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死神様は生贄の娘を離さない 第二巻  作者: 武村


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六話 試練 その二

「主!」


 ハクはぱっと手を伸ばした。


 そこは屋敷の中だった。


「なんで……」


 さっきまで社の中だったはず。

 咄嗟に伸ばしていた腕を

 ゆっくりと下ろした。   

 

 

 見慣れた屋敷の中に

 誰の気配もない。


 透子も、

 いちも、

 猫又も、

 屋敷に住み着く妖たちのも。


「主。」


 思わずハクは男を呼んでいた。


 ゴトッ。


 物音が部屋の奥からした。


 それは主の部屋の方からだった。


 ハクは走ってそこへ向かう。


「主!」


 襖を開けた。


 しかし、そこに男はいなかった。


 いたのは。


「……俺?」


 部屋の中には、

 若い頃の自分がいた。 

 

 主の机に向かって座る若い頃のハク。

 机の上は、

 本の山だった。


 黄泉についての本。


 魂について。


 縁の糸について。


 机を埋めつくさんと

 書物の山ができていた。


「これは……」


 覚えている。


 三百年も昔のあの頃。

 自分は、

 少しずつ何かが変わっていた主の力になりたかった。


 だから、

 手当たり次第に調べていた。


 若いハクは読んでいた本を

 パタリと閉じた。


「はあ……」


 深いため息だった。


「……分からない。」


 苦しげに呟く。


「主に何が起きている?

 何故、笑わなくなった?」


「何故あんなに、

 寂しそうなんだ?」


 ハクは立ち尽くしていた。


 忘れるはずがない。


 あの頃。


 主は笑わなくなった。


 何かを失ったように。


 それがどうしてなのか

 分からなかった。


 たくさん調べた。

 読み切れないほどの文献を漁った。


 それでも、


 自分は何もできなかった。


 ただ、見守ることしか


 できなかった。


 その時。


「俺は……」


 若いハクがぽつりと呟いた。


「役立たずだ……」


 ハクは息を呑んだ。


 その言葉は、

 ずっと胸に秘めていた

 自分の本音だった。


 ハクは顔を歪めた。


 若いハクは

 ゆっくりとハクを見上げた。


「なあ。

 そう思うだろ?」 

 

 ハクは答えられなかった。


 若いハクはふっと

 自嘲するように笑う。


「主の変化に気づきながら、

 俺は何もできなかった。」


「苦しんでいたのも、

 知っていたのに……」


 若いハクは

 悔しげに拳を握りしめた。


「雅さんのことも。」


「主のことも。」


「救えずに……」


 ハクは俯いた。


「主が、心を失ったことも

 気づけなかった。」


 一つ一つの言葉が、

 ハクを追い詰める。


 反論できない。


 全部。

 自分自身が

 思っていたこと。


 三百年もの間、

 俺は、

 何もしなかった……。


 ずっと考えていた。


 雅と主の真実を知って。


 もっと早く気づいていれば。


 もっと俺に力があれば。


 もっと俺が動いていれば。


 未来は変わっていたのかもしれない。


 雅との縁を切ることなく、

 主は幸せになれたかもしれない。


 動けないハクに、

 若いハクは

 ゆっくりと近づく。


 目の前で足を止めた。


「お前は、

 何をしていた?」


 言葉が突き刺さる。


「お前は……」


「側近失格だ……」


 静かな自身の声が、

 どんな怒鳴り声よりも

 ハクの心をえぐった。 

 

「ああ。

 そうさ……」


 ハクは静かに呟いた。


「俺は、

 主の側近失格だ。」


 ハクは俯いたまま、続けた。


「俺は、

 知っていたのに、

 何もできなかった。」


「分かってたんだ。

 俺じゃ駄目だって……」


 ハクはゆっくり顔を上げた。


 若いハクと目を合わせた。


「だけどね。」


「それは、昔の俺だよ。」


「今は、違う。」

 

 若いハクは顔を歪めた。


「何がどう違う?

 何も変わっちゃいないだろう。」


 若いハクは

 眉に皺を寄せて、

 ハクを睨みつけた。


「お前は主を救えなかった。

 側近のくせに。」


「ああ。

 お前の言う通りだよ。」


 ハクは悲しげな表情を向けた。


 否定はできない。


 若いハクが言うことは、

 全て事実だったからだ。


 それを受け入れたうえで、

 ハクは眉を下げた。


「過去は変えられない。

 でもね……」


「今はまだ終わっちゃいない。」

 

 若いハクはフンッと

 鼻で笑った。


「終わってない?

 何を言っている。」


「終わってないよ。

 主は生きてるし、

 今は透子さんもいる。」


 ハクは目を閉じて、

 主と透子の姿を思い浮かべた。


「過去に戻れるなら、

 やり直したいと思う。

 だけどそんなの無理だ。」


 ハクはフッと笑った。


「だけど、今なら変えられる。

 もう昔の、力及ばす

 後悔する俺じゃない。」


 ハクは苦しげに顔を歪めた若い自分を

 正面から見つめ返した。


「だから俺は、

 もうそんな顔はしない。」


 パキッ……


「後悔は消えない。

 それでも俺は、

 主の側で、

 主の側近でいるよ。」


 パキパキ……


「もう俺は、諦めない。」


 パキンッ!!


 若いハクは目を見開いた。


 辺り一面の壁にひびが入る。

 地面も同じように。


 一気にそれは砕け散った。


 眩い光がハクを覆う。


 ハクは目が眩んで、

 思わず目を閉じた。

 

 

「なあ。」


 ハクは目をわずかに開けた。


 光は弱まるどころか

 強くなっていた。


「だったら、

 後は頼んだよ。」


 顔は見えなかった。

 それでも、

 若いハクは

 今のハクのように

 穏やかな声をしていた。


 あの頃の自分には、

 あの後悔に押しつぶされ、

 誰にも心の内を明かせなかった頃の自分には、

 出せなかった声だった。


 パリン!


 ハクはその音を最後に、

 光の中へと消えていった。

 

 

 六話 試練 その二 [完]


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