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追放魔導師、オカンAI重機と温泉掘って快適スローライフ  作者: 伊達ジン


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第6話 エルフの難民少女・リーリャとの遭遇

 朝の冷気が、ログハウスの窓ガラスを白く曇らせている。


 真新しい扉を開けると、昨日まで強酸性の毒素に塗れていたデッドランドの淀みは嘘のように消え去っていた。眼前に広がるのは、対消滅荷電粒子砲によって完全に初期化された黒褐色の大地。起伏の一切ない平坦な土壌が、地平線の彼方まで続いている。


「見事な土だが、このままでは風に削られるな」


 足元の土を一掴み取り、指先で擦り合わせる。

 無機ミネラルが豊富で水分保持力は極めて高い。だが、根を張る植物が皆無の現状では、いずれ荒野の乾燥した突風によって表層から侵食されてしまう。早急に土壌を安定させる防風林と、作物の根が必要だった。


『古代シェルターの保管庫から、環境適応型の遺伝子シードを運び出してきたわ』


 背後から重い駆動音が近づき、五メートルの巨体が横に並び立つ。六本の多脚の先には、金属製の密閉コンテナが器用に抱えられていた。


「麦や根菜の類か?」

『ええ。ただ、テラフォーミング用の調整が施されているから、発芽と成長には大量の水と、適切な魔力循環が不可欠よ』

「水脈は昨日のうちに確保した。あとは畑の区画に合わせて水路を引き、土中に魔力のバイパスを這わせるだけだ」


 ツールポーチから細い調整針を引き抜き、作業の段取りを脳内で組み立てる。

 だが、その思考は、機体から発せられた鋭い電子音によって遮られた。


『警戒システムに反応。北北西、距離三キロの地点から、未登録の生体反応が複数接近中』

「魔獣か」

『四つの反応はデッドランド特有の変異種、おそらくアシッドハウンドね。……でも、先頭を走っている一つは違う。人間、あるいはそれに類する亜人種よ。ハウンドの群れに追われているわ』


 空中に投影されたモニタを覗き込む。

 赤い光点が四つ、青い光点が一つ。青い光点は、明らかに逃走の軌道を描きながら、こちらが構築した居住エリアの方角へ真っ直ぐに向かってきていた。


「あの距離なら、すぐに肉眼で捉えられるな」


 腰の竜骨製レンチを引き抜き、斜面を少し登って北北西の方角へ目を凝らす。

 荒野の彼方から、土煙を上げて駆けてくる小さな影が見えた。

 くすんだ緑色の外套を羽織り、背中に木弓を背負った小柄な人影。豊かな巻き毛が風に煽られ、長い耳が覗いている。エルフだ。

 その後方から、体長二メートルを超える異形の獣たちが、強酸の胃液を撒き散らしながら猛烈な速度で追い迫っていた。地面に落ちた酸が、ジュウッと不気味な白煙を上げているのがここからでもわかる。


 エルフの動きは身軽だが、足取りには明らかな疲労が滲んでいる。

 時折、振り返りざまに弓を引き絞り、牽制の矢を放つ。その動作自体は熟練の狩人のそれだが、疲弊しきった腕から放たれる矢の威力が、獣の強靭な表皮を貫くには至っていない。


「このままでは追いつかれるな」

『どうするの? 拠点防衛プログラムに従って、ハウンドを一掃する?』

「ああ。あんな酸の塊に、昨日浄化したばかりの土を汚されたくない。それに……」


 無残に食い殺される姿を黙って見届ける趣味もない。

 言葉には出さず、レンチの柄を軽く叩いた。


『了解。対魔獣用の非致死性防壁、およびサブ兵装を展開するわ』


★★★★★★★★★★★


 逃げるエルフの少女――リーリャの肺は、とうの昔に限界を超えていた。


 喉の奥から血の味がせり上がり、泥の塊のように重くなった足が何度ももつれそうになる。

 故郷の森を魔獣に追われ、一族の生き残りを安全な岩場へ隠し、自らが囮となって群れを引き付けた。入り組んだデッドランドの岩場で撒く算段だったが、変異種の執念深さはリーリャの予測を遥かに上回っていた。


(ここで、死ぬわけには……)


 霞む視界の先。

 荒涼とした岩肌が続くはずの景色が、突如として途切れていた。

 信じられないほど平坦で、豊潤な黒い土。そして、その中央に建つ、見たこともない異質な建造物。

 幻覚かと思った。だが、土の匂いも、建造物の輪郭も、あまりにも鮮明だ。


 そして、その建物の横に鎮座する、六本脚の巨大な鋼鉄の獣。


(あれは……なんだ……?)


 絶望が全身の産毛を逆立てる。

 後ろには酸を吐く魔獣。前には、魔獣すら及びもつかない威圧感を放つ未知の怪物。

 逃げ場を失ったと悟った瞬間、限界を迎えた足が泥に取られ、黒い土の上へと無様に転がった。


 背後で、アシッドハウンドが獲物を仕留めんと咆哮を上げる。

 リーリャは咄嗟に身を翻し、残された最後の矢をつがえようとした。


 だが、獣の牙が彼女の喉笛に届くよりも早く、乾いた電子音が荒野に響いた。


 ピピッ、という短い稼働音。

 直後、リーリャとハウンドの群れの間に、淡く発光する六角形の防壁が展開される。

 獲物に飛びかかった先頭の一頭が、見えない壁に激突した。強靭な牙が根元から砕け散り、巨体がボールのように弾き飛ばされる。


 さらに、鋼鉄の獣の側面から、小さな銃身のようなものが飛び出した。

 発砲音はなかった。

 ただ、不可視の衝撃波が、背後に続いていた残りの三頭を正確に打ち抜いた。

 悲鳴すら上げる間もなく、四頭のハウンドはまとめて意識を刈り取られ、白目を剥いて地面に崩れ落ちたのだ。


 血一滴流れない、あまりにも静かで圧倒的な制圧。


 リーリャは地面にへたり込んだまま、ガタガタと震える手で弓を握りしめていた。

 視線の先で、鋼鉄の獣の足元から、一人の人間の男がゆっくりと歩み寄ってくる。

 長身で、厚い胸板を持つ男だ。無精髭を生やし、鋭い眼光を放っている。手には鈍く光る奇妙な金属の棒を持っていた。


 彼が、あの怪物を操っているのか。

 それとも、あの怪物に魅入られた狂人か。


 這いずるように後退りしながら、男に向けて弓を構える。

 矢を番える指先が震え、狙いが定まらない。


「来るな……ッ! これ以上近づけば、射るぞ……!」


 かすれた声で威嚇する。

 男は数歩手前で立ち止まり、構えられた弓の先端を冷静な目で観察した。


「弓を下ろせ。弦がささくれている。そんな極限状態の力任せで引けば、弦が切れてお前の顔を弾くぞ」


 ただ、事実を淡々と指摘するだけの、不思議なほど静かな声だった。

 リーリャがその言葉の意味を理解できず、混乱に目を見開いた時だ。


『ちょっと! 何をしてるの!』


 唐突に、女性の甲高い叫び声が響き渡った。

 ビクッと肩を震わせ、周囲を見回す。鋼鉄の獣の側面から、淡い光を放つ人間の女性の姿が飛び出してきたのだ。真っ白な布を身につけた、ふくよかな女性。


『弓なんて物騒なものを向けないの! というかあなた、その顔色は何!? 頬がこけて、腕なんて小枝みたいじゃないの! いったい何日ご飯を食べてないの!』


 見知らぬ女は、リーリャの警戒など一切無視して、怒涛の勢いでまくしたてた。


『こんなになるまで無理をして……! ほらアルド、ぼーっと突っ立ってないで、早くその子を家の中に運びなさい! 身体を温めないと倒れるわよ!』

「……お前が勝手に出てきて騒ぐから、余計に怯えているだろうが」


 男――アルドと呼ばれた男が、呆れたようにため息をつく。

 リーリャの脳は、状況の理解を完全に放棄していた。

 未知の怪物。強面の男。そして、ひたすらに自分を心配して怒り狂う謎の光の女。


 弦を引き絞っていた指の力が、スッと抜ける。

 それと同時に、リーリャの腹の底から、ぐるるるる……という、間の抜けた大きな音が鳴り響いた。


 極限の飢餓と疲労。

 その音が引き金となったように、リーリャの視界は急速に暗転し、糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。


★★★★★★★★★★★


 温かい。

 それに、たまらなく良い匂いがする。


 意識を取り戻すと、そこは信じられないほど清潔で暖かな空間だった。

 見知らぬ手触りの、羽毛のように軽い毛布に包まれ、柔らかい長椅子の上に寝かされている。壁も床も木目調だが、隙間風一つ入ってこない。


 身体を起こそうとすると、すぐ横の小さな机に木製のボウルが置かれていることに気がついた。

 立ち上る湯気。肉の脂と、根菜が溶け込んだような深い香り。


「気がついたか」


 部屋の隅にある簡素な台所スペースから、アルドが振り返った。

 手には小瓶を持っており、そこから何か茶色い粉末を鍋に振り入れている。


「……ここは」

「俺の家だ。安心しろ、外のハウンドは処理した。群れの残党もいない」

『本当に無茶をして。とりあえずバイタルは安定してるけど、深刻な栄養失調よ。さあ、遠慮せずにそれを飲みなさい』


 アルドの横に浮かび上がった光の女が、小言を言いながらも優しい顔でボウルを指差す。

 警戒心を抱きながらも、ボウルから漂う暴力的なまでの香りに抗うことができなかった。両手でボウルを包み込む。手のひらから伝わる温もりに、思わず息が漏れた。


 そっと、口をつける。


 舌に触れた瞬間、濃厚な肉の旨味と、それを引き立てる香草の鮮烈な風味が弾けた。飢えと疲労で傷つき、干からびていた胃の腑に、温かな液体がじわじわと染み渡っていく。

 ただ腹を満たすだけのものではない。凍りついていた細胞の一つ一つが歓喜の声を上げ、枯渇していた力すらもゆっくりと満ちていくのがわかる。まるで生命そのものを飲まされているかのような、優しく、そして力強い味だった。


「……あ……」


 気がつけば、瞳から大粒の涙が溢れ出していた。

 止まらなかった。故郷を追われた恐怖、死と隣り合わせの逃亡生活、一族を背負う重圧。張り詰めていたすべての糸が、この温かく、信じられないほど美味しい食事によって解きほぐされていく。


 ボウルを両手で抱え込んだまま、リーリャは声を上げて泣きながら、最後の一滴までスープを飲み干した。


「……落ち着いたか」


 泣き止むのを静かに待ってから、アルドが声をかける。

 女のアバターも、今は口を出さずに優しく見守っていた。


「……はい。ごめんなさい、見苦しいところを……」


 袖口で涙を拭い、リーリャは居住まいを正した。


「私はリーリャ。森を追われたエルフの一族のまとめ役をしています。命を救っていただいたこと、そして、この素晴らしいお食事……何と御礼を申し上げてよいか」

「俺はアルド。こっちの口うるさいのは、この拠点の管理システムのマチルダだ」


 アルドはラウンジチェアに腰掛け、静かな目でリーリャを見つめた。


「まとめ役と言ったな。他に生存者がいるのか?」

「……はい。この荒野の手前にある岩場に、一族の者が十名ほど隠れています。皆、疲弊しきっており、私が水と食料を探すために先行していました」


 リーリャは真っ直ぐにアルドの目を見返した。

 この男がどれほどの力を持っているかはわからない。だが、あの見事な土と、この家を見た。そして、自分の命を救ってくれた。


「アルド様。不躾なお願いであることは承知しています。ですが、どうか私の一族を、この結界内に保護していただけないでしょうか」

「……」

「タダでとは、言いません。外の、あの黒い土を……見ました。私には、エルフの『植物魔法』があります。あの土なら、すぐに……数日で、作物を育ててみせます。畑仕事でも、雑用でも、何でもします。だから……どうか、一族を……っ!」


 ソファからずり落ちるようにして床に手をつき、額を擦りつける。

 震える声で絞り出した、必死の懇願だった。

 アルドはしばらく黙考するように顎を撫でていたが、やがて視線をマチルダへと向けた。


「マチルダ。予定を変更する。居住ユニットをもう三棟、いや四棟増設だ」

『あら、いいの?』

「防風林の形成と土壌の定着には、植物の根が不可欠だ。あの広大な面積の植生を、俺とマチルダだけで管理するのはどう考えても非効率すぎる。植物魔法が使える専門の労働力が手に入るなら、願ってもないことだ」

『そうね、インフラの維持管理には人手が必要不可欠だわ』


 淡々と交わされる二人の会話に、リーリャは弾かれたように顔を上げた。


「ありがとうございます……! 絶対に、後悔はさせません!」


 再び深く頭を下げるエルフの少女を見下ろしながら、アルドはツールポーチに手を伸ばした。

 十名以上の居住空間の増設、井戸の拡張、そして農地への魔力配管。新たな設計のアイデアを脳内で組み立てながら、アルドはさっそく外の土壌データと照らし合わせるための魔導式の計算を始めていた。

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