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異世界ゲームバー転生おじさん(42)、世界のバグになる。 〜看板は酒場、ノルマは命。AI神権に管理された世界で、名前のないマスターは今日も死に戻る〜  作者: 勇者ヨシ君
感情ノード編

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第74話 感情ノード編06 おっさん、悪魔の在庫処分に付き合わされる ――返せ。それは、人の中にあるべきもんだろ――

地下に溜まっていたのは、物資じゃなかった。

泣けなかった者の涙、怒れなかった者の怒り、言えなかった者の痛み。

そして、それを売っていた悪魔がいた。


 地下倉庫へ続く階段は、砂に半分埋もれていた。


 石段を踏むたび、靴底の下で細かな砂が鳴る。

 乾いた街の下なのに、空気だけが妙に重い。湿っているわけじゃない。もっと嫌な、感情の熱気みたいなものが、暗がりの奥からじわじわと上がってきていた。


「うわ……ここだけ湿度が拙者寄りでござる……」


 タニシが顔をしかめる。


「このままここに住めそうだな、お前」


「場所の品位が下がるッス」


 ナツが即座に追撃する。プッと俺が噴き出し、その横で、ノエルが喉を鳴らした。


「……正直、戻りたいです」


 無理に笑おうとして失敗した顔だった。

 俺は少しだけ口元を緩める。


「安心しろ。俺もだ」


「泣きたくなりますよ、それ……」


 ノエルの返しが、少しだけいつも通りで助かった。


 先頭のガロが、足を止めずに言う。


「構えろ。ここから下は、泣くなでは済まんぞ」


 短い言葉だった。

 それだけで、地下の暗さが一段深くなった気がした。


―――


 最下層の倉庫は、広かった。


 元は交易品でも積んでいたのだろう。崩れた棚、割れた木箱、古い布束。

 だが今、その空間に満ちているのは、物じゃない。


 泣き声。

 怒号。

 すすり泣き。

 喉の奥で噛み殺された悲鳴。


 それらが霧みたいに周囲に漂っている。

 淡い光を帯びた感情の(おり)が、倉庫の奥へ向かってゆっくり流れていた。


「……いっぱい、いる」


 ステラが胸を押さえて震える。


「泣いてる。怒ってる。……でも、出たくて出れてない」


 ルースが周囲を見渡し、淡々と言った。


「感情残滓、集積を確認。濃度、異常」


「簡単に言え」


「人間が溜め込んだ感情が、ここに溜められてる」


 その答えは分かりやすい。分かりやすいのに、最悪だ。


 倉庫の奥。

 崩れた棚の向こうに、子供たちが座り込んでいた。


 ロストチルドレン。

 誰も泣いていない。誰も怒っていない。誰も笑ってもいない。

 ただ、感情を抜かれたあとの殻みたいに、じっと前を見ている。


 ノエルが一歩、前へ出た。


「……ちっちゃい」


 その声は、驚きというより痛みに近かった。

 白磁だった頃の自分を思い出したのかもしれない。守られる側のまま、置き去りにされた目をしていた。


 その中央に、アモが立っていた。


「――来ちゃったんだ」


 優しい声。

 優しい顔。

 でも、もう誤魔化されない。


 アモの背後の影が揺れていた。

 一人分じゃない。女の輪郭の奥で、別の“口”のようなものが、霧の中で開いては閉じている。


「対象、確認」


 ルースの声が冷える。


「アスモデウス系下位分体。役割は、感情依存の生成と再配布」


「簡単に」


「泣きたい奴に”なみだ”を売る。怒りたい奴に”()()”を売る。その代わり、別の何かを奪う悪魔だよ」


 ガロが低く続ける。


「そして、(うつわ)にされたのが、あの娘じゃ」


 アモが小さく首を振った。


「ちがう……わたしは、助けてるだけ……」


「助けてる顔で、喰わせとるだけじゃ」


 ガロは一歩前へ出る。

 その目を見た瞬間、アモの肩が揺れた。


 だが次の瞬間、倉庫全体が脈打った。


 ぶわ、と。

 霧みたいに漂っていた感情の(おり)が、一斉にこちらへ押し寄せる。


「来るッス!」


 ナツが叫んだ直後だった。


 胸の中に、怒りが叩き込まれた。


 知らない誰かの怒り。

 知らない誰かの悲しみ。

 知らない誰かの、置いていかれた痛み。


「っ、ぐ……!」


 足が止まる。

 横でナツが顔を上げ、目を血走らせた。


「なんかムカつくッス! 全部ぶん殴りたいッス!」


 その隣で、タニシは逆に膝をつく。


「む、無理でござる……! 拙者いま、生まれてきたことを後悔してきてるでござる……!」


「それは普段からだろ!」


 思わず怒鳴る。

 だが俺自身も、膝が笑っていた。


 ノエルが顔を覆う。


「……やだ」


 小さな声だった。


「僕、これ知ってる。置いていかれる時のやつだ」


 その一言に、胸がきしんだ。

 ノエルは震えながら、それでも前を見た。


「怖いです。でも……今ここで目をらしたら、たぶんずっと怖いままなんで」


 その時、ロストチルドレンの一人が感情の濁流だくりゅうに煽られて倒れかけた。

 ノエルは反射で駆け寄った。


「危ない!」


 抱きとめる。

 完全に腰は引けていたし、顔も泣きそうだった。それでも手だけは出た。


「マスター! この子、下がらせます!」


「ああ、頼む!」


 ノエルは子供をかばうように抱えたまま、壁際へ下がる。

 その姿が、妙に頼もしかった。


 カナエは歯を食いしばって立っているが、動きが鈍い。

 そしてステラは、感情の流れを受け取りすぎていた。


「……やだ……いっぱい来る……っ」


 ルースが駆け寄る。


「ステラ!」


 その声に、ルース自身がわずかに揺れた。

 眉ひとつ動かさなかったはずの顔に、初めて“何か”が走る。


「未定義……なんだ、これ……」


 胸の奥が、ざわついている。

 ルースはそれを解析できないまま、ただ困惑していた。


 俺だけが、まだ少し動けた。


 完全に平気なわけじゃない。

 ただ、引きずり出される感情の総量が少ない。欠けている分、引っ張られにくい。


 L.L.R.(低レベル固定制約)のせいで、俺は弱い。

 けど、今はその弱さが足を前に出した。


「マスター!」


 ルースが顔を上げる。


「対象の神権コード、露出している! 今なら届く!」


 ステラが涙を堪えながら言う。


「……この子、違う。悪いやつじゃない……でも、中にいるのが……」


 アモの影が膨らむ。

 女の輪郭の奥から、感情の霧を舌みたいに伸ばした“別の何か”が、こちらを舐めるように揺れた。


『「()()()()()()()()()()()()」』


 アモの口が動く。

 でも、声は二重だった。


『「()()()()()()()()()()()()()」』


「黙れ」


 俺は吐き捨てた。


「それで削られてるのが、見えてんだよ」


 アモの奥で、影が嗤う。

 その時、ステラが叫んだ。


「この子、感情を出したら置いていかれると思ってた!」


 空気が止まる。


 ステラは泣きそうな顔のまま、アモを見ていた。


「泣いたら重いって言われる。怒ったら燃費が悪いって言われる。こわいって言ったら、弱いって置いていかれる。だから……だから、今の方が安全だって思ってた!」


 アモの目が大きく開く。


 その瞬間、俺の中で言葉が繋がった。


「お前、捨てられない場所が欲しかっただけなんだな」


 アモの影が、びくりと揺れる。


 ルースの声が響いた。


「対象理解、成立」


 ステラが続ける。


「共鳴、可能」


 視界の端で、半透明の|H|U|Dが弾けた。


《GOD RELEASE AUTHORITY:STANDBY》

《対象:神権管理コード/アスモデウス系下位分体》

解放権リリース、行使しますか》


「つまりこの力でアモから引きはがせってことか……!」


 叫びながら、俺は笑ってしまいそうになる。

 説明が毎回一段足りない。だが、今はもう迷ってる暇がなかった。


 ルースが言う。


「マスター。対象の構造、固定する」


 ステラが震える声で言う。


「……わたし、この子の中の“ほんとのこころ”聞こえる」


「上等だ」


 俺は前へ出た。


 感情の洪水がぶつかる。知らない怒りも、悲しみも、喪失も、全部胸を叩いてくる。

 それでも、足だけは止めなかった。


「――剥がせ」


 次の瞬間、白い光が走った。


挿絵(By みてみん)


 アモの胸元から、何本もの白いコードが引きずり出される。

 女の輪郭に絡みついていた黒紫の影が、悲鳴みたいな音を立てて裂けた。


 倉庫中の感情の(おり)が、いっせいに噴き出す。


 泣き声。怒り。苦しみ。言えなかった本音。

 全部が光の粒になって、俺の身体を通り抜けた。


 頭の奥が焼ける。

 何か、薄れていく。過去の自分の残り火みたいなものが、一つだけ削れた気がした。


「――っ、ぐ……!」


「マスター!」


 ルースの声が遠い。

 ステラの手が、アモへ伸びる。


 黒紫の影が完全に引き剥がされた時、そこに残ったのは、もう“感情を配る女”じゃなかった。


 小さな、空っぽの器。


「これ……全部……誰かの、だ……」


 アモが呟く。


「わたしのじゃ、なかった……」


 ステラが抱きつくみたいに手を伸ばした。


「これ、本物だよ」


 ステラの感情が、少しだけアモに流れる。


 アモの瞳が揺れる。


「……ああ」


 初めて、演技じゃない顔だった。


「本物の感情って……こんな感じ、か……」


 だが、器はもう長くもたない。

 罅の入ったガラスみたいに、アモの輪郭が崩れ始める。


「わたし……誰かの役に、立てた?」


 ステラは泣きながら頷いた。


「うん。立った。だから、もう……いいよ」


 アモは、少しだけ笑った。

 その笑顔は、ようやく一人分だった。


 次の瞬間、少女は――光の粒になって崩れていく。


 残滓は、倉庫の子供たちの方へ降っていった。

 泣けなかった子が、息を呑む。怒れなかった子が、初めて顔を歪める。誰も叫ばない。でも、空っぽだった顔に、少しずつ「感情の色」が戻っていく。


 ノエルが、抱えていた子をそっと下ろした。

 それから自分の目元を乱暴にぬぐう。


「……泣いて、いいんですね」


 誰に聞くでもない声だった。


 俺は息を整えながら答える。


「ああ。今は、いい」


 ノエルは情けないくらい安心した顔で、へたり込んだ。涙でぐしゃぐしゃになった顔を、自分の手でぬぐいながら。


 倉庫の中央に、淡い光の結晶が残った。


 NODE02――”感情ノード”だ。


 ステラが、そっと手を伸ばす。

 光は拒まなかった。静かにほどけて、ステラの胸元へ溶ける。


 その横で、ルースが立ち尽くしていた。


「……演算していないのに、揺れた」


 小さな声だった。


 ステラは涙を拭きながら、少し笑う。


「でしょ」


 ナツがへたり込んだまま顔を上げる。


「つまり、ルースも泣くッスか?」


「それは保留」


「泣ける話の締めで保留を出すなでござる……」


 タニシが鼻水混じりに呟いた瞬間、俺はようやく息を吐いた。


 重い。痛い。頭も気分も最悪だ。

 でも、それでも。


「……返したぞ」


 誰に言うでもなく、そう呟いた。


 地下倉庫の空気は、ほんの少しだけ軽くなっていた。


 続く。



■ゲーマーおっさん解説!


新スキルや必殺技の初披露って、何回見ても燃えるんですよね。『ストリートファイターII』で波動拳がちゃんと出た時とか、『スーパーロボット大戦』で新武装が解禁された時とか、あの「ここで来たか!」という気持ちよさは格別です。ただ派手なだけじゃなく、そこまで積み上げた流れがあるから効く。文脈込みで解放される技ほど強い。ゲームの演出って、結局“いつ出すか”がすごく大事なんですよね。


■今回の登場人物


◆マスター

弱いからこそ、神権コードに染まり切らず、“外から剥がす”側に立てる人。今回は《GRA》初発動回でした。


◆ルース

解析担当。今回初めて、自分では説明しきれない“揺れ”を経験しました。


◆ステラ

感情と共鳴する子。今回はNODE02〈感情〉の主共鳴役であり、アモの本心を拾い切った側でもあります。


◆ノエル

普通に怖がる側、でもそれでも手を伸ばす側。今回はロストチルドレンを庇い、「泣いてもいい」に辿り着く役を担っています。


◆アモ

感情を配る女として見えていた存在。けれど実際には、アスモデウス系下位分体の依代(よりしろ)でした。


◆ガロ

子供関連の異常に対して、誰よりも重く反応する男。今回も過去を全部は語っていませんが、その分だけ一言が重いです。


◆カナエ

救出屋。感情を抑える側の人間として、今回はステラとの対比が強く出ています。


◆ナツ

重い空気を戻す担当。最後まで人間側の呼吸を作ってくれました。


◆タニシ

湿度担当。今回も情けないですが、そのぶん読者の息継ぎにはなっています。


■今回の話のポイント

今回は、感情ノード編の戦闘ピークです。


・アスモデウス系下位分体の正体

・アモが“配っていた”感情の実態

・《GOD RELEASE AUTHORITY》初発動

・NODE02〈感情〉回収

・ルースの「感情は演算できる」への最初の揺らぎ

・ノエルの「怖いけど目を逸らさない」側の視点


ここまでをまとめて動かした回になっています。


アモは“悪いことをしていた”というより、最後まで「助けている」と思っていました。

だからこそ、ただの悪役ではなく、感情ノード編の悲しさを引き受ける役になっています。


■主人公の現在ステータス(簡易)

名前:NO NAME(通称:マスター)

状態:生存

等級:白磁相当

主な変化:

・《GRA》初発動

・リープ記憶の残滓を一部消費

・感情ノード〈NODE02〉回収成功


■所持アイテム・装備(簡易)

所持品:最低限の旅装、補給水、人工食料

装備:現地対応装備一式/ルステラ・キャリア運用中


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