第77話 出張るすと、試験営業してみる ――冷蔵庫を積んだだけなのに、客と問題児が勝手に集まってくる件――
旅の車両にカウンターが生えた。
だったら次にやることは一つ――試しに店を開けることである。
四十二歳おっさん、補給所のつもりが、またしてもマスター業をやらされます。
帰ってきた翌朝。
《ルステラ・キャリア》の中は、昨日までとは別物だった。
まだ本店みたいに完成されているわけじゃない。
木材の匂いは新しいし、金具の噛み合いも少し荒い。
走ればきっとどこかが軋む。
棚の角も妙に尖っていて、油断すると脛をぶつける未来が見えた。
それでも、狭い車内の奥には簡易カウンターがあり、壁際には折り畳み式の卓が二枚、保冷区画には青白い光が灯っている。
――店だ。
いや、まだ店とは呼べない。キッチンのある簡易移動式バー。
完成してないくせに、もう空気だけは少し店感を出していた。
「……やだなぁ」
俺はカウンターの中へ入り、腕を組んだ。
「何が?」
イツキが即座に返す。朝から帳簿と在庫表を広げて、すでに機嫌が悪い。
「立つと落ち着く」
「おっさんに、向いてんじゃん」
「向いてるの認めたくねえんだよ、こういうのは」
保冷区画の前で屈んでいたステラが、ぱっと振り向いた。
「ぱーぱ! つめたいの、ぴかぴか!」
「ああ、見れば分かる。分かるけど朝から元気だな、お前」
「おてつだいする!」
そう言うと、ステラは小さな布を持って、卓の上を一生懸命ふき始めた。
ふいている、というより、撫でているに近い。だが本人は至って真剣だ。
「ここ、ぴかぴかにするの!」
その様子を見て、一緒に掃除をしていたミツキが思わず口元をゆるめた。
「ありがとうございます、ステラちゃん。すごく助かります」
「えへへ!」
横ではルースが棚の配置を見ながら、淡々と呟く。
「感覚的満足度は高いですが、配置効率には問題があります」
「お前、妹が健気にふいてる時に言うことか、それ」
「事実です」
その向こう、機関部の開いたパネルに潜り込んでいたカケルが、レンチ片手に顔を出した。
「おーい、その保冷区画、まだ触りすぎるなよ。機関部と冷却補助、今つないでる最中だ」
「機関部って、昨日の続きか?」
「続きも何も、昨日は“生えた”だけだ。こっから安定させんだよ」
カケルは車体の側面を軽く叩いた。
「こいつ、今はまだ酒場の顔してるだけだ。機関部で振動吸収と冷却補助をちゃんと噛ませないと、走った瞬間に棚が飛ぶ」
「想像したくもない。嫌すぎる営業事故だな、それ」
「だろ? だから今、そこの問題点、潰してる」
言いながらカケルはパネルの奥を指した。
機関部の中心には、青く脈打つコアストーンと、補助導管の束が何本も走っている。昨日見た時より明らかに配線が増えていた。
「NODE02の影響で、器側だけ先に広がった。だから今度は、機関部が“人を載せた状態”に合わせて追いつく必要があるんだよ」
「店をやるにも、エンジン側がいるってことか」
「そういうこと。見た目だけじゃ店は回らねえ」
その時、入口の方で布が揺れた。
ナツが顔だけ突っ込んで、にっと笑う。
「先輩ー! 外、もうそこそこ人いるッス!」
「え、もう?」
「補給待ちの冒険者と、昨日から残ってるキャラバン組と、本店の常連が“何それ面白そう”って顔してるッス!」
「面白そうで寄ってくるような客層、だいたい面倒くさそうだな……」
その横からタニシがにゅっと現れて、勝ち誇った顔をした。
「安心するでござる、アニキ! 拙者が常連導線を制御するでござる!」
「一番信用できないやつから、一番信用できないワード来たな」
......などとくだらないやり取りをしていると、イツキがぴくりと眉を動かす。
「はい、営業前確認するよ」
その一言で、場の空気がぴしっと締まった。
「ミツキ、接客と新規対応」
「はい」
「ナツ、外の誘導と物運び」
「了解ッス!」
「カケル、機関部。途中で振動跳ねたら最優先で止めて」
「任せろ。」
「――あと勝手に酒飲むなよ、殺すぞ」
そう言われてカケルは笑った。
「タニシ」
「はいでござる!」
「余計なこと言ったり、やったらしばく。」
「殺意の立ち上がりが早い!」
「昨日、開店前にまた在庫の肉を勝手に食ってただろ」
「嗅いだだけでござる!」
「次やったらマジで蹴る」
「理不尽!」
最後に、イツキの視線がこっちへ来る。
「マスター」
「何」
「店、回して」
「ざっくりしてんな!」
「でも一番向いてる」
くそ、悔しい。
最初に入ってきたのは、大物でも上客でもなかった。
補給待ちの冒険者。近場のキャラバン要員。店を覗きに来た本店常連。あと、保護対象の子供が二人。
派手じゃない。
でも、こういうところから始まるのが店だ。
最初の客は、昨夜飲みすぎたらしい古株の男だった。顔色が悪い。歩き方は荒い。しかも妙に声がでかい。
「おー、何だ何だ。ほんとに店やんのか」
俺はカウンターから水を一杯出した。
「酒の前にこっち」
「は?」
「顔が終わってる冒険者は、まず水」
男は一瞬だけ不満そうな顔をしたが、すぐに鼻で笑った。
「……よく見てんな、おっさん」
「店に立つ時だけは見るんだよ」
水を飲んだ瞬間、男の肩が少し落ちた。
その様子を見て、イツキが帳簿越しに小さく言う。
「一応、正解」
「一応って何だよ」
「褒めすぎると調子乗るでしょ」
「見抜かれてる……」
入口では、ミツキが子供二人に目線を合わせていた。
「熱くない飲み物、ありますよ。甘いのと、さっぱりしたの、どっちがいいですか?」
子供の片方が保冷区画を見て、おそるおそる指をさす。
「……あまいの」
「はい」
そこへステラが小走りで現れた。
両手でコップを持って、そろそろと運んでくる。足取りは危なっかしいが、顔はやたら真剣だ。
「はい! こぼさないで、もってきた!」
「お、おう……すごいな」
「おてつだい!」
子供が受け取ると、ステラは満足そうに胸を張った。
「おいしいと、うれしいの!」
その横顔が妙に得意げで、車内の空気が少しだけ柔らかくなる。
《るすと》ってのは、こういう顔を作る場所だったな、とふと思った。
補給待ちの調査隊二人組には、余計な声を掛けなかった。
壁際の席と、水だけ示す。
ああいう顔のやつは、放っておくのが一番楽だ。
「……ちゃんと分けてますね」
ミツキが感心したように言う。
「接客っていうか、座らせ方だな」
「向いてるじゃん」と、またイツキ。
悔しい。
営業開始から三十分。
狭いながらも、店は妙に上手く回っていた。
その時、ナツが入口近くへ板を立てた。
《本日のゲームクエスト》
《荷箱押し出しパズル 1回成功で1杯無料!》
「おい」
「何ッスか!」
「何ッスかじゃねえ。いつ準備した」
「さっきッス!」
「雑だけどすげぇな!」
板の前には、木箱と床の印が並んでいる。
要するに、箱を決められた位置へ押し込めば勝ち、という簡易パズルだった。
「これ、完全に倉庫整理ゲーじゃねえか……」
「分かるッスか!?」
「分かるよ。おっさん世代の古傷をえぐるやつだ」
タニシがやたらキラキラした顔で前に出る。
「倉庫番なら拙者の独壇場でござる!」
「お前、それ昨日も言ってたな」
そして案の定、タニシは最初の一手で箱を壁際に押し込み、即座に詰ませた。
「あっ」
「あっ、じゃねえよ」
「詰んだでござる」
「早ぇよ!」
笑いが起きる。
その勢いのまま、タニシがその辺にあった小瓶へ手を伸ばした。
「では敗北の酒を――」
次の瞬間、イツキの蹴りが綺麗にタニシの脛へ入った。
「いっっっ!?」
「余計な事すんなっつったろ」
「まだ飲んでないでござる! 持っただけ!」
「その先が見えるんだよ、あんたは」
ナツが腹を抱えて笑う。
「テンポよく蹴られたッスねー!」
「蹴りに無駄がない……!でもタニシちょっと嬉しそう」と俺。
ミツキが小さくため息をついた。
「お姉ちゃん、ちょっとだけ加減してください……」
「してるよ。今のは営業用」
「営業用の蹴りって何だよ」
そのあと、ナツも勢いで箱を押し込みすぎて失敗。
無口な調査隊員が無言で成功。
子供が真似して惜しいところまでいって、みんなで「あーっ」と声を上げる。
ゲームがあり、軽食があり、飲み物があり、人が笑う。
旅の途中の補給車両でやってることじゃない。
でも、確かに《るすと》だった。
その時だった。
イツキが帳簿端末を睨みながら、低い声を出す。
「……は?」
「どうした?」
「売上は別に問題じゃない」とイツキ。「そっちはギリ黒字」
「ギリなんだ……」
「今そこじゃない。ログがまた薄い」
ルースも、ほぼ同時に顔を上げた。
「外部観測の接続が浅くなっています」
「よかったじゃないですか」とカケルが言いかけて、ルースの表情を見て止まる。
「……よくないのか」
「遠隔観測の誤認率は上がっています。ですが――」
ルースはそこで言葉を切った。
「浅いまま、繋がり続けている」
ステラが俺の服の裾を掴む。
さっきまで元気だった声が、少しだけ小さい。
「ぱーぱ。みてる」
「誰が」
「わかんない。けど、みてる」
ミツキがしゃがみ込み、ステラと目線を合わせる。
「怖い感じ?」
ステラは少し考えて、それから首を横に振った。
「……こわい、じゃない。きになる、って感じ」
その言葉に、ルースの目が細くなる。
「一致します」
「一致って何が」
「敵意ではない。照合です」
イツキが舌打ちした。
「最悪。遠くから見失ったから、近くで見ようとしてるやつだ」
その一言で、場の温度が一段落ちた。
俺は周囲を見た。
客はまだ笑っている。
子供は飲み物を抱えている。
ナツは詰んだパズル盤の前で「これ無理ゲーじゃないッスか!?」と騒いでいる。
タニシはまだ脛を押さえている。
何も壊れていない。何も起きていない。
でも、だからこそ嫌だった。
平和なまま、見られている。
しかも次は、たぶん遠くじゃない。
イツキが端末を閉じる。
「今日はここまで。大きく回さない」
「もう閉めるのか?」と俺。
「まだ“試験営業”だからね。向こうが本気の監査に切り替える前に、こっちも手仕舞う」
「賛成です」とルース。「現時点の隠蔽効率では、長時間営業は危険」
ナツが不満そうに頬を膨らませた。
「えー! これからなのに!」
「だからだよ」とイツキ。
ミツキは、まだ残っていた客へ丁寧に頭を下げた。
『本日は試験営業でしたので、続きはまた今度――ご来店お待ちしております』
文句を言う客は意外といなかった。
むしろ「面白かった」「またやれよ」と笑って帰るやつが多かった。
店ってのは、案外それで十分なのかもしれない。
全部を抱え込まなくても、また来たいと思わせた時点で、もう半分勝ちだ。
最後の客を見送ったあと、車内は一気に静かになった。
カケルが機関部のパネルを閉じながら、短く言う。
「機関部は耐えた。だが次は、もっと揺れるかもしれねえ。見に来るやつが乗り込んでくるなら、内部の負荷も変わる」
「つまり?」
「酒場として回すほど、ただの車両じゃ誤魔化せなくなるってことだ」
ルースが壁へ手をつき、短く言う。
「次は、現地型の確認個体が来る可能性があります」
「つまり?」
「神権AIが見に来ます」
「うわ、はっきり言うなぁ……」
イツキが帳簿を抱えたまま、肩をすくめる。
「ま、来るなら来るでしょ。客層最悪の店には慣れてるし」
「神権側を客層扱いするなよ」
「でも、そうでしょ?」
その言い方が、妙に《るすと》らしかった。
旅の補給車両に、カウンターが生えた。
試験営業も、なんとか回った。
笑ったし、少しだけ店にもなった。
けれど、そのぶん――見に来る側にも気づかれ始めたらしい。
出張るすと、初営業。
手応えはあった。
そして同じくらい、ろくでもない神の気配が近づく――。
どう考えても、平和には終わらない。
【今回の登場キャラクター】
◆マスター
店主が板についているおっさん主人公。敵と戦うより、場を回して座らせて、水を先に出す方が向いているのでは疑惑が深まった。
◆イツキ
帳簿・売上・危険判定担当。試験営業でも数字とログの両方を見ていて、異常の薄さから“遠隔で見失われた側の再照合”を察知した。タニシへの蹴りも正確。
◆ミツキ
接客・緩衝材担当。子供や新規客の居心地を整える役として移動酒場と相性が良い。
◆ルース
解析・隠蔽・車両制御補助。遠隔観測の優先度を落とす処理を続けているが、長時間運用にはまだ負荷が大きい。
◆ステラ
感情共鳴・保護担当。今回は飲み物運びや卓ふきなど、お店を手伝う側としても大活躍。“おいしいと、うれしい”がそのまま言える子。
◆カケル・テンドー
整備・改造担当。機関部の冷却補助と振動吸収を調整しつつ、移動酒場としての実運用へ耐えられるかを見ていた。
◆ナツ
空気を明るくする担当。ゲームクエストの実行犯でもあり、だいたい勢いで失敗する。
◆タニシ
失敗して笑いを作る担当。今回も最初の一手で詰み、ついでにイツキに蹴られた。
【今回の話の解説】
今回は「移動るすと酒場」としての最初の小規模営業テスト回でした。
ただ設備が増えただけではなく、旅の途中でも“飲む・休む・笑う”を作れることが見えたのがポイントです。
一方で、ルースとステラの観測ステルスは万能ではなく、遠隔で見失わせるほど、今度は現地確認が寄ってくる――という嫌な段階にも入りました。
【ゲーマーおっさん解説!】
酒場やお酒が強く印象に残るゲームで真っ先に思い出すのは、やっぱり『キャサリン・フルボディ』です。アトラス公式でも“大人のアクションパズル・アドベンチャー”として案内されていて、主人公ヴィンセントたちの行きつけのバー《ストレイシープ》が物語の重要な舞台になっています。
酒場での会話パートと、悪夢のパズルが地続きで繋がっていくのが、神とか悪魔とか修羅場とかが絡むこの作品とも相性いいんですよね。(出典:https://fullbody.jp/)
もう少し“酒そのものを作る・出す”寄りでいくなら、『VA-11 HALL-A』もかなりそれです。公式ストアでは、荒廃した世界のバー《VA-11 HALL-A》のバーテンダーとして客に酒を出し、会話から物語が進む作品として案内されています。戦うより、飲ませて聞き出して、場を作る。こっちはこっちで、移動るすとが目指してる方向にちょっと近いです。(出典:https://store.steampowered.com/app/447530/VA11_HallA_Cyberpunk_Bartender_Action/)
【主人公の現在のステータス】
識別名:NO NAME
等級:白磁
LV:測定保留
状態:疲労(中)/観測継続中/移動酒場試験運用中
【所持アイテム・装備】
・基本装備一式
・補給用雑貨
・簡易営業用食器
・保冷魔導片
・折り畳み卓
・簡易カウンター部材
・木箱
・小型フック
※一部は《ルステラ・キャリア》内装へ実装済み
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