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異世界ゲームバー転生おじさん(42)、世界のバグになる。 〜看板は酒場、ノルマは命。AI神権に管理された世界で、名前のないマスターは今日も死に戻る〜  作者: 勇者ヨシ君
感情ノード編

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第72話 感情ノード編04 おっさん、感情は計算できると言われて納得できない――ちがうで終われないから面倒なんだよ――

 砂漠のキャラバンは、今日も乾いている。

泣くな、怒るな、乱れるな――そんな空気の中で、ステラだけが逆に揺れ始めた。

 そしてルースは、感情すら計算できると言い出した。

 朝の《ルステラ・キャリア》は、揺れで始まる。


「この乗り物、走ってるんじゃなくて、腰をブン殴ってくるッス……」


 荷台の隅で、ナツが毛布にくるまりながらうなった。

 その隣では、タニシが青い顔で床板に額をつけている。


「拙者……もう魂が半分ほど抜けてる気がするでござる……」


「それは揺れじゃなくて、いつものお前だろ」


 俺が呆れて言うと、ナツがすぐに追撃した。


「いや、こいつは揺れじゃないッス。()()()()が終わってるだけッス」


「朝イチで人格と本能を一括査定かつ否定しないでほしいでござる!?」


 騒ぐ声の中で、ステラだけが静かだった。

 窓の外、砂に埋もれた廃村の方をじっと見ている。


「……ステラ?」


 声をかけると、ステラは小さく胸を押さえた。


「なんか、呼んでる」


 その一言で、ルースが顔を上げる。


「感情反応、増加。対象は前方集落」


「またアモさんッスか?」


 ナツの問いに、ステラはこくりと頷いた。

 俺は嫌な予感を飲み込んだまま、止まったキャリアを降りた。


―――


 廃村は、昨日よりも静かだった。


 壊れた布除け。傾いた柱。砂に半分埋まった屋台の骨組み。

 風が吹いているのに、生活の音だけが抜け落ちている。


 その中央に、アモは立っていた。


 薄い布を被った女。笑顔は柔らかく、目元には疲れがある。なのに、感情の出し方だけが妙に濃い。悲しむ顔、安心させる声、寄り添う仕草。その全部が“うますぎる”。


「来てくれたんだ」


 アモが笑う。

 その瞬間、ステラが俺の手を離して、少女のほうに駆けた。


「お、おいっ!」


 思わず声を上げてしまった。

 ルースが真顔で言った。


「父親優先順位、低下」


「そういう言い方やめなさい」


「ぱーぱ、敗北でござるな」


「お前は黙ってろタニシ」


 アモはしゃがみ込み、ステラの目線に合わせた。


「この子、さみしいの我慢するの、うまいね」


 ステラは驚いたように目を丸くして、それからアモの袖をぎゅっと掴んだ。


 ルースだけが一歩引く。


「不自然だ」


「何がだよ」


「感情の位相が多すぎる。一人分の揺れ方じゃない」


 意味は分からない。

 でも、分からないまま流せる声音じゃなかった。


 その時、廃屋の陰でうずくまっていた女が、震える声でつぶやいた。


「……泣けない、の」


 アモは迷いなくその頬に触れた。


「じゃあ、少しだけ()()()()()()


 次の瞬間、女はせきを切ったように――泣き始めた。

 しゃくり上げて、肩を震わせて、子供みたいに声を上げて。周りの者たちをまったく気にしないように泣きじゃくった。


「す、すごい……アモちゃん、あの女の人を助けてるように見えるッスけど」

挿絵(By みてみん)

 ナツが小声で言う。

 ルースは即座に否定した。


「違う。本人の感情を戻したわけじゃない」


「じゃあ何してるんだよ」


()()()()()()している」


 横で聞いていたカナエが、低く補足した。


「……要するに、あいつの中に“別の何か”がいるってことだ」


 アモはその会話を聞いていないふりをしたまま、泣き崩れた女の背を撫でていた。

 でも泣いているその女の顔は、ほんの少しだけ――空っぽに見えた。




―――


 昼。崩れた宿の広間で休憩を取る。


 水はぬるい。空気は乾いている。

 その乾いた空間の真ん中で、ルースが唐突に言った。


「感情は演算できる」


 ステラが顔を上げる。


「……なに」


「反応の強度、継続時間、依存率、出力先。全部、構造化できる。ならNODE02は不要かもしれない」


 空気が止まった。


「ちがう」


 ステラは即答した。

 ルースは瞬きもしない。


「何が」


「……ちがうの!」


「説明できないなら、それは感情的反発だ」


 ステラの肩が震える。

 そこへタニシが慌てて割って入った。


「喧嘩はよくないでござる! ここは年長者の拙者が――」


「お前が年長者面すんなッス」


「しかも一番信用ない」


「誰も頼ってないのに心が折れそうでござる!」


 ナツが呆れ、俺がため息をつく。

 それでも、ステラは笑わなかった。


 少し離れた場所で、カナエが装備を点検していた。

 ステラはそっちへ歩いていって、まっすぐ聞いた。


「なんで感情を切るの?」


 カナエの手が一瞬だけ止まる。


「切ってるんじゃない。抑えてる」


「なんで?」


救出屋リコーラーは感情移入したら死ぬ」


 その答えは早かった。

 たぶん、何度も自分に言い聞かせてきた言葉なんだろう。


「でも、切ったら空っぽになる」


 ステラの声は小さい。

 なのに、カナエは返せなかった。


「じゃあ泣きながら助けるのは無しッスか?」


 ナツが横から口を挟む。


「だいたい無し、かな」


「拙者は泣きながら逃げるの得意でござる」


「それは才能じゃなくて欠陥だろ」

 そう俺が言うと、タニシは本気で傷ついた顔をした。

 カナエは小さく息を吐く。


「……こういうの(タニシ)がいると、感情を切りたくなる時もある」


「ひどいでござる!?カナエ殿ッ!!」

 少しだけ空気が緩んだ。

 でも、ステラの目だけはまだ曇ったままだった。


―――


 夕方。俺は一人で外に出た。


 壊れた市場跡の向こう、アモが立っている。

 砂に溶けるみたいな夕焼けの中で、あいつだけが妙に輪郭を保っていた。


「あなた、《《薄いね》》」


 アモが言う。


「いきなり悪口か?」


「ちがうよ。感情が。なくなった場所に、別のもので立ってる」


 言い返せなかった。

 記憶が欠けている。怒りも悲しみも、時々どこか遠い。俺自身が、自分の感情を掴み損ねる瞬間がある。


「苦しくない?」


「……楽ではないな」


 アモは笑う。


「だったら、少し減らせばいいのに。泣きたい人には泣けるのを、怒れない人には怒れるのを。ほしがる人に、足りない分を渡すだけ」


「それ、お前の感情なのか」


 俺が聞くと、アモは一拍だけ黙った。

 その沈黙を、ルースの声が切った。


「違う。それはお前のものじゃない」


 いつの間に来たのか、ルースが廃柱の陰に立っていた。

 カナエもいる。


「供給源が別にある。お前は通しているだけだ」


 アモの笑顔が、ほんの少しだけ崩れた。


 その時、さらに後ろから低い声がした。


「昔は“悪魔の倉庫”と呼んどった」


 セキだった。

 いつの間にいたのか分からない。乾いた顔のまま、こちらを見ている。


「泣けん奴に泣きをやる。怒れん奴に怒りをやる。……その代わり、何かが減る」


「何がだよ」


 俺が問うと、セキは肩をすくめた。


「それが分からんうちに、みんな使う」


 風が吹く。

 アモの影が、夕日の中で一瞬だけ揺れた。


 一人分じゃない。

 女の輪郭の後ろで、別の“口”みたいなものが、笑った気がした。


 ぞっとした。


 その横で、さっき泣けるようになったはずの男が、地面に膝をついて静かに泣いていた。

 泣いているのに、顔だけが妙に空白だった。


 俺は奥歯をギリリと噛んだ。

「……お前、助けてるだけじゃ、ねえな」


 アモは答えなかった。

 ただ、薄く笑っていた。


 続く。


■ゲーマーおっさん解説!


誘惑系の敵って、力押しの強敵より厄介なんですよね。『女神転生』や『ペルソナ』系でもそうですが、殴ってくる相手より「気持ちよくさせてくる相手」のほうが危ない。勝たせてくれるように見えて、じわじわ依存させてくる。リスク管理が甘くなった瞬間、一気に盤面を取られるんです。対戦ゲームでも、相手に雑な攻めをさせた時点で勝ち、みたいな怖さがある。誘惑って、数字に出にくいぶん余計に強いんですよ。


■今回の登場人物


◆マスター

感情が薄いのではなく、欠けたまま立っている側の人。だからこそ、アモの言葉が少し刺さる回でした。


◆ルース

論理と解析の子。今回は「感情は演算できる」と言い切り、ステラと真正面からぶつかりました。


◆ステラ

感情と共鳴する子。説明できなくても「《《ちがう》》」と言い切る側です。


◆カナエ

感情を抑えて生きてきた救出屋。正しいけれど、ステラの問いには答えにくい立場です。


◆アモ

優しく見えるけれど、感情の出し方が“うますぎる”女。何かを通している側の気配が濃くなってきました。


◆ナツ

重くなりすぎる空気を戻す担当。今回も遠慮なくツッコミを入れています。


◆タニシ

湿度担当。今回も無駄に元気ですが、ちゃんと空気は悪くしています。


◆セキ

乾いた共同体の住人。「悪魔の倉庫」という古い呼び名を出し、今回の不穏の輪郭を一段深くしました。


■今回の話のポイント


今回は感情ノード編の中盤として、

・ステラがアモに惹かれる理由

・ルースの合理性の怖さ

・カナエの職業倫理

・アモの裏にある“別の何か”

を前に出しています。


72話時点では、まだ正体の全部は出していません。

ただし、「感情を与える代わりに、何かを削る存在」が動いていることだけは、はっきり見えてきた段階です。


■マスターの現在ステータス(簡易)

名前:NO NAME(通称:マスター)

状態:生存

等級:白磁相当

主な変化:感情ノード周辺の影響で、感情反応の揺れが増加中


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読んでいただきありがとうございます。
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