第71話 感情ノード編03 おっさん、廃村で女性と出会う
廃村に、夜になると煙が出る。
セキがそう言っていた。近づかない方がいい、という者もいると。
だから俺たちは昼間に入ることにした。
キャリアをセキに聞いた廃村の手前で止めた。
カケルが「入るなら徒歩だ」と言った。「音が響く」
砂漠の廃村に、エンジン音は似合わない。それ以上の理由があるような気もしたが、カケルが言うなら間違いないだろう。
タニシが窓の外を見て呟いた。
「徒歩でゴザルか……拙者は車の中で待機してたいであります!」
「昨日、黙れたんだから歩けるっす」
ナツが涼しい顔で言う。
「それとこれとは別でゴザル」
ぶつぶつ言いながら、タニシは降りた。
――― ―――
村に入ると、最初に気づいたのは風だった。
砂漠の風は、普通は通り抜けるだけだ。何も引っかからず、何も留まらず、ただ砂を運んで消える。
ここは違った。
村の中心あたりで、風が少し止まる。何かに当たって、戸惑っているみたいに。
「……ここ、誰かがいた」
ミコが呟いた。
「いた、か?」
「今も、いる」
俺は村の中を見回した。
崩れかけた石の壁。砂に埋もれた扉の枠。かつて窓だったらしい穴。人が住んでいた痕跡だけが残って、人がいない。
ただ一つだけ、普通と違うものがあった。
白い砂だ。
村の中に、点々と散らばっている。砂漠の砂より色が薄く、粒が細かい。指でつまむと、僅かに温かかった。
「……これ、焼けてる」
「燃えた砂か?」
ルースが静かに言った。
「NODE02の残滓反応。この砂、感情の澱が燃えた後に近い」
感情の澱。
その言葉が、妙に引っかかった。
ノエルが前を歩きながら「じゃあここで何かが——」と言いかけて、足を止めた。
地面を見ていた。
屈んで見ると、小さな靴の跡があった。子供のサイズだ。しかも一人分じゃない。何人分かの足跡が、同じ方向に向いて並んでいた。
「……子供が、いたんですね」
ノエルの声が、少しだけ低くなった。
「ああ」
足跡を追った。村の中心に向かっている。
――― ―――
井戸があった。
石積みの、古い井戸だ。縁が擦り減って、長く使われてきたのが分かる。
その縁に、女が座っていた。
若い。二十代の前半くらいだろうか。砂除けの布を頭から被って、こちらを見ている。逃げない。警戒もしない。穏やかに、ただ穏やかに、笑っていた。
「旅人さん? 珍しい」
声が甘かった。表情がよく動く。感情が豊かで、キャラバンの人間たちとは別の生き物みたいだった。
「ここに住んでいるのか」
「住んでいるというか——いる、という感じかな」
「一人か」
「今は」
含みのある言い方だった。
ステラがずっと女を見ていた。ルースが「ステラ?」と呼んでも、すぐには返事しなかった。
それからゆっくりと、囁くように言った。
「……このひと、すごい」
「何が」
「感情が、いっぱいある」
――― ―――
女は自分から話し始めた。
アモという名前だった。
泣きたい人間がいれば、傍らに立ってやる。怒りたい人間がいれば、同じようにする。感情を出せない場所で生きてきた人間たちに、感情の居場所を教えてやる。それが自分の仕事だと言った。
「助けているんだ」
嘘ではなかった。
本気でそう思っている声だった。
「代わりに何かもらうのか」
アモが少し考えた。
「もらっていないと思う」
「思う、か」
「気づいていないだけかもしれない。でも、あげたくてあげているから」
そのズレが、妙に引っかかった。
ルースがそのやり取りを聞きながら、静かに何かを演算していた。途中で、何かに気づいた顔をした。
でも、その場では何も言わなかった。
ステラはずっとアモの顔を見ていた。
――― ―――
「ここに子供が来ることがあるか」
アモの表情が、微かに変わった。
「……来ることがある」
「どこから来る」
「砂漠の、いろんな場所から。感情を持っているのに、出せない子たちが」
「今も、どこかにいるか」
アモが少し考えた。
「夜になれば、分かる」
それだけ言って、井戸の縁に腰を下ろした。話が終わった、という仕草だった。
キャリアに戻ろうとした。全員がついてくる。
ステラだけが少し遅れた。
振り返ってアモを見た。アモが小さく手を振った。
「またくるねー!」
ステラが言った。アモが「うん」と答えた。
俺は何も言わなかった。
ステラが俺の隣に並んだ。その顔を横目で見て、小さな手で俺の手を握った。
いつもの顔だ。でも、何かが少し違う気がした。
――― ―――
キャリアの中。
「ビーコンを飛ばすぞ」
ルースが「黄塵圏外縁まで届くか不明。試みます」と言って作業を始めた。
雑音だらけの通信が開いた。
向こうから、イツキの声が混じって聞こえてくる。
「(ザ――というノイズ)……聞こえてる。何があった」
「子供がいる。ここに来ている。引き取れる準備をしてくれ」
「(ノイズ混じり)人数は」
「まだ分からない。でも、一人じゃない」
そこで、通信が途切れた。
ルースが「送信を確認。最後、確実に受信されたかは不明」と言う。
「届いた、とおもうー」
ステラが呟いた。
「根拠は」
「……なんとなく」
それで十分だと思った。
――― ―――
同じ頃、遠く離れた場所で。
イツキがビーコンの受信記録を台帳に転記した。
「ギルマスに上げる」
立ち上がりながら言う。ミツキが「はい」と頷いた。
ギルマスが地図を広げた。黄塵圏の方角を指が辿る。
「……子供、か」
長い沈黙があった。
隅の席に、ガロがいた。
酒に口をつけたまま、動かなかった。地図を見ていた。いや、地図の向こうを見ていた。
「……行く」
誰に言うでもなく、立ち上がった。
「一人でか」とギルマスが聞く。
「誰か行けるなら連れていく」
「理由は」
ガロが少し間を置いた。
「……昔のことだ」
それだけだった。
ギルマスが何も聞かなかった。
イツキがミツキと目を合わせた。ミツキが小さく頷く。
「キャリアを回せるか確認してみます」
イツキが台帳を閉じた。
――― ―――
【Z.E.U.S 観測ログ】
記録時刻:——
観測対象:群体ID 0044
記録:
・主対象、引き続き追跡不能。
・別観測網より感情波形の急上昇を検出。
・NODE02〈感情〉との共鳴反応、上昇傾向。
・感情流通異常を別系統で確認。発生源、特定作業中。
所見:
観測空白の中で、NODE02が動いている。
主対象との接触が、引き金になった可能性あり。
——注視する。
つづく
■ゲーマーおっさん解説!
ゲームでいちばん性格が出るのって、派手な必殺技より「どっちを捨てるか」みたいな嫌な二択だと思うんですよね。『タクティクスオウガ』みたいな選択の重い作品もそうですし、『女神転生』みたいに合理で切るか情で拾うかを迫られる作品も印象深い。勝つために切るのか、負けるかもしれなくても拾うのか。その選び方に、プレイヤー本人が出る。ゲームって、結局そこが一番怖いし面白いんですよね。
『登場人物紹介』
・マスター
廃村に踏み込んで、アモと話した。足跡が子供のものだと気づいた。「それで十分だ」と思えるようになってきている男。少しずつ、この旅に慣れてきている。
・アモ
今話の新登場。井戸の縁に座っていた。感情が豊かで、表情がよく動く。キャラバンとは別の生き物みたいだった。「もらっていないと思う」という言い方に、本人が気づいていないズレがある。
・ステラ
アモに初めて会った瞬間から釘付けだった。「感情がいっぱいある」という言葉が今話の核心でもある。「またくる」と勝手に約束して去った。いつもの顔だが、何かが違う気がした。
・ルース
アモのやり取りを聞きながら何かに気づいた。でも言わなかった。この「言わなかった」が後で効いてくる。
・ノエル
足跡を見つけた。「じゃあここで何かが——」と言いかけて止まった。止まれたのは成長かもしれない。
・ミコ
「今も、いる」と感知した。それだけで十分だった。
・タニシ
「徒歩でゴザルか」と言いながら降りた。そういうキャラだ。
・ガロ
るすとで「行く」と立った。「昔のことだ」しか言わなかった。でも全員が察した。
・ギルマス・イツキ・ミツキ
るすと側でビーコンを受け取り、動き始めた。
【今回の解説】
感情ノード編03は、アモとの初接触回です。
アモは「助けている」と本気で思っている。でもルースは何かに気づいて言わなかった。この非対称が次話以降の核になります。
ステラがアモに強く引き寄せられた理由は「感情がいっぱいある」から。でも実態はアスモデウスのコードと残滓だけ——その落差が、後のステラへのショックの布石になっています。
ガロが動きました。「昔のことだ」の一言だけ。ロストチルドレンとの関係は、まだ言わない。
【主人公の現在のステータス】
名前 :NO NAME
等級 :白磁(非戦闘登録)
状態 :調査中・腰痛(慢性)
現在地 :黄塵圏廃村・周辺
同行者 :ルース・ステラ・カケル・ナツ・ノエル・シズク・タニシ・ミコ
次の予定:夜の廃村・子供たちとの接触
備考 :ビーコン送信済み・ガロ移動開始
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