二話 初めてのお出掛け
秋風に、庭木が静かに揺れる。
金木犀の甘い香りの中、
男は黙って立ち尽くしている。
「黄泉守様……?」
透子は不安そうに、
男の横顔を見つめた。
男はすぐには答えられなかった。
その金色の瞳が、
わずかに揺れている。
「……今の音、聞こえたか?」
「え?
はい。黄泉守様も?」
男はゆっくりと透子を見た。
その目にはわずかに警戒の色が宿っている。
「……あれは、
呼魂鈴の音だ。」
「ここん、れい?」
聞けなれない言葉に、
透子は聞き返した。
男はわずかに眉を寄せた。
「本来、
現世で頻繁に鳴るものではない。
それに……」
風が強く吹いた。
「人には、聞こえない音だ……」
透子は息を呑んだ。。
透子は、
握った金木犀の枝へ視線を落とした。
「……同じ夢を、
何度も見るんです。」
「夢?」
男の目が細くなる。
「……夢でも、この音を聞きました。」
「どんな夢だ……」
透子は目を閉じて、
その夢について語った。
「……白い糸と、
誰かの泣き声……
それから、
助けを呼ぶ声が聞こえるんです……」
秋風が吹き抜ける。
男はしばらく黙り込んだ。
その沈黙が、
透子の不安を誘う。
「黄泉守様は、
何かご存知なのですか?」
「……」
男はそっと、
金木犀の枝を握る透子の手を、
握った。
「……まだ分からん。
分からんが、
またあの音を聞いたら、
俺に知らせろ。」
「……はい。」
透子は小さく頷いた。
男は透子を安心させるように、
優しく声をかけた。
「そんな顔をするな。」
「え?」
「せっかくの良い香りが、
台無しだ。
……花瓶がいるな。」
男はそう言って、
透子の手を引いた。
「花瓶か……
いちにでも聞くか……」
透子は思わず、
小さく笑った。
胸のざわつきは、小さくなっていた。
「花瓶ですか?」
屋敷に戻った二人は、
いちに花瓶がどこにあるのか尋ねた。
花瓶花瓶と呟きながら、
顎に手をやり考え込むいち。
「酒瓶ならあるんですけどねぇ。」
「……情緒がないな。」
「酒瓶……」
この屋敷、花を飾る習慣はなかった。
「あっ、ハク様!
花瓶知りません?」
廊下を歩くハクを見つけたいちは、
花瓶の在り処を尋ねた。
「……酒瓶ならあるけど。」
「酒はもういい……」
「……酒瓶に金木犀。」
透子の呟きに、
その場にいる全員がそれを想像した。
「なら、買いに行けばいいんじゃない?」
「お買い物ですか!」
ハクの提案にいちは手を叩く。
「お前も行くのか?」
「もちろんです!」
いちの目は輝いていた。
「では、
支度がありますので!
少々お待ちくださいね!
さっ、透子様。
行きますよ!」
男からさっと透子の手を奪うと、
いちは透子を引っ張って行ってしまった。
「おい!
転ぶぞ!
……やれやれ。
あれでは人の子とそう変わらんな。」
男が呆れてそういうと、
ハクはその後ろでふっと笑った。
「そう言う主も、
楽しそうだけど。」
「……気のせいだ。」
ハクは肩をすくめた。
「そういうことにしておくよ。」
男は透子たちの背を見ながら、
この屋敷も随分と賑やかになったものだと、
感慨深く思うのだった。
「さて、俺たちも出掛ける支度をしないと。」
「……お前も行くのか。」
「……あ。
二人きりが良かったかい?」
ハクはからかうような、
ニヤリと笑った。
「そんなことは言ってない……」
男は即答したが、
わずかに視線をそらした。
透子の部屋。
いちが着物を何着も抱えて悩んでいる。
「どれにいたしましょうか。
町へ行くのですから、
可愛いのが良いですよね!」
いちはウキウキしながら、
ああでもないこうでもないと、
着物を透子にあてがう。
「このままでも、構いませんよ?」
透子は遠慮気味にそう言うと、
いちは少し頬を膨らませた。
「透子様、いけませんよ!
主様と透子様の初めてのお出掛け!
これは私、腕によりをかけて、
透子様を着飾らねば!」
「……初めてのお出掛け。」
透子はなんだか照れてしまい、
頬をほんのりと赤らめた。
「決めました!」
いちは一枚の着物を高々と掲げた。
「今日はこれにいたしましょう!
淡い桜色に、金木犀の模様が入っています。
どうでしょうか。」
「あの、私には、
可愛すぎませんか……?」
「可愛いから良いのです!
さっ、早く着替えて、
次はお化粧ですよ!」
いちは満面の笑みをうかべながら、
着替えを手伝った。
「お、お化粧もですか?」
透子は目を丸くした。
「当然です!」
いちは胸を張る。
「めいいっぱいおめかしして、
主様を驚かせましょう!」
「驚かせるなんて……」
透子は戸惑ったように呟く。
けれど、少し、
胸が高鳴るのを感じていた。
「ふふふっ。」
いちは何かを企むように笑っていた。
「できました!」
いちは満足そうに声を上げた。
透子は着物の袖に触れた。
指先に小さな刺繍の凸凹が伝わる。
「これが、金木犀ですか?」
「はい!
裾にも刺繍があって、
とってもお似合いですよ!」
「そうだと、良いのですが。
……これは?」
次に、頭にそっと触れてみた。
「それは、金木犀の髪飾りです!」
小さな花弁の形が、
指先に伝わった。
「支度は済んだかい?」
襖が少し開いた。
「おや……」
ハクは部屋の中を見て、
思わず目を瞬いた。
「これは……
主が大変だ。」
ハクの声には楽しさが滲んでいた。
「主の反応が楽しみだね。」
「さぁ、透子様。
主様を驚かせに行きますよ!」
「あ!
待ってください、いちさん!」
いちは透子の手をとって、
主の部屋へと急いだ。
ハクは目を細めながら、
その後を静かについていった。
「主様ー!
準備できましたよー!」
いちは勢い良く襖を開けた。
男は何かの書類を見ていたが、
いちの声に顔を上げた。
「だから、もっと静かに開けろと……」
男は、言葉を失った。
目の前の透子の姿から
目が逸らせない。
「……」
沈黙が、透子には耐えられなかった。
「……あの。
……変、でしょうか……」
「違う。」
男は即答した。
そして、慌て始める。
どう言葉にすれば良いのか、
男には分からなかった。
ハクは耐えきれず肩を震わす。
いちは期待に満ちた目で主を見ている。
目が、もっと褒めろと言っている気がした。
「主様?」
追い詰められた男は、
観念した。
「あぁ、その、なんだ……
よく、似合っている……」
「それだけですか?
もっとあるでしょう!?
ほら、もっと褒めてください!」
「あの、そんなに褒めていただかなくても……
恥ずかしいです……」
恥じらう透子に、
男は目を逸らして、
口を手で覆った。
ハクは耐えきれず吹き出した。
「でも……
ありがとうございます……」
透子は恥ずかしそうに微笑んだ。
その笑顔に、
男はまた言葉を失った。
自然と透子の笑顔に目を奪われる。
「主、口が開いてる。」
男はとっさに口を閉じ、
誤魔化すように喉を鳴らした。
「ンンッ。
そ、そろそろ出掛けるか……」
「はい。
あっ、でも、町までどうやって行くのですか?」
透子は首を傾げた。
ここが山奥にある屋敷だということは知っているが、
町までの道筋は知らなかった。
男はハクと顔を見合せた。
「歩く。」
「えっ?
歩くのですか?」
男は平然と言ってのけた。
「半日ほどな。」
「半日!」
透子の声が裏返った。
ハクは吹き出した。
「主。
さすがに冗談が下手すぎる。」
「顔が真面目すぎるんですよ。」
いちが呆れたように言った。
「……そうか?」
男は本気で不思議そうな顔をする。
ハクは堪らず肩を震わせた。
その様子に透子は胸を撫で下ろした。
「おどかさないでください……」
「すまん……」
少しムッとした透子に、
男は素直に謝った。
その時。
ゴロ……ゴロ……
どこからか、
重い車輪の音がした。
「……なにか、音が。」
ゴロ、ゴロ……
音は徐々にこちらへ近づいてくる。
「来たな。」
男がそう呟くと、
音が止んだ。
「庭に出るぞ。」
男は透子の手を握ると、
不思議そうにこちらを見る透子に、
ほんの少しだけ口角を上げた。
庭へ出ると、
ひんやりとした風が頬を撫でた。
透子は思わず足を止めた。
「あれは……」
軋む車輪。
鼻をくすぐる古い木の匂い。
「黄泉守様……
あれはいったい……」
透子は目を瞬かせた。
人の姿は見えない透子の目に、
それははっきりと映っている。
先ほどまで何もなかった場所に現れた、
巨大な車。
それが人ならざる存在……
妖なのだと、透子は理解した。
「驚いたか?
あれは、朧車だ。」
男の声には、
わずかに笑いが混じっていた。
「おー!
そなたが主殿の好い人か。」
大きな牛車の前面に浮かぶ老人の顔が、
ニタリと笑った。
透子は驚きつつも、
ぺこりと頭を下げた。
「は、はじめまして。
透子と申します。」
「誰が好い人だ……」
一方、男は即座に否定していた。
「いいひとってどういう意味ですか?」
透子はきょとんとしていた。
「……」
男は説明に窮した。
「ぶっ……!」
「がはははっ!」
ハクは吹き出し、
いちは両手で顔を隠して震えている。
朧車は声を出して笑っていた。
ハクは吹き出し、
いちは両手で口を押さえながら肩を震わせた。
「だ、駄目ですよ……
今笑っては……
しつ、失礼です……!」
「がはははっ!」
朧車は豪快に笑っている。
車体まで揺れているように見える。
「なんじゃ、
まだ伝えておらんのか。
主殿も、なかなか堅物よのう。」
「……うるさい。」
男は眉間を押さえた。
「私。
何かおかしなことを言ってしまいましたか?」
どうして皆が笑っているのか、
よく分かっていない透子は、
首を傾げた。
「いや、透子さんは何も悪くないよ。」
ハクは慌てて手を横に振った。
「そうです!
悪いのは主様です!」
「お前たち……」
男の声が低くなった。
あっ、まずい。
ハクといちは同時にそう思った。
どうやら、少しからかいすぎたらしい。
「まぁまぁ。
そんな顔するなって。」
ハクは苦笑しながら男の肩を叩いた。
「さっ、早く町へ行こうじゃないか。」
そういうと、そそくさと牛車の中へ入っていった。
いちも怒られる前にと、ハクの後に続いた。
「どうして皆さん、
そんなに急いでいるのでしょう?」
「……気にするな。」
そう誤魔化した男は、
透子を牛車の中へ入るように促した。
恐る恐る中に入った透子の後ろから、男も続く。
牛車の中は思っていたよりも広かった。
床には柔らかな敷物が敷かれ、
お香の匂いがほのかに漂っている。
「わぁ……」
透子は感嘆の声を小さく上げた。
「すごい……」
外からは大きな車にしか見えなかったのに、
中は小さな部屋のようだ。
「揺れるから気をつけろ。」
そう言って、
男は透子の隣へ腰を下ろした。
「皆座ったか?
さぁ、町までひとっ走りじゃ!」
外から朧車の声がした。
その直後。
ゴロ……
車輪がゆっくりと動き出した。
しかし驚くほど、ほとんど揺れない。
「動いた……?」
「こいつは、朧車の中でも一番飛ぶのが上手い。」
男の言葉に、
朧車って一人じゃないのねと思いながら、
ある言葉が引っかかった。
「今、飛ぶとおっしゃいましたか?」
透子がそう尋ねた瞬間、
体が一瞬浮くような、変な感覚を覚えた。
「ああ。
今飛んだな。」
なんでもないように言う男を見ながら、
透子は表情を強張らせた。
いちは窓にかかる御簾をあげて、
外を眺めてはしゃいでいる。
「高い!高い!
朧車さーん!
速度上げちゃってくださーい!」
いちの声に顔を青くする透子。
それを見て、男は透子の手を握った。
「どうした?
怖いのか?」
「あ、あの。
私、空を飛ぶのは初めてで……
落ちたらどうしましょう……」
透子の潤んだ瞳に、
男はとっさに視線をそらした。
「おい、朧よ。
速度は上げなくていい。
ゆっくり飛んでくれ……」
「はいよー。」
「透子、大丈夫だ。
落ちはしない。」
男は握る手にわずかに力を込める。
透子は少し安心して、
それでもやっぱり怖くて、
ぎゅっと手を強く握り返した。
「ほら、今は雲の上にいる。」
「見えないけど……
見るのが怖いです……」
「……そうか。
俺は、この景色が嫌いじゃないんだがな。」
少し残念そうに言った男に、
透子はぴくりと反応した。
「黄泉守様は、お好きなのですか?
「……ああ。」
「……では、見てみます。」
怖々と窓の外へ顔を出して見た。
そんな様子を見かねた男は、
そっと透子の肩を抱き寄せた。
「こうすれば、落ちる心配はないだろう。」
「はい……」
ああ、胸がどきどきする。
それが男のせいなのか、
それとも空を飛んでいるせいなのか。
今の透子には分からない。
スーッと深く息を吸い込んでみた。
「空気が、
とても澄んでいるような気がします。」
男は透子の視線の先を見る。
「今日はよく見える。」
「何が見えますか?」
「雲が、ゆっくり流れている。
……その下には山々が連なって見えるな。」
「黄泉守様は、この景色が好きなのですね。」
透子はまたひとつ男を知れた気がして、
微笑んだ。
「朝日を浴びた雲が、
まるで銀色の海のようだ……」
「……美しいですね。」
そんな二人の様子を
ハクといちは微笑ましく見守っていた。
「高度を下げるぞー!
掴まってろよー!」
朧車はそう言うと、
牛車は徐々に高度を下げていった。
「もうじき、町だ。
透子、何か欲しいものはないのか?」
「え?
花瓶を買いに来たのではないのですか?」
「そうだが……
それだけではつまらんだろう。」
男は何気ない口調で言った。
透子はしばし考え込んだ。
「欲しい物……
特には……」
その言葉に、
男は少し眉を寄せる。
「ひとつもないのか?」
「はい。
皆さんと、町へ出掛けられるだけで、
十分楽しいですから。」
透子は困ったように笑った。
「主。
質問が悪いよ。」
「……そうか?」
ハクはやれやれと、
呆れたように肩をすくめた。
男はしばらく思案した後、
透子に向き直った。
「透子、食べたいものはないか?」
「食べたいものですか?
……でしたら、
甘いものが食べたいです。」
「そうか。
では花瓶の前に、茶屋に行こう。」
「そろそろ着くぞー!」
朧車が皆に声をかける。
牛車はさらに高度を下げ、
町近くの森へと降り立った。
ゴトリ、と小さな音を立てて
車輪が地面に触れる。
「着いたぞー。」
朧車の声と共に、
牛車の扉が開いた。
「着きましたね!」
いちは待ちきれないといった様子で、
飛び出した。
「おい。
走るな。転ぶぞ。」
男が呆れたように言う。
「はしゃいでるねぇ。」
ハクは楽しげに呟きながら降りた。
透子は男に手を引かれながら、
ゆっくりと外へ出る。
森の空気はひんやりとしている。
遠くの方から人々の話し声が聞こえてくる。
なんだか甘い匂いもする。
「……賑やかですね。」
透子は耳をすませた。
風に乗って、
町の賑わいがこちらにまで届いてくる。
「ここから少し歩くが、
大丈夫か?」
「はい。」
男は透子の返事を聞くと、
自然に繋いだ手を握り直した。
「行くぞ。」
「はい。」
透子は浮き足立っていた。
森を抜けた先には、
賑やかな町が広がっていた。
人々の笑い声。
商人の客を呼び込む声。
沢山の下駄や草履が土を蹴る音。
団子が焼ける香ばしい匂い。
ガヤガヤと、騒がしいけど、
楽しそうな音で溢れかえっていた。
「わぁ……」
透子は思わず声を漏らした。
こんなに沢山の人の気配を感じるのは久しぶりだった。
「気に入ったか?」
男の問に、透子は目を輝かせながら頷いた。
「はい!
皆さん、とても楽しそうです。」
その言葉を聞いた男は、
町を行き交う人々へ目を向けた。
自分には見慣れた景色。
しかし、
透子の嬉しそうな姿を見て、
今日の町並みは違って見えた。
シャラン……
遠くで、ほんの一瞬だった。
鈴の音がした気がした。
透子の笑みが、わずかに固まった。
しかし次の瞬間には、
人々の声と雑踏にかき消されていた。
気のせい……ね。
透子は小さく首を振った。
「私、屋敷のみんなにお土産買ってきます!」
バッと走り出すいちを、
ハクが小走りで追いかける。
「いちー!
金は誰が払うんだーい!」
ハクは走りながら、
こちらをちらっと振り返った。
「主〜。
透子さんのこと頼んだよー。」
そうして二人は雑踏の中へ消えていった。
「……いちははしゃぎ過ぎだ。」
「いちさん、楽しそうですね。」
透子はクスクスと小さく笑った。
その笑い声に、
男はふと透子を見た。
人の声と雑踏の中で、
彼女の笑顔だけが静かに浮かんで見えた。
「ここが、お団子屋さんですか?」
透子は男に手を引かれ、
とある甘味処へ来ていた。
「団子だけじゃない。
いろいろあるぞ。」
「あら?
お客さん、女の人と一緒なんて珍しいねぇ。」
この店の女将が、声をかけてきた。
女将は興味深そうに二人を見比べた。
「それで?
今日もいつものかい?」
「……ああ。
それと、いくつか甘いものを。」
「じゃあ、おすすめを二、三出そうかね。」
透子は男の隣で、
そっと周囲の気配を感じ取っていた。
店内は客で賑わっている。
木の香り、焼けた団子の匂い、湯気の音。
どれも初めてで、透子の胸は少し高鳴った。
男は椅子を引いて、透子を座らせた。
「ありがとうございます。」
「礼などいらん。」
そうして男は透子の向かいに座った。
やがて、頼んだ品が運ばれてきた。
「はい、どうぞ。
お茶、熱いから気をつけなね。」
女将が次々に皿を並べていく。
「ありがとうございます。」
透子は軽く頭を下げた。
男はその様子を茶をすすりながら眺めていた。
「それにしても、
こんな綺麗なお嬢さんを連れて来るなんて。
なんだい?あんた、結婚でもするのかい?」
「ブッ……」
男は危うく、
飲んでいた茶を吹き出すところだった。
「け、結婚……?」
透子はその言葉を、まだうまく掴めていなかった。
「……ゴホッ、違う!」
男は咳き込みながら即座に否定した。
男の慌てる様子に、女将は何となく察した。
「ふーん。そうかい。
まっ、頑張んな!」
バシッと男の背中を叩いて、
女将は店の奥へと戻っていった。
男は背中をさすりながら、
小さくため息をついた。
「……女将め。
からかいおって……」
「黄泉守様?」
透子は首を傾げつつ、男の様子を伺った。
「いや、何でもない……
それより、何から食いたい?
いろいろあるぞ。
みたらし団子に、餡子の乗った団子、羊羹。栗きんとんもあるぞ。」
「そんなに?
では、みたらし団子からいただきますね。」
男は団子を一本取ると、
透子の手をとってそっと握らせた。
一口齧る。
甘さが口いっぱいに広がった。
「美味しいです。」
「そうか。良かった……」
男も団子を口に入れた。
「美味いな……」
不思議だった。
いつもの味のはずなのに、
今日の団子は何故か、
いつもより美味く感じた。
「また来なー!」
「ご馳走様でした。」
女将に手を振って、
二人は町を歩きだした。
「どれも美味しかったですね。」
「ああ。あの店は気に入っている。」
男の片手には、
甘味処で買った土産が握られている。
「お土産、何にされたんですか?」
「栗きんとんだ。」
「栗きんとん、とっても美味しかったですもんね。
皆さんもきっと喜びますよ。」
「そうだな。」
透子の反応が一番良かったから選んだ
とは言わなかった。
「花瓶はどこで買いますか?」
「そうだな……
骨董屋にでも行くか。」
男は静かに答えた。
「骨董屋……どんなところですか?」
「古い物を扱う店だ。
少し変わった物もある。」
「変わった物?」
透子は不思議そうに首を傾げた。
「ああ。
古い茶碗や掛け軸。
中には妖が好む品もある。」
「妖の……」
透子は少しだけ胸を踊らせた。
町へ来てから初めて見るものばかりだ。
骨董屋。
そこにはいったい
どんな物があるのだろうか。
二話 初めてのお出掛け [完]




