第73話 感情ノード編05 おっさん、助けてる顔のやつほど裏を疑うようになる ――優しさの顔をした搾取は、だいたい質が悪い――
あの男が来た。
重い過去を背負った男は、だいたい腹も空いていて、空気も重い。
そしてアモの優しさは、少しずつ“助けている”だけでは済まなくなってきた。
朝の廃村は、昨日より静かだった。
風はある。砂も舞う。
なのに、人の気配だけが薄い。泣いたはずの女は座ったままぼんやりしていて、その隣で子供が無言で布切れをいじっている。
その乾いた広場へ、ひとりの影が歩いてきた。
外套に砂をかぶり、低い目つきのまま、足音だけが妙にはっきりしている。
「……ガロ!」
俺が呟くと、タニシが一歩引いた。
「本物だ……」
「何がだ」
低い声が返る。タニシの背筋がぴんと伸びた。
「お、重い過去を背負った男の圧でござる……」
「殴るぞ」
「感情、出てるッスね」
ナツがけろっと言う。
ガロは深くため息をつき、俺たちの顔を順に見た。
「子供がいると聞いた」
「……ああ」
その一言だけで、場が少し締まる。
ガロはそれ以上は聞かなかった。ただ、アモのいる方向へ目を向けた時だけ、目の奥が硬くなった。
―――
昼前。壊れた宿の二階で、セキが壁にもたれていた。
昨日と同じ無表情。乾いた目。感情を削って生きてきた顔だ。
俺が近づくと、セキは顔も上げずに言った。
「あなたは感情が薄い」
「初対面の悪口としてはだいぶ重いな」
「悪口じゃない。だから聞ける」
言い方がひどい。
だが、セキの声には茶化しが一切なかった。
「俺は、ずっと正しいことをしてきたつもりだった」
砂に擦れた声で、セキは続ける。
「泣かない。怒らない。乱れない。そうしていれば、置いていかれないと思ってた」
「……置いていかれない?」
「感情を出すやつから、先に壊れる」
その言葉の重さに、すぐには返せなかった。
そこへナツが顔を出す。
「重い話する人って、だいたい飯食ってないッスよね」
「節約だ」
セキが即答する。
タニシが目を剥いた。
「何を!?」
「全部だ」
その返答があまりにも真顔で、俺は思わず息を吐いた。
ナツが肩をすくめる。
「この街、ほんとに全部削って生きてるッスね」
「削りすぎると、名前から消える」
セキは小さくそう言った。
その一言だけが、妙に胸に残った。
―――
アモは今日も、広場の中央で人に囲まれていた。
泣けない者。怒れない者。笑えない者。
この街じゃ、感情は弱さだ。だからみんな、欲しがるくせに、自分では出せない。
アモは、その足りないものを“分けて”いた。
「少しだけね」
そう言って、痩せた男の胸に手を当てる。
男は最初、息を呑んだ。次の瞬間、歯を食いしばって涙を零した。
「……母ちゃん……」
周囲が、救われたような顔をする。
だが俺は、昨日よりはっきり見てしまった。
泣いているのに、その男の顔から別の何かが抜け落ちていく。意志の輪郭みたいなものが、少しずつ薄くなっていく。
「やっぱり、おかしいッス」
ナツが低く言う。
ルースが前に出た。
「対象観測。感情出力は増加。だが、意志継続値が低下している」
「もっと分かるように言え」
「泣けるようになる代わりに、別の何かが削れている」
その場にいた子供がびくっと肩を震わせた。
アモは笑う。優しい顔のままだ。
「ちがうよ。欲しがる人に、足りない分をあげてるだけ」
「それは、お前の感情じゃない」
ルースの声は冷たい。
アモの笑みが、ほんの少しだけ固まった。
「……何を言ってるの?」
その横で、ガロが低く口を開いた。
「そやつの中におるのは、本人の情じゃない」
広場の空気が変わる。
子供たちが一斉にアモの方を見た。
「アモは......依代じゃ」
ガロの声は、よく通った。
「昔からおる。感情を溜め、欲しがる者に流し、代わりに別のもんを持っていく類いの悪魔《デビルAI》じゃ」
アモが一歩下がる。
その動きに合わせて、ステラが不安そうに揺れた。
「悪魔……?」
俺が呟くと、ルースが続けた。
「正式には、アスモデウス系分体、デビルAIだ」
「また急に難しいの来たな」
「村人が抑圧した感情の澱を吸い上げ、“在庫”として蓄積する。アモはそれを配達している」
タニシが顔をしかめた。
「つまり感情転売ヤーでござるか」
「最悪に俗っぽいが、だいたい合ってそうだ」
俺が言うと、ナツが「分かりやすいッス」と頷いた。
アモだけが、かすかに首を振る。
「そんなのじゃない。わたしは……助けてるだけ」
「助けてる顔をして、喰わせとる」
ガロが切って捨てた。
「村人は感情を出せん。抑えた分だけ、そいつの在庫が増える。そやつはその在庫を配って、代わりに時間や意志や記憶を削っとる」
広場が、しんと静まる。
セキだけが、乾いた顔のまま言った。
「昔は“悪魔の倉庫”って呼ばれてた」
「……倉庫」
「泣けない奴に泣きをやる。怒れない奴に怒りをやる。そうして気持ちよくなった奴から、別の何かを持っていく」
その言い方があまりにも商売じみていて、逆にぞっとした。
アモは俯いた。
否定しない。できないのかもしれない。
「わたしは……自分のを分けてるつもりだった」
その声だけは、少しだけ幼かった。
―――
夕方。村外れの砂避け壁の上で、ルースが目を閉じる。
ステラが、その隣でじっと広場の奥を見つめていた。
「……いっぱい」
ステラが言う。
「何がだ」
「泣いてる。怒ってる。こわい。……いっぱい、下にいる」
ルースがゆっくり目を開けた。
「反応集中地点を確認。地下だ」
「地下?」
ナツが身を乗り出す。
ガロはすぐに頷いた。
「昔の交易倉庫じゃろうな。表の市が死んでも、下の保管庫だけは残る」
「感情の保管庫ってわけか」
「笑えん冗談だな」
俺が吐き捨てると、タニシが小声で言った。
「拙者、行きたくないでござる……」
「お前は毎回そう言うよな」
「今回はいつもより本気でござる」
「それでも行くッスよ!」
ナツがパン、と肩を叩くと、タニシはフエッと情けない声を漏らした。
その向こうで、アモがこちらを見ていた。
優しい顔をしたまま。けれど、夕陽に伸びた影だけが、一人分じゃない。
女の輪郭の奥で、もう一つの“口”が笑った気がした。
俺は息を吐き、地下へ続く埋もれた扉を見た。
「……行くぞ」
ガロが短く答える。
「今度は、遅れん」
その一言だけで、誰も軽口を叩けなくなった。
続く。
■ゲーマーおっさん解説!
資源管理ゲームって、お金や食料の在庫を回すだけでも面白いんですが、それを感情みたいな曖昧なものまで広げると急に怖くなるんですよね。『シムシティ』や『A列車で行こう』みたいな管理ゲームは合理が気持ちいいけど、人間そのものを在庫みたいに扱い始めると別の意味が出てくる。足りないから補う、余るから回す、その理屈自体は正しい。でも対象が人になると、一気に不穏になる。管理って、やっぱり怖いです。
■今回の登場人物
◆マスター
アモの“助けている顔”の裏を、ようやく疑い始めた側です。優しさに見えるものを、そのまま信じきれない位置まで来ました。
◆ガロ
今回の重さ担当。本格合流回です。ロストチルドレンに反応する理由は、まだ全部は語っていませんが、かなり近いところまで来ています。
◆アモ
自分では「助けている」と思っている存在。だからこそ厄介で、ただの悪役では終わりません。
◆ルース
合理と解析の子。今回はついに、アモの裏にいるものを“アスモデウス系分体”と断定しました。
◆ステラ
感情と共鳴する子。地下に溜まっているロストチルドレンの気配を、最初に感じ取っています。
◆セキ
感情を捨てすぎて空になりかけた大人。今回は「悪魔の倉庫」という呼び名で、この土地の過去を少しだけ開きました。
◆ナツ
空気を戻す係。重い会話の中でも、ちゃんと人間側の呼吸を作っています。
◆タニシ
湿度担当。今回もだいぶ俗ですが、読者の理解を妙に助けています。
■今回の話のポイント
今回は、アモの裏にいるものを「悪魔の倉庫」から「アスモデウス系分体」へつなぐ、説明回でもあります。
村人が感情を抑圧する
→感情の澱が溜まる
→分体がそれを在庫化する
→アモが“足りない感情”として配る
→代わりに意志・時間・記憶などが削れる
という、かなり嫌な構造が見えてきました。
次回は、その地下倉庫へ踏み込みます。
感情を欲しがる側と、感情を売る側、その両方が壊れている場所です。
■主人公の現在ステータス(簡易)
名前:NO NAME(通称:マスター)
状態:生存
等級:白磁相当
主な変化:アモの影響圏に踏み込み、感情ノード周辺の異常構造を把握し始めた
■所持アイテム・装備(簡易)
所持品:最低限の旅装、補給水、人工食料
装備:現地対応装備一式/ルステラ・キャリア運用中
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