。
ずっと、見てたって。」
「なんだと……」
「あんたの弱点が、
あの娘だってことも。」
「あんたに復讐するなら。
あの娘を苦しめた方が、
あんたが死ぬより、
もっと苦しいだろうって。」
男は歯を食いしばる。
その表情は険しかった。
黄泉蜘蛛は愉快そうに笑う。
「それだよ。
その顔。
あいつの言う通りだったね。」
女は目を細めた。
「何がだ。」
低い声だった。
「あんたは、
雅って娘に懸想してるから、
娘をつつけば、
あんたは冷静でなくなる。」
男の握る掌から
血が滴る。
「貴様……」
「ああ。
いい気味。」
女は心底嬉しそうに笑った。
「それに、
怒る相手は私じゃなくて。
あの男だろ。」
女は男に近づく。
男の顔を覗き込んで、
ニヤリと笑う。
「私は利用されただけさ。」
ハクはぴくりと眉を動かした。
「利用されただと?」
男を覗き込みながら、
横目でちらりとハクを見た。
「あいつが私に手を貸した理由。」
「……なんだ。」
男が低く呟く。
「簡単さ。
あんたを苦しめたい。
ただそれだけ。」
男は眉間に皺を寄せ
女を睨む。
黄泉蜘蛛は
そんな男の顔を見て
満足そうに笑った。
「アハハッ。
ああ愉快愉快。
私はあんたのその顔が見れて
満足さ。」
「……」
男は黙ったまま、
女を睨み続けた。
「黙れ!」
男の代わりに
ハクが怒鳴る。
「おお、怖い。」
そんなこと
ひとつも思っていないくせに、
女はくすくす笑いながら呟いた。
「言いたいことはそれだけか。」
男の声が低く響いた。
「そうだね。
私の復讐はここで終いにしよう。
じゃなきゃそろそろ殺されそうだ。」
男の瞳を見つめながら
女は肩をすくめた。
「じゃあね、黄泉守。」
女はそう言って
踵を返す。
つもりだった。
「え……?」
女は何故か
ぴくりとも動けなかった。
黄泉蜘蛛の顔から
笑みがすっと消えた。
「おまえ!
何をした!」
激昂する女に、
男はゆっくりと近づく。
「俺はお前と取り引きをした。」
男の声が冷たく、
女を襲う。
「ま、待って……」
女の足に。
女の腕に。
地面から湧く蔦が
絡みついていく。
「だが、
取り引きと、お前の罪は別だ。」
ガタガタと女は
震え上がる。
「お前はまだ、
罪を償ってはいない。」
男の瞳が
ギラリと光る。
「待って!
あいつのこと、
もっと教えるから!」
女は慌てて喚いた。
男は、
女の目の前で足を止めた。
「他に何がある。
お前はそいつの名も知らんのだろう。」
静かに告げる男の声が、
黄泉蜘蛛は恐ろしくてたまらなかった。
このままでは殺される。
そう思った女は
焦る。
「確かに名前は知らない。
だけどあいつは、
まだあんたに手を出しちゃいない。
今回は私を使った。
あんたに直接手を出してないんだよ。
本当の復讐はこれからさ。
あいつはまだ、
姿を現してもいないだろう?」
「そうか……」
男は静かに女を見下ろした。
「そ、そうだ。
もうひとつ取り引きしようじゃないか。」
女の頬に汗が伝う。
「あんたは奴を探したい。
なら私を利用すればいい。
あいつはまた
私に接触してくるかもしれないだろ?」
「……それも一理あるかもしれん。」
「だったら!」
女は少し安堵した。
「だからと言って
お前の罪は消えんがな。」
男の声に
女は絶望する。
「お前との取り引きは終わった。
次はない。
お前を助けたという男も、
お前がこうなるのを
見越して利用したんだろうよ。」
「待って、
お願い。
あんた、死神だろ!
私を殺すのかい!」
「いや。
殺しはしない。
今から行うのは……」
男の瞳がすっと細められた。
「罪に対する罰だ。」
女は目をこれでもかと
見開いた。
「やめて……
やめてくれ!」
女は嫌だ嫌だと首を振る。
蔦は女をじわじわと締め上げる。
ずるり、ずるりと
地面に、
足が沈んでいく。
「お願い!
もうやめて!
もうしないから!
人は食わない。
悪さもしない!
あの子も襲わないから!」
女は必死に叫んだ。
「俺がそれを、
無条件に信じると思うか?」
男の冷めた声が響く。
「許して!
もうしないからさ!」
女は泣きわめく。
逃れようと体を捻るも、
蔦はさらに体にくい込んでいく。
もう膝まで沈んでいた。
「どうすれば許してくれるの!」
「許す?
俺が?」
男は静かに女を見つめた。
「勘違いするな。
これは俺の復讐じゃない。
黄泉の掟を破った罰だ。」
女は懇願するように、
男を見上げる。
「罪は償わねばならぬ。
ようく考えろ。
お前の犯した罪を。」
「やめろ!
やめて……
やめろーーーー!!!!」
女の断末魔の叫びが
森中に響いた。
女は土の中へと
消えていった。
最後に一本の蔦が
しゅるりと土の中へ消える。
男はそこへ
手をかざした。
ぽたり……
掌から一滴の血が落ちる。
地面にそれが吸い込まれた瞬間。
女の沈んだ地面の上が、
赤い円形上に淡く光った。
やがてそれは、
複雑な紋様を描き始めた。
封印の紋様だ。
女の悲鳴はもう聞こえなかった。
光はしだいに弱まり、
森は静寂を取り戻した。
「終わった……」
ハクが小さく呟いた。
「ああ。」
男も短く返した。
「あいつはもう、
黄泉の底か……」
ハクの呟きに男が答える。
「自分の罪を見つめ直し、
悔い改めれば、
出られるかもな。」
黄泉の底。
そこは
罪を犯した妖が
自分の罪を見つめ直す場所。
死んだほうが
まだマシかもしれない。
未だかつて、
黄泉の底から
戻った者など一人もいない。
地獄よりも地獄かもしれない。
「あいつが、
悔い改めることなど、
ないかもしれんがな。」
男はそう言うと、
地面から手を離した。
「主……」
ハクは
黄泉蜘蛛の罰の重さに、
複雑な顔を向けた。
百年蜘蛛のままよりも、
遥かに重い罰だ。
「あいつには
一度機会を与えた。
それをあいつは無下にしたのだ。」
男は立ち上がると、
もう一度地面に視線を落とした。
「……二度目はない。」
男の声から
怒りは感じられなかった。
ただ、冷たく。
裁きを終えた死神の声。
「……戻るぞ。」
男は踵を返した。
ハクは黙って後に続いた。
「雅が待っている……」
男は静かに呟いた。
黄泉蜘蛛の件は片がついた。
しかしまだ終わりではない。
黄泉蜘蛛を操っていた半妖の男。
問題はまだ残っている。
守らなければ。
男は門へと足を運んだ。
雅を守る。
その強い意思を瞳に宿して。
十一話 罪と罰と [完]




