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死神様は生贄の娘を離さない 第二巻  作者: 武村


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第四章 一話 不安と覚悟

 

 

 蔵から出た二人は

 まず、事の次第を

 黄泉守へ伝えるべく、

 男の部屋へ向かっていた。


「黄泉守様、

 なんと言うでしょうか……」


 前を歩くハクの背中に

 話しかける。


「……正直、分からない。

 でも、透子さんはもう決めてるんだろ。

 行くって……」


「はい……」


 透子は強く頷く。


「なら、

 俺もついて行くよ。

 主がなんと言おうとね。」


 ハクは振り返って、

 透子に穏やかな顔を向けた。


「ハクさん……

 ありがとうございます。」


 透子も微笑み返した。


「いや。

 礼にはよばないさ。

 それに。」


 ハクは軽く肩をすくめた。


「主のことだから、

 反対するより先に、

 自分も行くって言いそうだけどね。」


「確かに、そうですね。」


 透子は苦笑した。


「まぁ、

 そこが主の良いところ

 なんだけどねぇ。」


 ハクも同じように笑った。

 

 笑いながらも、

 透子の胸の底には

 拭いきれない不安があった。


 これから話すことを、

 黄泉守は何も知らない。


 雅とのことも。


 失った心のことも。


 三百年も昔に

 自分が何を失ったのかも。


 何も知らない。


 透子はそっと

 鈴を握った。


「信じて、もらえるでしょうか……」


 不安が滲む声に、

 ハクは足を止めた。


「大丈夫さ。」


 ハクの声に

 迷いはなかった。


「君が思ってる以上に、

 主は君を信頼してる。

 だから、大丈夫。」


 ハクの言葉に、

 透子は胸が少し

 軽くなるのを感じた。


 二人は再び歩き出した。


 そして、


 見慣れた部屋の前で

 立ち止まる。



「黄泉守様。

 入ってもよろしいですか?」


「透子か。

 入れ。」


 透子は、

 意を決して戸を開いた。

 

 

 戸を開けると、

 男は机に向かって

 本を読んでいた。


 金色の瞳が

 ゆっくりと二人に向けられる。


「……何かあったのか。」


 二人のただならぬ様子に

 男はわずかに眉を寄せた。


 男は読んでいた本を

 ぱたりと閉じて、

 机の端に寄せた。


 ハクと透子は顔を見合せた。


 やはり、

 この男に隠し事はできないな


 と、ハクが一歩前に出た。


「主。

 話がある。」


「……話とは。」


「かなり重要で、

 主に関わる話なんだ。」


 部屋の空気が張り詰めた。


 男はしばらくハクを見つめていたが、

 ふうと小さく息を吐いた。


「座れ。」


 透子はこくりと頷いて、

 ハクの隣へ座った。


 これから話すことは

 黄泉守自身も知らない真実。


 果たして

 黄泉守はどんな反応を示すのか。


 不安は尽きない。

 しかし、透子はもう覚悟を決めていた。

 

「それで……」


 金色の瞳が

 二人を静かに見据えていた。


「何があった。」


 透子は無意識に

 鈴を胸元へ寄せた。


 手の中で

 鈴がわずかに熱を持つ。


 まるで

 透子の背中を押すように。


 透子は小さく息を吐いた。

 そして小さく吸う。


「黄泉守様。」


 男は黙っていた。


「私は、

 昨日、

 夢を見ました。

 いつもとは違う夢を。」


「夢……」


「はい。

 ……夢の中で、

 雅さんとお話をしました。」


「……」


 男は何も言わない。

 しかし、

 金色の瞳がわずかに揺れた。


「雅さんから、

 呼魂鈴についても

 教えていただきました。」


「……その雅というのは、

 黄泉に迷い込んだあの娘か。」


「……はい。」


 ああ。

 やっぱり。

 忘れてしまっているのね。


 透子は胸が痛んだ。

 

「そうか。」


 その言葉の中には

 何もなかった。


 懐かしむ様子も。


 驚く様子も。


 何も。


 三百年前に、

雅が黄泉に迷い込んだ事実は覚えていても。

 その先は何もない。


 透子は膝の上に置いていた拳を

 ぎゅっと握りこんだ。


 雅が知ったらきっと悲しむ。

 だけどそれは

 黄泉守のせいではない。

 それだけに、やり切れない。


「それで?」


 透子は意を決して

 続きを口にした。


「雅さんは、

 黄泉守様を救って欲しいと

 言っていました。」


「俺を?」


 男の瞳が揺れる。

 わけが分からないといった様子だった。


「はい。」


 透子はそこで

 小さく息を吐く。


「黄泉守様は昔……

 大切な人を守るために、

 縁の糸を断ち切ったそうです。」


「縁の糸……」


 男は小さく呟く。

 知っているような、

 そんな気はするのに、

 思い出せない。


「その時に、

 雅さんとの記憶だけでなく……」


「誰かを愛する心そのものを、

 失ってしまったそうなのです。」

 

 

 部屋が静まり返った。


 男はしばらく考え込む。

 そして一言呟いた。


「……妙な話だ。」


 透子は男から目をそらさなかった。


 男は静かに目を閉じた。


「縁の糸は

 確かに存在する。

 だが。」


 男はふうと息を吐いた。


「俺にはそんな記憶はない。」


「はい……」


 透子は小さく頷く。


 分かっていた。


 この人は忘れてしまっている。


 男は眉間に皺を寄せた。

 何かを思い出そうとしているように見えた。


「雅という娘のことも、

 よく覚えていない。

 だが、

 その名を聞くと……」


 男は自身の胸を押さえた。


「ここが、さわぐのだ……」


 透子は胸が熱くなった。


 完全に消えてはいなかった。


 記憶がなくとも、

 愛する心を失っても、

 雅への想いは

 完全には消えなかったのだ。


 失われた心は

 黄泉守のもとへ帰りたがっている。

 

「主。」


 ハクが沈黙を破った。


 男はハクを見つめた。


「俺たちは、

 その失った心を探しに行こうと思っている。」


 男の眉がわずかに動いた。


 ハクは手に持っていた

 古い木箱を静かに机の上に置いた。


「呼魂鈴が鳴り、

 透子さんが夢を見て、

 そして、

 雅さんが手紙を残していた。

 これはもう偶然じゃない。」


 男は黙って木箱を見つめていた。


「黄泉の奥に、

 縁の糸に関わる何かがあると、

 聞いたことがあるんだ。」


「そこで主が

 糸を断ったんじゃないかと

 俺は思う。」


 男は目を伏せた。


 腕を組んで、

 しばらく考え込む。


「危険だ。」

 

 それは

 反対していると言うよりも

 心配しているような響きがあった。


「黄泉の奥は

 妖すら寄りつかん。

 無事に帰れる保証もない。」


 透子の覚悟は

 それでもゆらがなかった。


「わかっています。

 それでも、

 いきたいのです。」


 男は黙ったまま、

 透子を見つめる。


「私は見ました。

 今も、あなたの心は

 独りで泣いている。」


 透子は続けた。


「助けてって、

 呼んでるんです。

 三百年間、ずっと。」


 男の瞳がわずかに揺れる。

 

「放ってはおけません。」


 透子の真剣な目が

 男を見据える。


「……そうか。」


 男は目を閉じた。


 三百年か……


 何も思い出せない。


 それなのに

 胸の奥のざわつきは

 消えない。


 ひどく苦しい。


 男はどこか諦めたように

 ひとつ息を吐いた。


「俺が止めたところで、

 お前は行くのだろう。」


「はい。」


 透子は強く頷く。


「お前は、

 頑固なやつだな。」


 困ったように

 男は目を細めた。


 男は立ち上がった。


「俺も行こう。」


 透子は目を瞬いた。

 そして、嬉しそうに頬を緩めた。


「お前を一人で行かせるわけがないだろう。」


 黄泉守らしい一言に、

 ハクは苦笑していた。

 

「ほらね。

 言った通りだ。」


「ふふっ。

 そうですね。

 ハクさんの言った通りです。」


 透子はたまらず

 小さく笑った。


「何の話だ。」


 男はわずかに眉を寄せた。


「主は、反対するより先に

 自分も行くって言うだろうなって。」


 男は怪訝そうに二人を見ていた。


「さすがは我が主。

 一生ついて行くよ。」


 ハクはそう言うと、

 男と肩を組んだ。


「意味が分からん。」


 男は不機嫌そうに言うも、

 組まれた肩はそのままだった。


 そんなやり取りに、

 その場の空気が少しだけ和らいだ。

 

「さて。」


 ハクがぱんと手を叩いた。


「行くと決めたからには、

 準備をしないとね。」


「ああ。」


 先ほどまでの和やかな雰囲気が、

 今はまた張り詰めている。


「黄泉の奥へ行くなら、

 それなりの備えが必要だ。」


 真剣な男の表情に、

 透子も身を引き締めた。


「出発は明日だ。」


「はい。」


 透子は頷くと、

 鈴を強く握った。


 シャラン……


 待ちきれないのか、

 鈴が小さく鳴った。


 その音に、

 三人は顔を見合せた。

 

 シャラン……


 男は静かに鈴を見つめた。


 男が何を思っているのか、

 透子には分からない。


 しかし、


 確かに何かが動き始めているのを感じていた。


 三百年前の真実。


 失われた心。


 そして

 雅の願い。


 黄泉の奥に

 その答えがある。


───待っていて。


 必ず迎えに行くから。


 もう独りにはさせない。


 透子は心の中で

 そっと呟いた。

 

 一話 不安と覚悟 [完]

 


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