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追放魔導師、オカンAI重機と温泉掘って快適スローライフ  作者: 伊達ジン


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10/11

第10話 源泉かけ流し露天風呂の完成

 夜明けの冷たい空気を引き裂くように、プシュゥゥゥ……という甲高い蒸気の吹き抜ける音が荒野に響き渡った。


「到達したか」


 アルドは巨大な掘削穴の淵に立ち、分厚いレンズがはめ込まれた特製のゴーグル越しに、暗く深い地下の様子を探る。魔力の流れを視覚化するレンズの奥で、地脈のエネルギーが力強く脈打っているのが見えた。


 深度八百メートル。昨日放った無骨なドリル戦車が、硬い岩盤の層を正確に撃ち抜いたのだ。直後、機体に組み込んでおいたポンプ回路が作動し、地熱で温められた高濃度の無機ミネラル水が、ポリマー樹脂で補強された垂直の配管を一気に駆け上がってくる。


 ドプッ、という重い水音とともに、仮設のバルブからもうもうと白煙を上げる熱水が吐き出された。


 微かな硫黄の匂いが朝の冷気と混ざり合い、鼻腔をくすぐる。持参した温度計の針は、六十五度付近でピタリと止まっていた。間違いなく、天然の温泉脈だ。ゴーグルの解析でも有毒な魔力異常は検出されない。


「水圧、温度ともに計算通りだ。マチルダ、露天風呂の組み上げに入るぞ」

『了解。基礎の岩盤は昨日のうちに成形してあるわ。あとは防水コーティングと、熱交換器の微調整ね』


 居住区画から少し離れた小高い丘。そこには、マチルダのプラズマトーチによって正確に切り出され、パズルのように組み上げられた巨大な岩風呂の枠組みが完成していた。 アルドはバルブを捻り、丘の上へと引いた配管に熱水を通す。そのままでは人間が入るには熱すぎるため、途中に魔力抵抗を利用した特殊な冷却回路を何重にも挟み込み、熱を大気中へ効率的に逃がしていく。湧き出したばかりの熱水が、入浴に最適な四十二度前後になるよう、精密な調整を重ねる。


 さらに、湯に含まれる豊富なミネラル成分が配管内で目詰まりを起こさないよう、管の内側に極薄の魔力コーティングを施していく。王都の地下で培った技術を総動員し、指先から極細の魔力の糸を紡ぎ出す。それを幾重にも編み上げ、配管の隅々にまで緻密な網の目を張り巡らせていく。少しでも均一さを欠けば、そこから成分が堆積してシステムが破綻してしまう。職人としての勘と経験が問われる、繊細で気の抜けない作業だった。


 やがて岩の隙間から、なみなみと豊かな湯が注ぎ込まれ、昇り始めた朝日の光を反射してキラキラと輝き始めた。


 湯の注ぎ口には、マチルダが大気中の成分と無機物から錬成した木目調の特殊素材があしらわれている。湯桶や腰掛けも同様の素材で統一され、デッドランドの荒野のど真ん中に、洗練された高級旅館の露天風呂そのものが唐突に出現したような錯覚を覚える。


「……見事なもんだ。これでデッドランドの埃を気兼ねなく落とせる」

『脱衣所も完備してあるわ。男女別にスペースを分けて、バスタオルと湯浴み着も用意したわよ。さあ、冷めないうちに一番風呂をいただいてきなさい』


 マチルダのアバターが空中に浮かび上がり、腰に手を当てて促してくる。 ちょうどその時、朝の農作業に向かおうとしていたリーリャが、丘の上の見慣れぬ光景と立ち上る大量の湯気に目を丸くして立ち止まっていた。


「リーリャ。ちょっと来い」


 手招きすると、彼女は持っていた農具を置き、小走りで丘を登ってきた。綺麗に切り出された巨大な岩で囲まれた湯船と、そこからとめどなく溢れ出す湯を見て、不思議そうに長い耳をパタパタと動かす。


「アルド様、これは……? お湯が、湧き出しているのですか?」

「地下深くの温泉脈から引き上げた。水場に作った簡素な浴室とは違い、ここは広い湯船に浸かって疲れを取るための場所だ。……どうだ、一番風呂を試してみるか?」 「お、お風呂……ここで、ですか?」


 リーリャは信じられないものを見るように、湯気を上げる岩風呂とアルドの顔を交互に見た。野外で、しかもこれほど大量の湯に身体を沈めるという文化がエルフにはないのか、ひどく戸惑っているのがわかる。


「マチルダが肌を隠すための湯浴み着を用意してある。脱衣所は向こうだ。もちろん強制はしないが、疲労回復には効果的だぞ」

『遠慮しなくていいのよ、リーリャ。あなた、昨日も遅くまで畑の魔力調整をしてくれていたじゃない。天然のミネラル成分が、強張った筋肉をほぐしてくれるわ』


 マチルダの言葉に背中を押され、リーリャは少し頬を染めながら「で、では……お言葉に甘えて」と脱衣所用のテントへと姿を消した。


 しばらくして、アルドも厚手の布でできた腰巻を身につけ、湯船の方へ向かう。 そこには、白い薄手の布で作られた湯浴み着を纏ったリーリャが、膝を抱えるようにして湯の端に浸かっていた。湯気越しに見える彼女の肌は、ほんのりと桜色に上気し、濡れた睫毛が艶っぽく光っている。


「……どうだ、湯加減は」

「あっ……アルド様」


 アルドは静かな水音を立てながらゆっくりと湯に入り、リーリャと適度な距離を保って、滑らかに加工された岩肌に背を預けた。 湯の温もりが、朝の冷気と作業の疲労で強張っていた身体の表面から内側へと、ゆっくりと染み込んでいく。凝り固まった肩の力が自然と抜け、深い吐息が漏れた。


「す、素晴らしいです……。ただお湯が温かいだけじゃない……強張っていた身体の芯から、じんわりと優しく解れていくみたいで……」


 リーリャがほうっと息を吐き、湯に沈めた両手を不思議そうに見つめる。未知の体験に対する純粋な驚きと安堵が、その震える声色から痛いほどに伝わってきた。


「純粋な地熱の産物だからな。湯冷めもしにくい」

「森にいた頃は、冷たい川の水で身体を拭くのが精一杯でした。こんな……夢のような場所が、この死の荒野にできるなんて……」


 周囲を見渡せば、岩風呂の縁からはデッドランドの地平線が一望できた。かつては酸性の雨が降る死の土地だった場所が、今は手前に豊かな緑の畑を抱え、穏やかな風が吹き抜けている。朝の光が水面に反射し、二人の顔を明るく照らしていた。


「まだ拠点と農地ができただけだ。これからサイロを建て、食料の加工ラインを整え、インフラの自給率を百パーセントまで引き上げる。畑で採れた野菜以外にも、いずれは家畜を育ててタンパク源を確保するシステムも組みたい。やることは山積みだ」

「はい。私と一族の皆で、必ずこの土地を豊かにしてみせます」


 リーリャが濡れた髪をかき上げ、真っ直ぐにこちらを見つめてきた。その瞳には、かつての怯えや絶望はなく、確かな信頼と熱が宿っている。


「アルド様。私を、私たちを救ってくださって……本当に、ありがとうございます」


 まっすぐな感謝の言葉に、少しだけ気恥ずかしさを覚え、アルドは短く「気にするな」とだけ返して湯を顎まで被った。 朝の静けさの中、ただ湯が溢れ出す音だけが心地よく響いていた。


★★★★★★★★★★★


 風呂から上がり、備え付けのタオルで身体を拭く。 服を着て脱衣所を出ると、日陰に設置された休憩用のテーブルに、マチルダのアバターが待ち構えていた。 その前には、分厚いガラス製のジョッキが二つ並んでいる。表面にはびっしりと水滴がつき、中には黄金色の液体と、きめ細かい純白の泡が注がれていた。


「……マチルダ、これは」

『湯上がりと言ったら、これしかないでしょ。昨日リーリャの畑から少しだけ分けてもらった大麦で仕込んだ、特製の『麦酒もどき』よ。酵母の発酵具合も、冷やし加減も、私が完璧に仕上げたわ』


 ホログラムのアバターが腕を組んで、得意げにウィンクして見せる。


「アルコールまで合成したのか。相変わらず、無駄に機能が充実しているな」

『アルド、あなた王都にいた頃はずっと水みたいな安酒ばかり飲んでたんでしょ? 過去の栄養の偏りデータから丸わかりよ。私の特製麦酒の本当の味を教えてあげるわ』

「……余計なお世話だ」


 ちょうど着替えを終えたリーリャが、不思議そうにジョッキを覗き込んだ。


「黄金色の……お水ですか? 泡が立っていますが」

「まあ、座れ。飲んでみればわかる」


 向かい合って席につき、ジョッキの取っ手を握る。指先に伝わる圧倒的な冷たさが、風呂上がりの火照った身体に心地よい。 リーリャと軽くジョッキを打ち合わせ、黄金の液体を喉の奥へ流し込む。


「……っ」


 強烈な炭酸の刺激と、麦の香ばしい苦味が、渇いた喉を暴力的なまでの爽快感で叩き割った。 王都の安酒場で出される、ぬるくて酸味の強いエールとは全くの別物だ。徹底的な温度管理によって生み出された完璧なキレとコクが、風呂上がりの細胞の隅々にまで染み渡っていく。


「美味い……」


 思わず、腹の底から低く感嘆の声が漏れた。 向かいの席では、リーリャが目を白黒させていた。


「なっ、なんですかこれっ!? お口の中で、シュワシュワと弾けて……少し苦いのに、なんだかすごく、すっきりして……!」


 初めての炭酸とアルコールの刺激に驚いているようだが、嫌ではないらしく、再びジョッキに口をつけてごくごくと喉を鳴らしている。


「おい、ペースが早いぞ。それはアルコールが入っている」

「あるこおる……? あ、あの、でもこれ、とっても美味しいです。畑仕事の後に冷たいお水を飲むのも最高ですが、これは……なんだか、身体がぽかぽかしてきて……」


 言うが早いか、リーリャの白い頬が首筋まで急速に赤く染まっていく。エルフは総じて酒に弱いという話を聞いたことがあるが、どうやら本当らしい。 彼女はトロンとした潤んだ目でこちらを見つめ、普段の凛とした姿からは想像もつかないような、ふにゃりとだらしない笑顔を浮かべた。


「えへへ……アルド様と、こうして一緒に美味しいものを飲んで……私、すごく幸せです……」

「完全に酔っているな」


 普段の生真面目なまとめ役の顔が崩れ、年相応の、いやそれ以上に無防備な少女の顔になっている。 机に突っ伏しそうになる彼女の肩を支えながら、短くため息をついた。


『あらあら、すっかり出来上がっちゃって。でも、たまには息抜きも必要でしょ?』 「息抜きには早すぎる。これからサイロの基礎設計を引くつもりだったんだが」 『はいはい、仕事熱心なのは結構だけど、今日くらいは少しゆっくりしなさいな。彼女をベッドまで運んであげてね』


 ジョッキの残りを一気に飲み干し、テーブルに叩き置く。 酔い潰れてすーすーと寝息を立てるエルフの少女を抱え上げながら、アルドは頭の片隅で、地下水脈から冷却ラインを分岐させ、この美味い麦酒を常時貯蔵できる冷蔵設備の回路設計をすでに始めていた。やるべきことはいくらでもあるが、不思議と足取りは軽かった。

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