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死神様は生贄の娘を離さない 第二巻  作者: 武村


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六話 死神と月見酒


 賑やかな夕餉を終えて

 男は透子を部屋へ連れていった。

 

 廊下は

 先ほどとはうってかわり

 静かだった。


「皆さん、楽しそうでしたね。」


「そうだな。」


 透子はふっと笑い、

 男は小さく頷く。


「ここにいる皆さんは、

 本当にお優しいです。」


 透子は思い出したように

 微笑んだ。


「私、皆さんに会うまでは、

 妖はもっと怖いものだと思っていました。

 でも……」


 透子はふと、

 隣の男を見上げた。


 男は視線に気が付き、

 少し足を止める。


「でも、今は違います。」


「……」


「皆さんに出会えて良かった……

 本当に、そう思います。」


 男は何も言えず、

 照れくさそうに視線を逸らした。


 やがて二人は部屋にたどり着いた。


 襖を開けると、

 その先には

 文机の上にある花瓶が

 月明かりに淡く照らされていた。


 今宵は満月だ。

 

 男は静かに

 庭に続く障子を開けた。


「今日は満月だな。」


「そうなのですね。」


 二人は空を眺めた。

 銀の光が二人を

 優しく照らす。

 

 夜風がそよりと頬を撫で、

 庭木を揺らした。


 虫が静かに鳴いている。


 透子は隣で静かに月を見上げていた。

 その横顔に自然と目がいく。


「……月は好きか。」


「はい。好きです。

 淡い光に安心します。」


「そうか……」

 

 男もまた月を見上げた。


「黄泉守様は?」


 不意に聞かれて、

 男はしばし黙った。


「……嫌いではない。」


 長い時を生きてきて、

 月が好きかどうかなど

 考えたこともなかった。


「ふふっ。

 好きなのですね。」


 透子は小さく笑うと、

 視線を男へ向けた。


「そうなるのか?」


「はい。

 そうなります。」


 そう言い切ると、

 透子はまたふふっと笑う。


 そう言われると、

 男は少し困って

 後には何も言えなかった。


 二人の間には沈黙が流れる。

 しかし不思議と

 嫌ではなかった。


 なんだか、

 このまま部屋を出るのは

 少し惜しくなった男は

 どうしたものかと、

 顎に手をやった。

 

 

「酒でも飲むか……」


 男は独り言のように呟いた。 

 

 

「え?

 さっきあんなに飲まれてたのに?」


 透子の声で

 男ははっと我にかえった。


「いや、

 その……」


 珍しく言葉に詰まる男は、

 なんとかそれを捻り出した。


「つ、月見酒だ。」


「月見酒?」


「ああ。

 月を見ながら酒を飲む。

 風流だろ。」


「ええ。とても。

 素敵ですね。」


 透子は嬉しそうに微笑んだ。


「ご一緒しても

 よろしいですか?」


「ああ……」


 断る理由がなかった。

 むしろほっとしている自分がいた。 

 

 「酒の用意をしてくる。

 ……透子、

 酒は飲めるのか?」


「はい。

 前に飲んだ時は

 酔ってしまいましたが、

 少しなら。」


「今日は俺がいるから、

 少し酔うくらい構わんさ。」


 男はそう言って、

 部屋を出た。

 

 

『今日は俺がいるから……』


 男の気遣いに

 透子は胸が温かくなった。


 そっと胸に手を当てて

 出ていった男を追うように、

 その襖を見つめた。

 

 いつも当たり前のように

 手を差し伸べてくれる男に、

 何度救われたことだろう。


「……変ね。私……」


 胸の奥がくすぐったい。


 この気持ちは何?


 理由は分からなかったが、

 嫌な気はしない。


 ふと月を眺めた。


「……黄泉守様が好きな月。

 ……私も好きなお月様。

 ふふっ。」


 同じ好きなものを眺めて飲む。

 

 そんな情景を思い浮かべながら

 透子は小さく笑った。

 

 

 やがて、

 男が酒と共に部屋へ戻った。


「待たせたな。」


「いえ。」


 先ほどよりも機嫌が良さそうな透子の様子に

気づいた男は

 不思議そうに問う。


「何か、いいことでもあったか?」


「ふふっ。

 秘密です。」


 楽しそうに言われて、

 気にはなったが、

 男はそれ以上聞きはしなかった。


 二人で縁側に座って

 酒を飲んだ。


 男がくいっと一杯飲む隣で、

 透子はちびりちびりと飲む。


 男はそんな透子に、

 目を細めた。

 

「無理はするなよ。」


「はい。

 ……やっぱりお酒は少し苦いですね。」


 透子は両手で盃を持ちながら、

 月を眺めて苦笑した。


「……甘酒にすれば良かったかもな。」


「それなら美味しく飲めそうですが、

 今日はこれが良いです。」


「何故だ?」


「黄泉守様と、一緒がいいんです。」


「……」


 自分と同じがいいと言われ、

 男は胸がむず痒くなり、

 頬をかいた。


「……酔ったか。」


「まだ大丈夫です。」


 そうは言うが、

 透子の頬はほんのり色づいている。

 

 「……酔ってるだろ。」


「酔ってません!」


 頬を膨らませて怒る透子に、

 男は思わず吹き出しそうになった。


「私、そんなに弱くありませんよ!」


 そう言ってまたちびちび飲む姿が、

可愛らしく思えた。


「透子、

 それを飲み終えたら、

 今日は終いにしよう。」


 これ以上酔わすのは良くないだろうと、

男がそう提案する。


「えぇ……

 そんなぁ。」


 眉を下げて、

 残念そうにこちらを見る。


「……」


 そんな顔をされると、

 こちらが悪いことをしているようで、

 少し胸が痛む。


「もっと、

 黄泉守様と一緒に飲みたいです……。

 駄目ですか?」


 潤んだ瞳で

 男に訊ねる透子に

 他意はない。

 

 他意はない……

 それは分かっている。

 分かってはいるが、

 男は言葉に詰まった。


「……だ、駄目だ。」


 男は平静を装って告げた。


「えぇ……

 黄泉守様のケチ……」


 唇を尖らせて

 呟く透子の様子に、

 男ふっと笑う。


「そんな顔するな。」

 

「だって……

 まだ酔ってないのに……」


 透子は恨めしそうに

 男を見つめる。


「月は逃げん。

 また今度、飲めば良い。」


 また次があるのだと

 透子は目を細めた。


「次も一緒に、

 飲んでくれますか?」


「ああ。」


「ふふっ。

 嬉しい……」


 ふにゃりと笑う透子に、

 男の胸はまたざわついた。


「黄泉守様。」


「なんだ。」


「楽しいですね。」


「そうだな。」


 機嫌の直った透子は、

 最後の一口をゆっくりと口へ流し込んだ。


「……次は甘酒がいいです。」


「……買ってこよう。」


「お団子も食べたいです。」


「注文が多いな。」


「ふふっ。

 駄目ですか?」


 楽しそうに話す透子。


「いや。」


 顔を赤らめて笑う透子。


 こいつの笑顔

 ……嫌いではないな。


 そんなことを思いながら

 男はまた一口酒をあおった。


 そんな二人を

 満月が見守るように

 淡く照らしていた。

 

 五話 死神と月見酒 [完]


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