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追放魔導師、オカンAI重機と温泉掘って快適スローライフ  作者: 伊達ジン


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第11話 押しかけ一番弟子・ララの合流

 朝の穏やかな日差しが、隙間なく組み上げられたハイブリッド建材の窓枠から、滑らかな木目調の床へと斜めに差し込んでいる。


 アルドは広げた大判の羊皮紙に向かい、手元の定規と細身の羽ペンで、定温サイロの基礎設計図を引いていた。

 昨日掘り当てた、深度八百メートルの温泉脈。その圧倒的な熱量をただ入浴に使うだけでは、魔導工学師の名折れである。余剰熱を分岐させ、特殊なミスリル合金の配管を通して地下に張り巡らせた冷却回路と連動させる。熱エネルギーを魔力変換によって吸熱サイクルへと反転させ、収穫した作物を一年中最適な低温で保管するシステムだ。

 ただ熱を捨てるのではなく、配管内で魔力的な位相を反転させるための臨界点を計算し、流体力学と魔導式の両面からアプローチしていく。羊皮紙の上で、熱量と変換効率の数式を組み立てる。ペン先が紙の表面を擦るカリカリという乾いた音が、静寂な室内に心地よく響いた。


 回路の抵抗値を計算し、必要な線材の太さを割り出そうと視線を落とした時だった。


「ルン。椅子にぶつかるな。線がブレる」


 短く注意すると、足元で忙しなく動き回っていた黄金色の毛玉が、短い尻尾をちぎれんばかりに振りながら、着古したレザージャケットの裾に鼻先を擦り付けてきた。

 数日前に結界の外で保護した時の、泥にまみれ、痩せこけていた姿はもうない。マチルダが緻密に合成する完璧な栄養食と、強酸の雨が降らない安全な結界内での生活により、今では艶やかな黄金色の毛並みを誇り、愛らしい黒い瞳をキラキラと輝かせている。

 体長四十センチほどにふっくらと成長した子犬――ルンは、短い足で不器用に立ち上がり、作業机の上を覗き込もうと前足をかけてきた。


『あらあら、ルン。そっちに行ったらアルドのお仕事の邪魔になるわよ。ほら、朝のおやつの時間よ』


 部屋の隅のコンソールから現れたマチルダのアバターが、ホログラムの口元に手を当てて微笑みながら声をかけた。

 同時に、表で待機している巨体の底部装甲がスライドし、そこから伸びた細いマニピュレーターが窓の隙間を滑るように通り抜けてくる。先端の吸盤が、小さな陶器の皿に盛られた特製のミルクと干し肉のペーストを、一滴もこぼさずにルンの目の前の床へと置いた。機械的な駆動音は全くなく、ただスゥーという微かな空気の擦れる音だけがする。

 ルンは机から離れ、皿に向かって一直線に駆け出すと、チャプチャプと勢いよくミルクを舐め始めた。


「甘やかしすぎだ。ただでさえ運動量に対してカロリー過多になりかけている」

『成長期なんだからたくさん食べていいのよ。あなたこそ、朝から根を詰めすぎないの。はい、ハーブティー。眼精疲労に効く成分を少し濃く抽出しておいたわ』


 空いたスペースに、湯気を立てるカップが置かれる。

 手元の羽ペンを置き、カップの取っ手を握った。口に含むと、爽やかな香りと程よい甘みが頭の芯をスッキリと冴え渡らせる。


 ふと、外から微かな土音が聞こえてきた。

 窓越しに視線を向けると、百メートル四方に広がった黒褐色でふかふかの農地で、リーリャと数名のエルフたちが鍬を握り、真剣な表情で土を返している。彼女の手のひらから淡い緑色の魔力が土へと浸透していくと、昨日蒔いたばかりの第二陣の種子が、瞬く間に土を割って青々とした双葉を覗かせた。

 彼らの働きぶりは驚くほど勤勉で、手際がいい。過酷な逃亡生活から解放され、安全な場所で土に触れられる喜びが、その軽快な足取りからも伝わってくる。

 サイロの建設を急がなければ、近い将来、収穫物の保管場所が追いつかなくなる。

 カップを置き、再び設計図にペンを落とそうとした時だった。


『アルド。南東の境界線、距離一キロの地点から未登録の生体反応が接近中よ』


 マチルダの警告音に、ピタリと手が止まった。


「アシッドハウンドの群れか?」

『いいえ、単一の反応よ。それに、この移動速度と質量は魔獣じゃない。人間よ。少し離れた場所で、馬車らしき大型の反応が停止して引き返しているから、ここまで歩いてきたみたいね』


 人間。

 こんな死の荒野の奥深くまで、自らの足で踏み込んでくるような物好きがいるとは思えない。盗賊か、あるいは王都からの追手か。

 腰のツールポーチから竜骨製のレンチを引き抜き、立ち上がる。


「リーリャ。少し手を止めて、結界の近くへ来てくれ。客かもしれない」


 窓から声をかけると、彼女はすぐに鍬を置き、背負っていた弓を手に取って小走りで駆け寄ってきた。


 土埃の舞う荒野を抜け、見えない防衛結界の境界線へと向かう。

 強い日差しに焼かれた岩と砂だけの荒野。見渡す限り生命の気配がないその場所に、陽炎を揺らして一つの小さな人影がフラフラと歩いてくる。

 警戒してレンチを握り直す。

 だが、距離が縮まるにつれて、その人影の輪郭に強烈な既視感を覚えた。

 小柄な体格。土埃にまみれ、ところどころ破れてはいるが、元は仕立ての良かったはずの濃紺のドレス。両手には不釣り合いに大きなトランクを抱え、豊かに波打つダークブラウンのウェーブヘアが風に乱れている。


 人影はこちらの姿を視認した瞬間、それまでの疲労困憊した足取りが嘘のように、弾かれたように顔を上げた。


「……アルドせんぱぁぁぁぁぁぁいっ!!」


 甲高い叫び声が、デッドランドの荒野にこだまする。

 人影は猛烈な勢いで地面を蹴り、見えない結界をすり抜けて一直線に突進してきた。


「おい、待て」


 ドンッ、という鈍い音とともに、飛びついてきた小柄な身体を片手で受け止める。いや、受け止めたというより、頭を鷲掴みにして物理的に進行を阻止した。

 手の中でジタバタと暴れるのは、間違いなく見知った顔だった。


「なんで先輩がこんなところにいるんですか! 死の荒野に追放されたって聞いて、骨くらいは拾ってあげようと思って全財産叩いて馬車飛ばしてきたのに! めちゃくちゃ元気そうじゃないですか!」

「……ララか。お前こそ、なんでこんな辺境にいる。王都に残って、後任の助手にでも就いているはずだろう」


 ララ・ヴァレンタイン。

 宮廷魔導工学師としての自身の元で、図面の清書や資材の発注といった実務を担当していた下級貴族の令嬢だ。好奇心旺盛で騒がしく、権力闘争に明け暮れる他の貴族とは違い、実用的な技術にのみ執着を示す変わり者だった。


 頭を掴まれたまま、ララは大きな瞳に涙を浮かべてこちらを見上げてくる。


「助手も何もありませんよ! 先輩がいなくなった王都なんて、もう住めたもんじゃありません!」

「……とりあえず、中に入れ。埃っぽい」


 手を離すと、ララは「はいっ!」と元気よく返事をし、背後に控えていたリーリャの姿に気づいて目を丸くした。


「えっ、エルフ!? わあ、本物のエルフの人だ! すっごい美人! 私はララです、先輩の助手です!」

「あ、私はリーリャと申します。アルド様には命を救っていただき……」


 戸惑いながら頭を下げるリーリャの手を、ララは両手でがっちりと握り握手する。その凄まじい行動力は、王都にいた頃から全く変わっていなかった。


 拠点のリビングへ案内し、ラウンジチェアに座らせる。

 マチルダに指示を出し、よく冷えた特製の果実水をガラスのコップになみなみと注いでテーブルに置いた。


「ぷはーっ!! なんですかこれ、めちゃくちゃ美味しい!」


 ララは上品さの欠片もなくコップの中身を一気に飲み干し、氷をカラカラと鳴らした。


「で。住めたものではないとはどういうことだ。水回りのトラブル程度で大げさな」

「大げさじゃありませんよ! 本当に地獄絵図だったんですから!」


 ララは身を乗り出し、興奮気味に捲し立てた。


「先輩が追放されてから数週間、最初は空調の魔導石がショートしたり、夜の街路の照明が半分消えたりする程度だったんですけど、昨日、ついに第三区と第四区の浄水シリンダーが耐えきれずに吹き飛んだんです! 白亜の女神像の噴水から、ドス黒いヘドロみたいな泥水が間欠泉みたいに逆流してきて、広場で優雅にお茶してた貴族たちはもう大パニックで!」

「……シリンダーが飛んだのか」

「そうですよ! なのに、新しく筆頭になったあのカシウスとかいう炎熱馬鹿、配管に直接特大のマナを叩き込んでトドメを刺したんです! ヴァレリウス大臣なんて、泥水かぶって『誰か直せる奴を連れてこい!』って泣き叫んでたんですよ。自業自得すぎて笑いが止まりませんでした!」


 ケラケラと笑うララの報告に、短く息を吐き出す。


「予測通りの末路だな。まあ、俺にはもう関係のない国だ」


 テーブルの上の空のコップを脇へ寄せる。


「それで、お前はどうするつもりだ。王都が混乱しているからと言って、こんな辺境まで来る必要はなかっただろう」

「決まってるじゃないですか!」


 ララはドンッと両手でテーブルを叩き、勢いよく立ち上がった。


「私、全財産を換金して家出してきたんです! 今日からここが私の家であり、職場です! ずっと先輩の助手としてついていきますからね!」


 堂々たる居座り宣言に、思わず眉間を揉む。


「却下だ。ここは遊び場じゃない。一からインフラを引いて土地を開拓している最中だ。貴族の令嬢が耐えられる環境じゃない」

「耐えられます! ていうか、さっきから気になってたんですけど……」


 ララはキョロキョロと室内を見回し、壁を指先でつつき、座っていたソファのクッションを両手で押し込んだ。


「この壁、石みたいなのにすっごい滑らかだし、ソファも信じられないくらい弾力があるし……。外にはエルフの人が管理してる立派な畑があったし、あの丘の向こうで湯気を上げてるの、もしかしてお風呂ですか!?」


 目を輝かせて窓枠に張り付くララに、背後から声がかけられた。


『あら、お目が高いわね』


 不意に、部屋の隅からマチルダのアバターがふわりと姿を現した。


「ひぃっ!? ゆ、幽霊!?」

『幽霊じゃないわ。私はこの拠点を管理する汎用重機X-77、マチルダよ。よろしくね、ララちゃん。あなた、いい食べっぷりをしてるから私は歓迎するわよ』

「マ、マチルダ……? あの、外にあった六本脚の大きな金属の……あなたが?」


 ララは数秒間目を白黒させていたが、持ち前の適応力ですぐに状況を飲み込んだらしく、ホログラムにずいっと顔を近づけた。


「すごい……古代の自律型AIですか!? しかもこんなに流暢に会話ができるなんて! マチルダママって呼んでいいですか!?」

『ママ! ええ、もちろんよ! 遠慮せずに何でも頼みなさいな!』


 わずか十秒で、お節介なAIの懐に入り込んでしまった。


「アルド様、あの方は……」

「元助手だ。放っておけばそのうち諦めて帰るだろうと思っていたが……」


 リーリャが不安そうに見上げてくるのに答えながら、テーブルの上に散らばった定温サイロの設計図に目を落とす。


「……ララ」

「はいっ! なんですか先輩!」


 マチルダのアバターとキャッキャと盛り上がっていたララが、振り返って背筋を伸ばす。


「図面の清書と資材管理、全部お前に丸投げする。やれるか」

「やれます! 先輩の暗号みたいな図面の解読なら、王都で嫌というほどやらされましたから! 任せてください!」

「給金はすぐには出せない。現物支給だ」

「この家と美味しいご飯と温泉があるなら、一生働きます!」


 力強くガッツポーズを決めるかつての助手に、短くため息をつく。


「リーリャ。そういうことになった。こいつは騒がしいが、実務能力だけは確かだ。農地の管理で手が回らない部分があれば、遠慮なくこいつを使ってくれ」

「は、はい。ララ様、これからよろしくお願いいたします」

「様なんていらないですよ、リーちゃん! いっぱい働きましょうね!」


 ララがリーリャの手に自分の手を重ね、屈託のない笑顔を向ける。

 足元では、いつの間にか部屋に入ってきていたルンが、新しい住人に興味を持ったのか、ララの足首にすりすりと体を擦り付けていた。


「わっ、可愛い! なにこの子、犬ですか!? ふわふわ!」

『ルンっていうのよ。可愛いでしょ。ほら、あなたも旅の泥を落としてきなさい。露天風呂の使い方はリーリャが教えてくれるわ』

「露天風呂! 入ります入ります!」


 ララはルンを抱き上げると、リーリャの手を引いて足早に部屋を出て行った。二人の明るい声と、ルンの嬉しそうな鳴き声が遠ざかっていく。

 アルドは静かになったリビングで、再びテーブルの上の大判の羊皮紙に向き直る。

 手元の定規を当て直し、羽ペンの先をインク壺に浸す。窓の向こうから聞こえてくる話し声を背に受けながら、流体の摩擦係数と魔力抵抗の計算式を、カリカリという静かな音とともに書き連ねていった。

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