四話 雅の手紙
指先がわずかに震える。
慎重に手紙を取り出した。
封は開いていた。
いつか誰かが開くのを
待っていたかのように。
透子はそっと中を開けた。
そして
手紙を開く。
透子はそっと息を吐いた。
「ハクさん。
読んでいただけますか。」
「ああ。」
ハクは透子から手紙を受け取ると、
一度目を閉じてから
その手紙を読み始めた。
ハクは
文字を追って目を動かす。
蔵の中は静まり返っている。
しばらくして、
ハクは顔を上げた。
「透子さん。」
「はい。」
ハクはもう一度最初から
手紙を読むと、
手紙から目を離さないまま、
静かに言った。
「これは……遺言だよ。」
透子は体が一気に
冷たくなるのを感じた。
「遺言……そんな。」
「これはただの記録じゃない。
雅さんが、
未来を見据えて、書いたものだ……」
ハクの声は硬かった。
透子はしばらく言葉が出なかった。
指先が冷たい。
「そんな。
未来を見据えて遺言を残していたなんて……」
ハクは小さく頷く。
「でなければ、
こんな手紙残さない。」
ハクは再び手紙に視線を戻した。
「雅さんは
全て分かっていたんだよ。」
「何を……」
「……主が失った心を、
誰かが取り戻そうとすることを。」
透子の心臓が
どくりと強く跳ね上がった。
握りしめていた鈴が、
かすかに熱を帯びた気がした。
透子は言葉に詰まった。
ハクは手紙を見つめたまま、
そっと息を吐いた。
「そうとしか、考えられない。」
透子は無意識に鈴を握りしめた。
シャラン……
透子ははっとして、
手の中を見つめた。
そっと手を開くと、
鈴が確かに震えていた。
ハクは鈴に目を向けた。
手紙をそっと机の上に置く。
「この鈴は
ただの遺品じゃない。」
いまだに鈴は小さく震えている。
「雅さんは分かっていたんだろうね。
だからこの鈴を残した。
これは
“呼ぶためのもの”だ。」
透子の胸が跳ねた。
「呼ぶって……
何故……?」
蔵の空気が
さらに重くなった気がした。
「主が失ったのは記憶じゃない。
……心そのものだよ。
記憶を思い出させるだけじゃ
意味が無い。」
ハクは続ける。
「だから、
誰かに“呼ばせる“必要があった。」
「呼ばせる……」
まだその意味が
よく理解できない透子は
眉をわずかに寄せた。
ハクはもう一度手紙を手にすると、
透子を見つめた。
「続きを読もう。」
ハクは手紙を持ち上げた。
これを読んでいるあなたへ
この手紙を読んでいるあなたに
お願いがあります。
どうか
あの人を
救ってあげてください。
私にはもうできないの。
この手紙は
私の記録であり、
願いでもあります。
この手紙を読むあなた。
どうか、あの人を助けてあげて。
あの人は
とても優しい人でした。
不器用だけど、
誰よりも優しく、
誰かを深く想える人でした。
だけど、
その優しさが
自分を削ってしまったの。
私はあの人に救われました。
あの人に出会わなければ、
今の私はいません。
だけど、
それは間違いだったのかもしれないと
今は思うのです。
「縁の糸」
というものがあります。
それは人と人とを繋ぐものです。
でもそれだけじゃない。
この糸は
心そのもの。
想い。
記憶。
そして
愛する心。
誰かを愛おしいと思う感情。
それら全てが
その糸に宿っているのです。
あの人は
それを知らずに、
断ち切ってしまいました。
私を救うために。
私を守るために。
そして
私との縁を断った。
だけど、代償が大きすぎた。
あの人は
私との記憶だけでなく、
誰かを思う心そのものを
失ってしまったのです。
その心を失っても
あの人は優しいままです。
ですが、
その先に想いは生まれません。
私がそれに気づいた時、
もうあの人と会うことが
できなくなっていました。
もう縁がなくなってしまったからです。
私は恐ろしくなりました。
切り離された心は
消えることはありません。
まだあそこにいるの。
誰かが呼んでくれなければ、
ずっと泣き続けることになる。
だから私は鈴に願いを込めました。
いつか
私の血を引く者が現れた時。
その人が
あの人の失われた心に
触れられるように。
呼魂鈴は道標です。
鈴の音は縁の糸を呼ぶ。
糸を辿ってください。
そうすれば
きっと心の在り処へ繋がります。
この手紙を読んでいるのなら、
分かるでしょう。
あなたはもう
選ばれている。
どうか。
どうか、あの人を救って。
あの人の孤独を
終わらせてあげて。
そして、
できることなら。
私のことも
覚えていてくれたら、
嬉しいです。
雅
四話 雅の手紙 [完]




