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追放魔導師、オカンAI重機と温泉掘って快適スローライフ  作者: 伊達ジン


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5/11

第5話 ナノマシン建築で超快適なログハウスが完成

 無音だった。


 ゆっくりと瞼を開け、しばらく天井の木目をぼんやりと見つめる。

 自分が今、どこにいるのか、なぜこんなにも心地よい寝台に横たわっているのか。寝ぼけた脳がそれを正しく認識するまでに数秒の時間を要した。


 王都の地下水路のすぐ脇にあった自室では、巨大な魔導ポンプの重低音と、石組みの隙間から常に滴る下水の水音が絶えず響いていた。壁には黒ずんだカビが這い、空気には常に泥と汚物の入り混じった湿気が含まれていた。どれほど疲労していても、その劣悪な環境が真の休息を許さなかったのだ。

 だが、今は違う。

 耳を澄ませても、聞こえるのは自分自身の静かで規則的な寝息の余韻だけだ。外の世界――デッドランドでは、細かい砂粒を巻き上げる乾燥した突風が吹き荒れているはずだが、室内の空気はわずかにも揺れていない。


 上体を起こし、周囲を見渡す。

 昨日、マチルダがナノマシンを用いてわずか数時間で組み上げた居住ユニットだ。

 壁面に触れてみると、見た目は温もりを感じさせる木目調だが、指先から伝わる硬度とひんやりとした感触は石材のそれに近い。石粉と大気中から抽出した特殊樹脂をナノレベルで分子結合させたハイブリッド建材。継ぎ目や隙間というものが物理的に存在しないため、一切のノイズを遮断している。


 指先から微小な魔力を壁に浸透させ、構造を読み取る。気密性が高すぎれば、当然窒息のリスクがある。だが、室内の空気は清浄そのもので、息苦しさは全く感じない。


『壁面の目立たない位置に、ナノフィルターを通したマイクロ吸排気口を複数設置しているわ。外気から有害な魔力異常や毒素、微細な砂埃まで完全にカットした上で、綺麗な空気だけを循環させているの』


 部屋の隅のコンソールに青白い光が瞬き、割烹着姿のアバターが現れた。両手を前で揃え、落ち着いた佇まいを見せている。


『室温は二十四度、湿度は五十パーセントに固定。バイタルサインも良好ね。よく眠れた?』

「ああ。このベッドの素材もたいしたものだ」


 腰掛けているマットレスを手のひらで押し込んでみる。羽毛でも綿でもない、身体の沈み込みに合わせて絶妙な反発力を返す高分子ポリマーのクッション材。一晩寝ただけで、長年蓄積されていた背骨や腰の軋みが嘘のように消え去っていた。


『ふふん、私のサポート環境を舐めないでよね。さあ、顔を洗ってきなさい。朝食の用意ができているわよ』


 促されるままに立ち上がり、簡素なテーブルに置かれたトレイへ向かう。

 銀色のトレイに乗せられていたのは、温かい蒸気を上げる薄緑色のペースト食と、澄んだ水の入ったグラスだった。スプーンで掬って口に運ぶ。

 味気はない。強いて言えば、微かに根菜の甘みのようなものが感じられる程度だ。だが、それを胃の腑に流し込んだ瞬間、身体の細胞一つ一つが歓喜の声を上げるのがわかった。疲労回復とエネルギー補給に特化し、吸収効率を極限まで高めた完全栄養食。


「味のバリエーションには欠けるが、これほど体調が良い朝は生まれて初めてだ」

『味覚の再現は今後の課題ね。でも、まずは居住空間の充実を図るわ。昨日確保しておいた資材の残りで、内装と家具を造形するわよ』


 食事を終え、腰のツールポーチから調整針とミスリル線の束を取り出す。


「俺は水回りの拡張を行う。ヒーターの魔力回路を組むから、配管と箱作りを頼めるか」

『了解よ。家の裏手に増築スペースを確保するわ。基礎工事は私がやるから、あなたはお湯を沸かすための熱交換器をお願いね』


 玄関のドアを開けると、強烈な日差しと乾いた風が吹き付けてきた。室内の快適さから一転、ここは死の荒野なのだと思い知らされる。

 家の裏手へ回ると、すでにマチルダの巨体が陣取り、アタッチメントを展開していた。


『作業を開始するわ』


 マチルダの前面下部から伸びた青白いプラズマトーチが、地面に突き立てられる。

 空気を極めて薄く切り裂くような静かな切断。硬い岩盤を含む地面が、寸分の狂いもない直線で滑らかに切り出され、給排水用の溝が伸びる。

 切り出された岩石は即座に機体内部へ吸い込まれ、ナノバインダーと混合されて新たな建材へと再構築を果たす。


 粉末状の素材が分子レベルで結合し、急速に結晶化する。

 熱で岩盤が溶け落ちるような暴力的な重低音ではない。冬の朝に霜柱が凍りつくような、あるいはガラスの風鈴が風に揺れて微かに触れ合うような、極めて繊細で規則的な響きだ。


 マニピュレーターの先端から銀色の霧のようなナノバインダーが噴霧されると、柔らかなホワイトノイズが周囲を包み込む。それに続いて、砂粒同士が自ら意志を持って噛み合う微細な摩擦が波のようによせては返す。


 その精緻な重なりを背中で聞きながら、手元のミスリル線を編む作業に没頭する。

 お湯を沸かすための魔力変換ヒーターの構築だ。

 井戸から引いた冷水を一瞬で適温に変え、かつ水圧を一切落とさない高効率なインライン型の加熱回路。線径十分の一ミリのミスリル線を三本束ね、熱変換効率を極限まで高めるための特殊な編み込みを施す。指先から流し込む魔力を接着剤代わりに、肉眼では見えない微細な接点を作り出す。

 マチルダのナノマシンが物質を組み上げる気配と、ミスリル線を擦り合わせる金属の擦過。互いの作業領域には一切干渉せず、それでいて一つの大きなシステムを構築する連帯感。

 有能な職人同士が同じ工房で作業しているような、静かで濃密な時間が流れた。


『……ちょっとあなた、何これ』


 作業開始から二時間ほど経った頃、マチルダのホログラムが手元を覗き込んできた。


『お湯沸かすだけなのに、熱変換ロスが一パーセント未満ってどういうこと? しかも人間の手作業で、こんな顕微鏡レベルの魔導式を組んでるの? 目を悪くするわよ』

「配管内の水流の抵抗値に合わせて、魔力の波長を三段階で変調させているだけだ。これなら少ない魔力で効率よく熱を生み出せる」

『呆れた。……でも見事なエネルギー効率ね。この回路パターン、私のデータベースに登録してもいい? 今後のインフラ設計の際に、エーテル変換のアルゴリズムに応用したいの』

「構わない。持ちつ持たれつだ」


 短い技術的なやり取りを挟み、再びそれぞれの作業に戻る。

 昼過ぎには、増築部分の箱組みが完了した。木目調の壁に囲まれた、広々とした浴室空間。

 中央には、マチルダが岩石を丸ごとくり抜き、表面を滑らかなポリマー樹脂でコーティングした巨大なバスタブが鎮座している。肌触りは大理石のように滑らかで、保温性も計算し尽くされている。


『仕上げに入るわよ』


 マニピュレーターの先端から、真鍮色の金属粉末が噴出される。

 それが空中で結合し、シャワーヘッドやバルブといった微細なパーツを瞬時に削り出す。寸分の隙間もなく配管とジョイントされた。その直下へ、先ほど編み上げた魔力変換ヒーターを組み込み、耐水性の魔導シーリングで密閉する。


「よし、接続完了だ。テスト稼働を行う」

『水圧コントロール、オン。給水開始』


 バスタブの横に設置された真鍮のバルブを捻る。

 短い空気が抜ける響きに続き、シャワーヘッドから勢いよく水が噴き出した。

 同時に、ヒーター回路へ微弱な魔力を流し込む。

 透明だった水流が、一瞬にして白い湯気を上げる温水へと変わる。


 手のひらをシャワーに当てて温度を確かめる。

 肌を刺すような熱さではなく、四十度前後の完璧な湯。水圧も十分だ。


『温度、水圧ともに設計値通り。水漏れも皆無ね。完璧だわ』

「お前の寸分違わぬ配管加工があったからこそだ。……これで、ようやく人間らしい生活ができる」


 バスタブに湯を張り、服を脱ぐ。

 王都の自室を出てから数週間ぶりの、まともな入浴だった。


 ポリマーコーティングされた滑らかな底面に背中を預け、肩まで湯に浸かる。


「ふぅ……」


 思わず、腹の底から深い吐息が漏れた。


 過酷な旅の埃、そしてデッドランドでの緊張感。それらがすべて、温かい湯の中に溶け出していく。

 バスタブの背もたれの角度は、人間の骨格構造を計算し尽くしたかのように絶妙にフィットしている。目を閉じると、聞こえるのは湯面が揺れる微かな水音だけだ。


『湯加減はどう?』

「……最高だ」


 頭の中に直接響くようなマチルダの声に、目を閉じたまま短く返す。

 無能な上司の小言に悩まされることもなく、自分が組みたい回路を組み、必要なものを必要なだけ作る。そして、一日の終わりに極上の湯に浸かる。この純粋な技術的満足感と快適さは、王都では決して得られないものだった。


 じっくりと身体を温め、湯から上がる。

 脱衣所には、マチルダが大気中の炭素と無機ミネラルから錬成したという、真新しい部屋着が用意されていた。麻のような通気性と、絹のような滑らかさを併せ持つ不思議な特殊繊維だ。

 それに袖を通し、リビングスペースへと戻る。


『湯冷めしないうちに、これを飲みなさい』


 マチルダが新たに造形した重厚なウッドテーブルの上には、よく冷えた果実水が入ったグラスが置かれていた。もちろん本物の果実などこの荒野にはない。先ほどの特殊繊維と同様に、備蓄されていた必須アミノ酸や糖分を分子合成して風味を再現した代物だ。

 身体のラインに合わせて沈み込むラウンジチェアに深く腰掛け、グラスを傾ける。氷がカランと鳴った。爽やかな酸味が火照った身体を心地よく冷ます。


「……悪くないな」

『でしょ? 私のサポートがあれば、デッドランドだってリゾート地みたいなものよ。でも、まだまだやることは山積みだからね』


 アバターの輪郭をわずかに揺らしながら、マチルダが空中にいくつかのウィンドウを投影する。


『安全な居住エリアと水源は確保できた。次は安定した食料生産よ。私の合成ペーストばかりじゃ、精神衛生上良くないでしょ?』

「確かに。味はいいが、噛みごたえがないからな。表層の土壌は昨日リセットした。水もある。あとは種か苗だが……」

『それも問題ないわ。古代シェルターの備蓄庫に、環境適応型の遺伝子シードが眠っているのを確認したわ。明日からは農業ね』


 グラスをテーブルに置き、手元のツールポーチへ手を伸ばして明日の準備を始める。


「ああ。まずは種の種類に応じた、畑の区画割りからだな。土壌の魔力循環ルートも考え直す必要がある」


 農業という未知の分野への挑戦も、今の環境ならば純粋な工学的タスクとして取り組める。次々と浮かぶ設計のアイデアを脳内で組み立てながら、アルドは工具の手入れ用の油を取り出した。

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