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追放魔導師、オカンAI重機と温泉掘って快適スローライフ  作者: 伊達ジン


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8/11

第8話 農業チート開始

 朝の柔らかい日差しが、黒褐色に整地された大地を照らし出している。


 昨日まで強酸性の淀みに覆われていた場所は、今や百メートル四方の見事な平坦さを誇るキャンバスへと変貌していた。その片隅には、マチルダがナノマシンで組み上げた五棟の真新しいログハウスが規則正しく並んでいる。


「リーリャ。皆の体調はどうだ」


 居住区画の脇で、地面に膝をついて調整針を握り、水脈パイプの微細な魔力漏れをチェックしていたアルドが声をかける。地下から汲み上げられた水がバルブを通り、静かな音を立てて循環しているのを確かめてから立ち上がった。

 両手で空の木箱を抱えたリーリャが、小走りで近づいてきた。その顔色には、昨日のような極限の疲労や飢餓の色は薄れている。


「はい……。マチルダ様の温かいお食事と、あの、風一つ入らない家のおかげで……一族の皆、ようやく落ち着きを取り戻せました。昨晩まで熱を出してうなされていた子どもたちも、今朝にはすっかり平熱に下がって……」


 彼女は言葉を紡ぎながら、思い出し泣きを堪えるように瞬きを繰り返した。


「皆、まるで夢の中にいるようだと言っています。森を追われてから……あんなに、泥のように眠れたのは初めてで……本当に、何と御礼を申し上げてよいか」


「なら、今日からさっそく働いてもらう。約束通り、お前の『植物魔法』が必要だ」

「はいっ! 何なりとお申し付けください」


 歩き出し、眼前に広がる広大な黒土の区画を指差す。

 マチルダのプラズマトーチによって正確に区画割りされた、畑の予定地だ。地表には細い水路が幾何学模様のように張り巡らされ、中央に設置された魔導ポンプから汲み上げられた地下水が、静かな水音を立てて隅々まで行き渡っている。


「昨夜のうちに、地下水と魔力を均等に循環させる配管を済ませてある。これで土壌の基礎は整った」


 短い説明だったが、リーリャは畑の縁に膝をついて黒い土へそっと両手を触れると、驚きに目を丸くした。


「……土が、呼吸をしています。魔力の流れに淀みがなく、私自身の魔力を流し込んでも一切の抵抗を感じません。生命を育むための、至高のゆりかごそのものです」

「そこへ、これを蒔く」


 背後から滑らかな油圧の駆動音を響かせ、巨体が歩み寄ってくる。マニピュレーターが金属製のコンテナを開けると、中にはくすんだ緑色をした大粒の種子がぎっしりと詰まっていた。


『古代シェルターの備蓄庫に保存されていた、環境適応型の遺伝子シードよ。成分解析と発芽プロセスの再起動は済ませてあるわ』


 コンソールから青白い光が瞬き、割烹着姿のアバターが現れる。


「お前の力を見せてみろ。この種子をあの土に蒔き、成長を促すんだ」

「……やらせてください」


 リーリャは表情を引き締め、同胞のエルフたちを数名呼び寄せた。マチルダから種子を受け取ると、彼らは手際よく畑の区画へと等間隔に蒔き始めた。


 作業が完了すると、リーリャは畑の中央に立ち、そっと目を閉じた。

 両手を胸の前で組み、エルフの古い言語で短い詠唱を紡ぐ。


 彼女のしなやかな身体から淡い緑色の魔力が波紋のように広がり、土壌へと浸透していく。

 普段であれば、過酷な自然環境に抗い、枯れた土地に無理やり生命力を注ぎ込むために莫大な魔力と体力を消費する術だ。しかし、今は全く違った。

 アルドが緻密な計算の元に構築した魔力網が彼女の力を吸い上げ、ポンプの駆動力と連動して、毛細血管の隅々にまで血液を行き渡らせるように土壌全域へと淀みなく伝達していく。


「……っ、すごいです……力が、どこまでも無理なく通っていく……!」


 リーリャの額に汗が滲むが、苦痛の色はない。

 マチルダが最適化した無機ミネラルが種子の硬い殻を溶かし、アルドの引いた水と魔力が土壌の底から爆発的なエネルギーを押し上げる。


 パキッ、という微かな音が静かな荒野に響いた。

 黒褐色の土が至る所で盛り上がり、鮮やかな緑色の双葉が一斉に顔を出す。


 双葉は数秒で茎を太くし、大きな葉を広げ、蕾をつけ、そして白い花を咲かせる。花は瞬く間に散り、その跡から丸みを帯びた果実がみるみると膨らむ。無数の植物が土を押し退け、空に向かって伸びていく微細な摩擦音が、周囲を優しく包み込む。風に揺れる葉の擦れ合う音が、心地よいざわめきとなって波のように広がっていった。


 作業開始からわずか数時間。太陽が中天に差し掛かる頃には、百メートル四方の畑は深い緑の海に覆われ、赤や黄色、紫の色鮮やかな実が重たげにぶら下がっていた。


 アルドは畑の縁にしゃがみ込み、赤く熟したトマトに似た果実を一つもぎ取った。

 ずっしりとした重みがある。ゴーグル越しに成分を解析する。有毒な魔力異常や重金属の反応はゼロ。レザージャケットの袖で軽く土を拭い、そのまま齧り付いた。


 薄く張った皮がパリッと弾け、濃厚な甘みと爽やかな酸味を持った果汁が口いっぱいに広がる。果肉のしっかりとした歯ごたえと、太陽の光をたっぷり浴びた野性味のある香りが、鼻腔を抜けた。王都の高級食材など比較にならない、生命の力強さを直接味わうような強烈な美味さだった。


「美味いな。上出来だ」

「本当ですか……!?」


 リーリャが駆け寄り、自分の手で育てた果実を信じられないといった様子で見つめる。


『バイタルスキャン完了。理想的な栄養素ね。これなら私の合成ペーストに頼らなくても、立派な食生活が送れるわ。よくやったわね、リーリャ』

「ありがとうございます、マチルダ様……! アルド様が素晴らしい土台を作ってくださったおかげです。こんなに少しの魔力で、これほどの作物が育つなんて……」


 エルフの難民たちも畑に入り、歓声を上げながら次々と色鮮やかな野菜を収穫する。籠いっぱいに採れた野菜を見て、彼らの顔には本物の笑顔が浮かんでいた。

 これで、当面の食料問題は解決した。次は収穫物を長期間保存するための定温サイロと、加工設備の設計だ。頭の中で新たな青写真を引いていると、不意にマチルダの機体から短い電子音が鳴った。


『アルド。北側の防衛結界のすぐ外に、微弱な生体反応があるわ』

「魔獣か?」

『いいえ、ハウンドのような攻撃性はないわ。ただ、バイタルがひどく低下している。死にかけね』


 腰のレンチを抜き、北側の結界の境界線へと向かう。リーリャも即座に弓を手に取り、緊張した面持ちで付き従った。


 不可視の結界のすぐ外側。

 風化した岩陰に、小さな毛玉のようなものがうずくまっていた。


「あれは……」


 リーリャが息を呑む。

 体長は四十センチほど。黄金色の柔らかそうな体毛に覆われ、垂れた耳と愛らしい顔つき。どう見ても、王都の貴族が愛玩用に飼っているゴールデンレトリバーの子犬にそっくりだった。


 だが、ここは死の荒野デッドランドだ。ただの犬が単独で生き延びられる環境ではない。


「警戒してください、アルド様。魔獣の幼生かもしれません。無害な姿に擬態して獲物を油断させる種類も存在します」


 リーリャが素早く矢を番え、弓を引き絞る。

 アルドは無言で手を挙げて彼女を制止し、しゃがみ込んでゴーグルの焦点を合わせた。


 魔力の流れを視認し、対象の体内構造を透視する。

 この生物の体内には、デッドランドの有毒な魔力を吸入し、肺の近くにある特殊なフィルターのような器官で無害なマナに濾過する独自のサイクルが形成されていた。擬態ではない。被毛の構造も、強酸性の雨を弾くようにキューティクルが発達している。この過酷な環境に適応した、変異種か古代生物の生き残りだ。

 噛みつくための強靭な顎の筋肉や、攻撃的な魔力器官、毒腺の類は一切見当たらない。


「害はない。ただ、ひどく衰弱している。右の前足の骨に微小な亀裂が入っているな」

『ちょっと! なに冷静に分析してるの!』


 背後からマチルダのホログラムが飛び出してきた。


『そんな小さな子が怪我して倒れてるのよ!? 早く結界の中に入れて手当てしなさい! ほら、私の医療用アームを使うから、そっと抱き上げて!』

「お前は本当に……相手が獣でもその保護機能を発揮するのか」

『当然でしょ! 私の管理領域の目の前で、小さな命を落とさせるもんですか!』


 呆れつつも、結界の出力を一部調整し、子犬のような生物を両手で抱き上げる。

 土埃にまみれた黄金色の毛はゴワゴワとしており、ひどく軽い。腕の中で、小さな身体がかすかに震えていた。


「……まあ、魔力濾過器官の構造には技術的な興味がある。生態のサンプルとして保護するには丁度いいか」

『素直に可愛いから助けるって言いなさいな、この理屈屋』


 マチルダに小言を言われながら、居住区画へと戻る。


 その日の昼食は、収穫したばかりの野菜をふんだんに使ったポトフだった。

 アルドが簡単な調理器具を用い、塩と乾燥ハーブだけで煮込んだものだが、素材の旨味が極限まで引き出されている。エルフたちは湯気を上げる大きな鍋を囲み、言葉少なに、ただ涙を流しながら熱いスープを口に運んでいた。


『ほーら、ゆっくり食べるのよ。火傷しないようにね。おかわりはたくさんあるから』


 傍らの日陰では、マニピュレーターで器用に添え木を固定された黄金色の子犬が、マチルダの合成した温かいミルクと野菜のペーストを勢いよく舐めている。短い尻尾が千切れんばかりに振られていた。


「よく食うな。名前はどうする。濾過器官の特徴から取って……フィルター、とかか」

『却下。もっと可愛い名前にしなさい。そうね……コロ、なんてどうかしら』

「安直すぎるだろう」

「あの……私は、ルン、が良いかと……」


 リーリャが控えめに提案し、とりとめのない名付けの議論が始まった。

 その賑やかなやり取りを聞きながら、アルドは手元の木製カップに注がれた野菜スープを飲み干す。空になったカップをテーブルに置き、午後のサイロ建設に向けた資材の計算を始めるべく、ツールポーチから調整針を引き抜いた。

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