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死神様は生贄の娘を離さない 第二巻  作者: 武村


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11/27

七話 夢

その夜のこと。


 透子は再び夢を見た。


 灰色の世界。


 彼岸花が生い茂る地面。


 シャラン……


 シャラン……


 遠くから聞こえる鈴の音。


「……あれ?」


 いつもなら、

 この後に誰かの泣き声と、

 助けを呼ぶ声がするはず……


 だが、今回は違っていた。


 透子はこれが夢の中だと気づいた。



 シャラン……


 白い糸が見えた。


 透子は一歩踏み出してみた。


「動ける……」


 驚きつつも、

 透子はその白い糸をたどることにした。


 透子は糸をたぐってみた。


 シャラン……


 胸元の鈴が鳴った。


 呼ばれている……


 そう感じた透子は

 思わず駆け出した。


 足元で彼岸花が揺れる。


「はぁ……はぁ……」


 息を切らしながら走った。


 シャラン……


 シャラン……


 次第に音が近くなる。 

 

 

 もうすぐそこだ。


 透子は足を止めた。


「あなたは……」


 透子の目の前に

 一人の少女が現れた。


 長い黒髪。


 白と赤の巫女服。


 袖には小さな鈴が揺れている。


 白い糸が

 その少女から伸びていた。


「……雅さん?」


 少女は目を細めて

 微笑んでいる。


「やっと来てくれた……」


 優しげな声。


 妙な懐かしさを感じた。


「私を……

 呼んでいたのは、あなたですか?」


 雅は静かに頷く。


「ええ。」


 風が彼岸花を揺らした。

 そして、鈴が小さく鳴る。


「ずっと待っていたの。

 あなたを……」 

 

「私を?」


 透子は戸惑いながら聞き返した。


 雅はやっと会えたという安堵感を

 微笑みに浮かべた。


「そう。あなたを。」


 そしてその声には

 わずかな寂しさも含んでいた。


「ずっと探していたの。」


「探していた……?」


「私の想い、私の願い。

 それを託せる人を。」


 透子は自然と

 胸元に触れた。


 夢の中でも

 その鈴がそこにあった。

 

 雅は

 透子の胸元へと

 視線を向けた。


 どこか懐かしむような瞳。


「その鈴はね……」


 雅はゆっくりと言葉を紡ぐ。


「昔、

 私が身に付けていたものなの。」


 透子はわずかに息を呑んだ。


 雅の服の袖に付いている

 その小さな鈴。


 透子は胸元の木箱をそっと手にすると、

蓋を開けた。


「同じ……」


 シャラン……

 シャラン……


 雅と透子の鈴が

 呼応するように小さく鳴る。


「その鈴に、

 私は願いを込めた……」


「願い……?」

 

 透子は手の中の鈴を見つめる。


「ええ。」


 雅は目を閉じた。


「私は、

 黄泉であの人と出会ったの。」


 懐かしい思い出を語るように、

 その声は優しく響く。


「たくさん、助けてもらったわ。」


 雅は優しく微笑む。


「あの人はとても優しくて、

 とても不器用な人だった……」


 そして悲しむように

 眉を下げた。


「そして、

 とても寂しそうな人……」


 透子の胸がどくりと鳴った。


 思い浮かぶのは、

 金色の瞳を持つ男の姿。


「黄泉守様……」


 雅はゆっくりと頷いた。


「あの人は、

 私の大切な人……」


 雅の瞳が寂しげに揺れた。


「あの人も

 私を大切にしてくれた。

 だけど……」


 風が吹き抜け、

 黒髪が舞う。


「あの人は

 私を守るために、

 このえにしの糸を切ってしまった……」

 

 

 雅はそっと、

 自分から伸びる白い糸に触れた。


「縁の糸は、

 ただ人と人の縁を結ぶだけのものじゃないの。」


 白い糸がきらきらと

 光り始めた。


「想い。


 記憶。


 心。


 その人を大切だと思う気持ち。」


 透子は息を呑んだ。


「そんな……

 まさか……」


 透子は悲しげに瞳を閉じた。


「私が命を狙われていたとき、

 黄泉守様は

 自分との縁を断てば、

 私を守れると思ったの。」


 その声は酷く辛そうだった。


「そして私は

 生きて帰ることができた……」


「でも、

 代償は大きかった……」


 雅はふうと息をついた。

 そこには悲しみが滲んでいた。


「糸が切れた瞬間。

 あの人は私との記憶を失ってしまった。」


 透子は胸が締め付けられた。


 雅と黄泉守が過ごした日々。


 笑ったこと。


 一緒に月を見たこと。


 守りたいと願った想い。


 その全てを忘れてしまった。


「あの人は

 私を忘れてしまった。

 だけど、それでも良かった。」


 雅は少しだけ微笑んだ。


「わたしは人。

 ずっと一緒にはいられない。

 ならばいっそ忘れてくれた方がいいとさえ、

 思っていたわ。」


「そんな……」


 それはとても悲しいと

 透子は思った。


「だけどね。

 それでは駄目だったの。

 あの人は忘れてはいけないものまで、

 忘れてしまった。」


「忘れてはいけないもの?」


 雅は強く頷く。


「人を愛する心……」 

 

 

 雅は静かに呟いた。


「私との縁だけなら

 良かったの。」


 そよ風が、

 白い糸をかすかに揺らす。


「でもあの人は、

 自分でも思っていたよりも深く、

 私を想ってくれていた。」


 雅は寂しそうに笑った。


「だから糸を切った時、

 私との記憶だけじゃなくて、

 誰かを愛する心そのものを、

 一緒に切り離してしまった。」


 透子の胸はいっそう苦しくなった。


 思い返してみれば、


 黄泉守は誰よりも優しく、


 いつでも手を差し伸べてくれる。


 けれど……


 どこか


 人との距離を取っているような、


 どこが


 諦めているような……。


 透子は初めて会ったあの夜の


 辛そうにしていた男を


 思い返していた。 

 

 

 あの時は分からなかった。


 でも今なら少しは分かった気がする。


 黄泉守は

 自分でも気づかないうちに

 大切なものを失っていたのだ。


 忘れるほど

 遠い遠い昔に……


「だから私は願った。

 いつか私の血を引く誰かが、

 あの人の救いになるように。」


「いつか、

 あの人が心を取り戻せるように。」 

 

 雅はそう言うと、

 透子を真っ直ぐ見つめた。


 シャラン……


 優しく鈴が響く。


「私の願いが、

 やっと届いた……」


 透子は手にある鈴を両手で

 胸元に寄せた。


 じんわりと

 温かい……


「でも、どうして私だったんですか?」


 透子はずっと思っていた疑問を口にした。


「それは、分からない。」


 雅はふっと微笑んだ。


「でもね、

 呼魂鈴はあなたを選んだ。

 それが答えよ。」


「あなただから、

 鈴は鳴った。」


 その時だった。


 遠くの方から

 誰かのすすり泣く声がする。

 

 

 透子ははっと

 声のする方へ顔を向けた。


 今までよりもはっきりと

 その声が聞こえる。


 胸が締め付けられる程の

 悲しみが、

 痛いほど伝わってくる。


「あれは……

 誰……?」


 雅の表情が曇った。


「ずっと……

 ずっと、泣いているの。


 三百年間、ずっと。」


 雅の声が切なく響く。


 彼岸花の向こう、


 灰色の靄がかかるその先に、


 人影のようなものが見えた。


 けれど、

 はっきりとは見えない。


 そこから、

 悲しみだけが、

 溢れ出ている。


 それだけは伝わった。


「雅さん、

 もしかして、あれは……」


 雅は静かに頷いた。


「あの人が、

 置いていってしまったもの。」


 透子はその後を継ぐように、

 静かに呟いた。


「誰かを愛する心……」

 

 透子の呟きに、

 雅は小さく頷いた。


「あの人は、

 私を守るために

 それを切り離してしまった。」


 雅は儚げに笑う。


「とても……

 優しい人……」


 黄泉守が置き去りにしてしまった心から、

 溢れるその悲しみに、

 透子は飲まれそうだった。


 苦しい……


 胸が痛い……


 こんなにも、

 雅さんを愛していたのね……


 切なくて


 切なくて


 胸が痛い……


 目の前の人影から

 目を離せなかった。


「三百年も長い間、

 ずっと独りだったの……?」


 人影も、雅も、

 誰も何も答えない。


 けれどそれが答えだった。


 シャラン……


 鈴が鳴った。


 すると。


 遠くの人影が、

 ゆっくりと顔を上げた。


 透子は胸元の鈴を

 ぎゅっと握る。


 見えない。


 たげど……


 その人影は

 こちらを見た気がした。


 助けて───


 透子ははっとする。


 今まで夢で聞いたあの声。

 助けを呼ぶあの声。


 掠れていて、

 今にも消え入りそうな声。


 助けて───


 雅は悲しげに目を伏せた。


「ずっと、助けを呼んでいるの。

 だけど、私は救えない。」


 人影がゆっくりと

 こちらへ手を伸ばしていた。


「でもやっと……

 救われる……

 私も、あの人も。」


 透子も思わず手を伸ばしかけた。


 その瞬間。


 シャラン!!


 鈴が今まで以上に

 強く大きく鳴り響いた。


 灰色の世界が

 風が吹くたび、

 白く染まっていく。


 シャラン!


「雅さん!」


 透子は叫んだ。


 雅は微笑んでいた。


「お願い。

 あの人を助けてあげて。」


「そんな!

 私はどうすればいいのですか……!」


 夢が崩れていく。


「大丈夫。

 あなたなら、きっと……」


 その言葉を最後に、

 夢は消えていった。 

 

 

 

 頬が濡れていた。


 透子はゆっくりと

 体を起こした。


 頬に触れると、

 涙で濡れていた。


 ぽろり、ぽろりと

 涙が溢れていた。


 夢が覚めても、

 透子の胸は苦しく、

 あの切なさが消えない。


 透子は抱きしめるように

 鈴を胸元に引き寄せた。


 鈴は鳴らない。

 けれど、

 先ほど見た


 雅と黄泉守の思い出、


 雅の想い


 そして


 黄泉守が置いてきてしまった心


 その全てを


 透子は受け取った。


 涙を拭いながら、

 透子は思った。


 黄泉守様を助けたい……と。

 

 

 窓の外で、

 鳥たちが鳴いていた。


 もうすぐ


 夜が明ける……。 

 

 七話 夢 [完]

 


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