第76話 おっさん、車にカウンターを生やされる ――感情ノードを拾っただけなのに、補給車両がだんだん店になってきた件――
感情ノードを回収して、ひと息つける――と思っていた。
けれど《るすと》に帰ったら、今度は旅の車両が店になり始めた。
中身42歳おっさん、補給回のはずなのに、なぜか移動酒場のマスターにされます。
《るすと》の扉が開いた瞬間、鼻をついたのは、懐かしい暴力と強い食べ物や飲み物の匂いだった。
酒。炙り肉。甘い煙。木の壁に染みついた油の匂い。
その全部の奥に、いつもの鉄っぽい生臭さまで混ざっている。
「……ただいま!ようやく戻ってこれた」
思わず漏れた本音に、カウンターの向こうでイツキが鼻で笑った。
「何その顔。オッサン、実家帰省した時に寄ってくる犬みたいじゃん」
「実家が酒と血の匂いするの、嫌すぎるだろ……」
「でも顔はゆるんでるよ~?」
それを聞いた横のミツキが柔らかく笑う。
その横を、ステラがぱたぱたと走り抜けた。
「ぱーぱ! ここ、すき!」
「おまえ、現金なやつだな」
「本店の空気は、情動安定値が高いだけです」
「おまえはおまえで、もうちょいリラックスしろ」
ルースがいつもの平坦な声で言う。
だが、その言い方のわりに、こいつもさっきまでより明らかに処理落ちが減っていた。
やっぱりここは、帰ってくる場所なんだろう。
旅用の車両はあっても、《るすと》は《るすと》だ。
その時、奥からギルマスがひょいと顔を出した。
「ようこそ帰還した冒険者たちよ! 感動の再会のところ悪いが、その前に軽い補給クエストがある!」
「帰還一発目で感動を踏みつぶすなよ」
「軽いぞ? 本当に軽い。今回は死なん」
「その前置きがある時点で信用できねえんだよな……」
ギルマスがクエスト札をひらりと振る。HUDにも同時に文字が浮かぶ。
《簡易補給クエスト》
《帰還車両から“使える物”を五点回収せよ》
《報酬:150ZC.+補給ポイント》
《備考:地味だが後で効く》
俺は思わず札を二度見した。
「……うわ。地味」
「でしょ?」とイツキが頷く。「でもこういうの拾えるやつが生き残るんだよ」
「完全に序盤の倉庫漁りサブクエじゃねぇか……倉庫番を思い出すな――」
カケルが肩を揺らして笑う。
「好きだろ、こういうの」
「好きだけど悔しい!」
ハイ!とナツが元気よく手を挙げた。
「もち行くッス! こういう地味クエ、だいたい後半で“取っといてよかったー!”ってなるやつッス!」
「うわ、分かってるリアクションやめろ。刺さる」
タニシまで胸を張る。
「拙者もこういう“見た目ハズレだが内部的には当たりイベント”は得意でござる!」
「お前の場合、倉庫の隅で変な本探し始めそうだから信用できん」
「アニキ、偏見よくないでゴザル!」
とはいえ、始まれば早かった。
《ルステラ・キャリア》の荷台や収納から、使えそうな物を引っ張り出していく。
折り畳み式の金属板。
まだ冷気の残る保冷魔導片。
壊れたテーブル脚。
小型フック。
飲料箱に転用できそうな木箱。
拾う物がいちいち地味だ。地味すぎる。
でも、こういうイベントで取ったアイテムが、後で拠点強化や隠し要素に化けるのを、俺はゲームで何度も見てきた。
「くっそ……分かる。分かるから悔しい……」
「何一人で負けてるんですか、先輩」
「ゲームおじさんの古傷が開いてるんだよ……!」
五点目の木箱をカケルへ渡した、その時だった。
「……ん?」
カケルが車両の側面パネルを覗き込み、眉を上げた。
「どうした?」
「いや、足回りじゃねえ。中なんだがな――」
「中?」
ルースがすぐに車両へ手を触れ、半透明のログを展開する。
ステラも、とことこと寄ってきて、壁にぺたっと手を当てた。
「くるま、もっとひろがれる!」
「……は?」
次の瞬間、《ルステラ・キャリア》の内壁に淡い光が走った。
《酒場拡張権限:一部解放》
《感情ノード由来の器拡張を確認》
《推奨設備:冷蔵区画/簡易カウンター/折畳卓/飲料保存》
全員が、一拍遅れて固まる。
「なんでだよ!?」
真っ先に口を開いたのは俺だった。
「なんで戦闘強化じゃなくて先に冷蔵庫なんだよ!」
「NODE02の特性上、妥当です」
ルースが真顔で答える。
「記録と補助のNODE01に対し、感情安定・交流・居場所づくり寄りの拡張が優先されました」
「説明がちゃんとしてるのが逆に腹立つわぁ!」
ステラは嬉しそうに両手を上げた。
「おみせ、いる!」
「ぱーぱと、お店やるの!」
「いるッス!」とナツまで乗る。
「いるでござる!」とタニシも乗る。
「お前は黙れオタク」とイツキ。
そこから始まったのは、補給会議という名の、ほぼ移動酒場会議だった。
「冷蔵庫は要るだろ?」とカケル。
「折り畳みテーブルも要りますよ」とミツキ。
「ぱーぱの立つとこいる!」とステラ。
「陰キャ壁際席が必要でござる!」とタニシ。
「は?死ね。いらない」とイツキ。
「即答!?」
「子供たちが休めるベンチは欲しいです」とミツキ。
「立ち飲みにすればもっと詰められるッス!」とナツ。
「人を詰め込む場所じゃないです……」とミツキ。
「飲料保存棚は最低でも二列。俺用のマイボトルにBETするぜ」とカケル。
「ぱーぱ、ここ!」とステラが車内の一角を指差す。
「そこは作業導線が悪いです」とルース。
「でも、ここ!」
「なんで俺の立ち位置だけもう決まってんだよ」
笑いが起きる。
けれど、その笑いの中で、イツキだけが腕を組んだ。
「で、受付とかどうすんの」
「あ」
場が少し止まる。
本店を完全に空にするわけにはいかない。だが、試験運用の移動酒場に受付視点が要るのも事実だった。
しばらく考えた末、イツキが短く息を吐く。
「……短期だけ。試験運用の間だけなら、あたしも行く」
「お姉ちゃん?」
「数字見るやつがいないと、どうせ全員ノリで赤字にするでしょ」
「否定できない……」
ミツキも小さく頷いた。
「じゃあ、私も行きます。ちゃんと休める場所になるか、見たいです」
その言葉に、車内の空気が少しだけ変わった。
旅の車両が、ただの移動手段じゃなくなる。そういう感じが、確かにあった。
―――――
改装は、その日のうちに始まった。
車内壁面が低い唸りとともに展開し、収納部がずれる。
金属板がはまり、簡易カウンターがせり出す。
保冷魔導片を組み込んだ区画が青く灯る。
木箱は棚へ、テーブル脚は支柱へ、フックは吊り具へ変わっていった。
旅の補給車両だったはずの内部に、少しずつ《るすと》の縮小版みたいな骨組みが生まれていく。
「……反則だろ、これ」
思わず呟くと、カケルがにやりとした。
「いいだろ。旅する酒場だ」
俺は、組み上がり始めたカウンターの内側へ立ってみた。
本店のそれよりずっと狭い。ぎしぎしするし、まだ木の匂いも新しい。
でも、妙にしっくりきた。
「ぱーぱ! そこ!」
「だから何なんだよ、その確信は……」
笑い声が起きる。
その笑いの中で、ふと、イツキだけが眉を寄せた。
「……ねぇ」
「ん?」
「今日、監視ログ、薄くない?」
空気が一瞬だけ止まる。
ルースは少し遅れて答えた。
「見つかっていない、ではありません」
「じゃあ?」
「観測の、優先度を落としています」
「誰が?」と俺。
ルースは、自分と隣のステラを見た。
「……わたしたちが」
ステラは少し眠そうな顔で、俺の袖をきゅっと掴んだ。
「みんな、こっち見ないようにしてるのー!」
かわいい言い方のくせに、内容が全然かわいくない。
「それ、済む話か?」
「済まないやつだね」とイツキ。「遠隔からの観測が滑ってる。帳簿にも妙な空白がある」
ルースが静かに補足する。
「遠隔観測なら、誤認させられます。補給車両、低優先拠点、一般休憩所。そういう“どうでもいいもの”に見せられる」
「でも、近くに来たら?」とミツキ。
ルースは少しだけ黙った。
「……現地確認へ移行します」
「うわ、来ない方じゃなくて来る方の言い方だな、それ」
俺がぼやくと、ステラがさらに強く袖を握った。
「ぱーぱ、いっしょ」
「はい、来ています」とルース。
夜の《るすと》は賑やかなはずなのに、その時だけ少し静けさを感じた。
ここには――笑い声も、皿の音も、煙の匂いも、全部ある。
あるのに、その向こうで、何か別の視線がこちらを見失っている気配だけがあった。
俺は、旅の準備をしていただけだ。
なぜかだが――移動店舗を作って、居場所をひとつ持ち歩けるようにしたかっただけだ。
なのに今度は――見に来る側が動き出しているらしい。
マジに、ろくでもない予感しかしなかった。おおこわ。
【今回の登場キャラクター】
◆マスター
四十二歳のおっさん主人公。帰ってきた《るすと》の匂いに、思った以上に安心してしまう。旅の補給車両が“店”になる流れに、ツッコミつつも少し嬉しい。
◆ルース
解析・記録担当。今回、酒場拡張権限の理屈を最初に読み解いた。さらに、遠隔観測の優先度を落とす側の処理も担当している。
◆ステラ
感情共鳴・保護寄り。NODE02回収後の影響で、“人を居させる場所”への反応が強い。今回も子供らしく、素直に「ここが好き」「ここがいる」と言える側。
◆イツキ
帳簿・数字・ログ異常担当。移動酒場の赤字化を最も警戒しているが、監視ログの薄さにも最初に気づいた。
◆ミツキ
接客・居心地・共感側。移動酒場を“休める場所”にしたい意志が強く、短期出張同行にも前向き。
◆カケル・テンドー
整備・改造担当。《ルステラ・キャリア》の内部拡張に真っ先に気づき、ほぼノリノリで改装を始めた。
【今回の話の解説】
今回は、NODE02〈感情〉回収後の副次効果として、《ルステラ・キャリア》に酒場拡張権限が解放される回でした。
本店はあくまで本店のまま残しつつ、旅先ではキャリアを“出張支店”として育てていく方針です。
戦うだけじゃなく、飲む・休む・話すための器が増えることで、第2期の旅編にも“酒場らしさ”を戻していきます。
【ゲーマーおっさん解説!】
今回の「帰還ついでの地味な補給クエ」は、昔ながらの倉庫整理・荷物移動パズルをちょっと意識しています。たとえば『倉庫番』は、公式サイトでも「倉庫の中の荷物を格納場所まで運ぶ」パズルとして案内されていて、権利表記では1982年から続く作品として扱われています。
シンプルなのに、“押したら戻せない”“置く順番を間違えると詰む”みたいな地味な判断がめちゃくちゃ大事なんですよね。
派手なボス戦より、こういう整理系の地味クエが後で効くの、ゲーム好きにはたまらないやつです。
(※出典:https://www.sokoban.jp/rule.html)
【主人公の現在のステータス】
識別名:NO NAME
等級:白磁
LV:測定保留
状態:疲労(中)/観測継続中
備考:《ルステラ・キャリア》酒場拡張権限 一部解放
【所持アイテム・装備】
・基本装備一式
・補給用雑貨
・保冷魔導片
・折り畳み金属板
・木箱
・小型フック
・壊れたテーブル脚
※一部は移動酒場改装素材へ転用
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