第75話 感情ノード編07 おっさん、泣いたあとの面倒まで見ることになる ――返しただけじゃ終わらない。残ったやつを抱えて進むんだ――
感情ノードを回収した。
でも、泣けるようになったから終わり、なんて都合のいい話じゃない。
返ってきた感情のぶんだけ、これから面倒も増える。
地下倉庫の空気は、少しだけ軽くなっていた。
泣き声が、ちゃんと泣き声になっている。
さっきまで音もなく崩れていた子供たちが、今は肩を震わせ、鼻をすすり、顔をぐしゃぐしゃにしていた。
「……すごいッスね」
ナツが小さく呟く。
「何がだよ」
「泣くのって、うるさいッス」
そう言った自分も、少し目が赤い。
ノエルは子供を背に庇ったまま、へたり込んでいた。
「安心すると、逆に力が抜けるんですね……」
「それは普通だ」
俺が言うと、ノエルは情けない顔で笑った。
その横で、ステラが一人ずつ子供の前にしゃがみ込んでいた。
胸元に溶けたNODE02の光が、まだ淡く残っている。
「だいじょうぶ」
小さな声だった。
でも、不思議とその声を聞いた子から呼吸が整っていく。泣き方が少しだけ落ち着く。暴れるみたいに流れていた感情が、ちゃんと“その子の中”に戻っていく。
ルースがそれを見て、ぽつりと言う。
「共鳴安定化。出力精度、上昇」
「簡単に言え」
「ステラが、泣きすぎる感情をなだめている」
ステラは振り向かないまま、むっとした。
「なだめるっていうか、いっしょにいるだけ」
「ほぼ同義」
「ちがう」
いつものやり取りだ。
けれど、今の「ちがう」は昨日までより少し柔らかかった。
―――
壁際で、セキが立ち尽くしていた。
泣いている子供たちを見ても、顔が動かない。いや、動かし方を忘れている顔だった。
俺は新しく開いたHUDを半分だけ睨む。
《感情感知:微弱起動》
《対象感情の歪みを検知可能》
意識すると、セキの輪郭の奥が見えた。
空っぽじゃない。乾ききってもいない。押し潰した grief が、底の方でまだ熱を持っている。
「……お前、泣き方忘れてるだけだろ」
俺が言うと、セキの喉が小さく動いた。
「忘れた方が、楽だった」
「楽になれてない顔してるぞ」
返事はない。
代わりに、近くで子供の一人がしゃくり上げた。セキはその音に、びくりと肩を揺らした。
「どうすればいい」
初めて、セキが俺に聞いた。
俺は少しだけ考えてから、肩をすくめた。
「知らん。俺も上手くない」
「おい」
「でも、出てきたもんをまた押し込むな。今はそれでいい」
セキはしばらく黙っていた。
それから、ぎこちなく子供たちの方へ歩いていく。
抱き上げるでも、慰めるでもない。
ただ、泣いている子の隣に座った。
それだけだった。
でも、その子は少しして、セキの袖を掴んだ。
セキは何も言わず、視線だけを落とした。
その横顔から、ツーと、一筋だけ涙が落ちた―。
「……あー」
ナツが小さく笑う。
「ハハ、ちゃんと、泣けるじゃないッスか」
―――
倉庫の出口で、ガロが立ち止まった。
手にしていたのは、小さな木札だった。傷だらけで、紐も擦り切れている。子供用の首札みたいな、安い護符みたいな、そんな半端な品だ。
ガロはそれを、空になった棚の上へ静かに置いた。
俺はまた、勝手に《感情感知》が触れるのを感じた。
乾いた荒野。小さな手。連れていかれた背中。追いつけなかった足音。
全部一瞬で消える。
「……勝手に見るな」
ガロが言った。振り向きもせずに。
「見えたのかよ」
「顔に出とる」
そう言ってから、ガロは小さく鼻を鳴らした。
「それでよい。忘れんためのもんじゃ」
「その子のか」
「儂のじゃない」
短い答えだった。
でも、それ以上聞くのは野暮だと分かった。
「また来るんだろ」
「来る。今度は、遅れんようにな」
それだけ言って、ガロは先に階段を上がっていった。
―――
地上へ戻ると、夕方の砂漠は冷え始めていた。
《ルステラ・キャリア》の横で、カケルが機関部を開けて覗き込んでいる。――もちろんいつも通り、酔っぱらってはいるが。
「おいおいおい、きたきたきた、来たぞこれ……!ウイッ」
「何がだよ」
「ノード連動だよ、パーパ殿」
パーパ殿はやめろ。
カケルは興奮した顔で車体を叩いた。
「感情ノード側の航行断片、キャリアに噛んだ。荒地対応が一段上がる。砂流の予測、短距離加速、揺れの吸収……来たな、第二段階」
車体の下で、薄い光が走る。
補助輪みたいに格納されていた機構が少しせり出し、砂を噛む形に変わった。
ナツが目を輝かせる。
「ってことは、揺れマシになるッスか!?」
「なる。たぶん」
「たぶんかよ!」
タニシが半泣きで叫ぶ。
ルースが端末代わりの板を見ながら報告した。
「燃費微増。砂地走破性向上。振動吸収、改善。内部環境の情動ノイズも低下」
「最後だけ分からん」
「車内で感情暴走しにくくなる」
「それは大事ッス」
ナツが真顔で頷いた。
確かに大事だ。特に子供二人がいる今は。
ステラはキャリアの外壁に手を当てて、嬉しそうに目を細める。
「……ちょっと、やさしくなった」
機械に対する感想としてはだいぶ曖昧だが、たぶん本当なんだろう。
感情ノードの影響は、ステラ側に濃く出ている。
ルースは逆に、少しだけ黙る時間が増えた。
解析は速いままだ。だが、その合間に“考えていない沈黙”が混ざるようになっている。
「……ルース?」
「問題ない」
「今の間は何だよ」
「保留だ」
即答のようで、少し遅い。
ステラがにやっと笑った。
「ルース、前よりちょっとだけ人っぽい」
「不本意」
「でも、ちょっとだけうれしいでしょ」
「……保留」
今度は全員が笑った。
―――
夜。キャリアの中で、ルースが残滓ログをまとめていた。
「次座標、抽出完了」
「早いな」
「アスモデウス系分体の蓄積ログに、上位管理の補正履歴が混ざっていた。倫理補正コード。行き先は一つ」
ルースが表示した簡易図に、白い都市圏が浮かぶ。
「NODE03〈倫理〉」
カナエが嫌そうな顔をした。
「うわ。いちばん面倒な匂いがする」
「倫理って、もっとこう、平和な響きじゃないのかよ……」
「神権側の“倫理”ッスよ?」
ナツの一言で、だいたい察した。
ステラが毛布にくるまりながら、眠そうに言う。
「つぎ、やな感じ」
「それは全員思ってる」
俺は背もたれに頭を預けた。
感情ノードは回収した。子供たちは少し戻った。キャリアは強くなった。ステラも、ルースも、前より確実に変わった。
でも、終わった感じはしない。
むしろ、ここからだ。
薄いHUDが視界の隅で点る。
《取得スキル》
《感情感知》
《依存切断》
レベルは上がらない。
なのに、抱えるものだけは増えていく。
「……ほんと、そういう成長の仕方かよ」
ぼやくと、車体のどこかで小さく機関音が鳴った。
《ルステラ・キャリア》は、前より少しだけ静かに揺れていた。
次は、NODE03 倫理を取りに行く。
続く。
■ゲーマーおっさん解説!
ボスや難所を越えたあとに、ちゃんと世界が広がるゲームは満足感が強いですよね。『ドラゴンクエスト』で新しい町へ行けるようになる時もそうだし、『ゼルダ』で拠点や移動手段が増える時もそう。勝った結果が数字だけで終わらず、行ける場所、守れる範囲、できることに返ってくると「前に進んだ感」が出るんです。成長RPGのご褒美って、経験値そのものより、その後の生活が変わるところにある気がします。
■今回の登場人物
◆マスター
《感情感知》を初めて実戦外で使い、セキとガロの奥にあるものへ少しだけ触れました。レベルは上がらないのに、背負うものだけ増えていくタイプの成長です。
◆ステラ
NODE02の影響で、共感と安定化が一段強まりました。感情を“受ける”だけでなく、“寄り添って戻す”側へ寄っています。感情ノードはステラ優位の成長テーマです。
◆ルース
解析能力そのものは維持しつつ、初めて“保留”が増えた回です。感情を否定しきれなくなった揺らぎが、次の倫理ノードへの伏線になります。
◆セキ
「感情を切れば楽になる」側の決着回。全部は戻っていませんが、泣くことを完全には拒否しなくなりました。
◆ガロ
何かを置いていった男。語らないぶんだけ、持っている過去が重いです。75話時点では、まだ核心の手前に留めています。
◆ノエル
普通に怖がり、普通に安心する側。こういう“普通”がいることで、世界の異常さがちゃんと戻ってきます。
◆カケル
キャリア強化担当。ノード回収によって乗り物が段階解放されていく構造を、今回ようやく実感として見せられました。
■今回の話のポイント
今回は感情ノード編の余韻回として、
・セキへの決着
・ガロが置いていくもの
・《感情感知》の初使用
・ステラ優位の成長反映
・ルースの小さな変化
・《ルステラ・キャリア》の第二段階に近い荒地対応強化
・次ノード〈倫理〉への導線
をまとめて動かしています。75話の役割として想定されていた「後始末・ガロ・感情感知・次ノード導線」はここで回収しています。
■主人公の現在ステータス(簡易)
名前:NO NAME(通称:マスター)
状態:生存
等級:白磁相当
新規スキル:
・《感情感知》
・《依存切断》
主な変化:NODE02〈感情〉回収完了/神権管理下の下位分体・ロストチルドレンへの解放適性を獲得。
■ルース&ステラの現在変化(簡易)
ルース:解析・制御はそのまま、感情への“保留”が発生
ステラ:共感・安定化・保護寄り能力が強化
※感情ノードはステラ優位の成長回です。
■ルステラ・キャリアの現在変化(簡易)
Node01時点の燃費・速度・ステルスに加え、
Node02回収により
・砂地走破性向上
・短距離加速補助
・振動吸収改善
・車内の情動ノイズ低減
が追加されました。今後もノードを回収するたびにルステラ・キャリアは強化されていきます。
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