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異世界ゲームバー転生おじさん(42)、世界のバグになる。  作者: 勇者ヨシ君
感情ノード編

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第70話 感情ノード編02 おっさん、感情を出してはいけない夜の宿泊

 感情を出すと、荷物を捨てたことになる。  荷物を捨てた者は、キャラバンから降りる。  タニシは三秒で捨てられかけた。

 日が傾き始めた頃、カケルが言った。


黄塵圏(こうじんけん)で野営は無理だ」


 理由は二つ。砂漠の夜は冷える。それとキャリアの燃料消耗(しょうもう)が予想より早い。どちらも見た目には分からないが、カケルが言うなら間違いない。


 前方を走るキャラバン隊の(ほろ)が、夕日に赤く染まっている。


「......やつらに頼むしかないか」


「ほかに選択肢はねぇ」


 俺は降りて、隊列の先頭へ歩いていく。


 隊長らしい男が振り返った。日焼けで黒くなった顔。表情はない。ただそこにある顔だ。


「うちに、整備ができる者がいる。キャラバン車両の整備をする代わり、一晩、同行させてほしい」


 男が俺が手で示したほうにいる、酒を飲みだしたカケルを一(べつ)した。値踏みするわけでも警(かい)するわけでもない。ただ、見た。


 少しの間があって、男が口を開いた。


「いいだろう。だが―ー、一つだけ、聞け」


「なんだ?」


「我々のキャラバンでは、感情を外に出すことを禁じている」


「……理由は」


「感情は荷物だ。荷物を捨てた者はキャラバンから降りる。それがここのルールだ」


「降りる、というのは」


「《《置いていく》》」


 男が淡々(たんたん)と言った。


「我々は立ち止まれない。泣く者、怒鳴る者、(わめ)く者——感情を(あら)わにした者は、その場で荷を降ろして砂漠に残す。例外はない」


「……仲間でも、か」


「仲間だからこそだ」


 男が前を向いた。


「感情が伝染(でんせん)する。一人が崩れると、隣が崩れる。それが()み重なれば、隊列(たいれつ)瓦解(がかい)する。砂漠ではそれが死に直結する」


 俺はは少しの間、男の横顔(よこがお)を見た。


「お前たちがそのルールを守れないなら、同行は認めない。破った場合は即座(そくざ)に排除に動く。それだけだ」


 「分かった」


 男が無言で頷いた。


 それを見てキャリアに戻ると、全員が俺の顔を見た。


「今夜の宿は大丈夫そうだ。ただし――感情を出したら、即座に排除される」


 しん、と空気が落ちた。


「……置いていかれる、ってことっすか。この砂漠に。」


 ナツが聞く。


「ああ」


  タニシが「……拙者(せっしゃ)、感情が(ゆた)かなんですが」と言い、ナツが「知ってるっす」と返した。


 「どうすればいいんでゴザルか」


 「とにかく、黙ってるっす」


 「拙者(せっしゃ)に黙れというのは肺に黙れというようなもので——」


 「黙れっす」


 「……承知(しょうち)でゴザル」


 ノエルが「頑張りましょう、タニシさん」と言った。タニシが「ノエル、お前だけが友達でゴザル」と言った。



   ―――  ―――



 キャリアが野営地に入った瞬間、全員の鼻が(はたら)いた。


 乾燥肉と豆を煮た匂いが漂っている。シンプルだ。派手じゃない。でも確かに本物の食べ物の匂いだった。


「……」


 タニシが窓の外を見て固まった。


「……」


 ナツも同じ顔をしていた。


「……」


 ノエルがマスターの袖をそっと引いた。


「あの―ー、うまそうです。なんとか交渉できませんか」


「やってみる」


 俺が短く答えた。ノエルが「お願いします」と両手を合わせた。



   ―――  ―――


 交渉の結果、彼らの夕食の場に混ぜてもらえることになった。


 乾燥肉と豆の鍋。一口食べた瞬間、全員が黙った。旅の疲れと人工食料の記憶が重なって、言葉が出なかった。


 うまいっ!


 ただ、それだけだった。


 キャラバンの人間たちが無言で食べている。声がない。箸を置く音と、風の音だけがここにある。


 マスター「……うまい」

 カケル「ああ」小さい声で、感情を押し殺す。


 しかし、タニシが我慢しきれなくなっていた。


「うまいっ!!」大きな声は、静かな夜を殺すのに十分な音量だった。


 一瞬で、野営地の全員の目がタニシに集まる。


 静寂(せいじゃく)


 焚き火の音だけが残る。パチ……パチ、と木が()ぜる音だけが耳に残る――。


 次の瞬間。


 ナツがタニシの脇腹(わきばら)を無言で肘打(ひじう)ちした。

 タニシが「ぐっ」と声を()む。


 マスターがタニシの足を無言で踏んだ。

 タニシが「んっ」と鼻から息を出す。


 ノエルが後ろから背中を無言でチョップした。

 タニシが前のめりになる。


 カケルがタニシの後頭部を無言でデコピンした。

 タニシの眼鏡がずれる。


 シズクがタニシの腕を無言でつねった。

 タニシが涙目になる。


 全員が一切声を出していない。

 タニシも声を出せない。

 無言の制裁が、静かに、丁寧に、全員から届いた。


挿絵(By みてみん)


 長老格の女がゆっくりとタニシの方を向く。


 タニシが石になった。


 マスターが即座に言う。


「……荷物の重さが思ったより軽かったと言っていた」


 長老が少し間を置いて、目を逸らした。周囲の空気が、ゆっくりと戻る。


 タニシが震えていた。涙目のまま、声だけは出さない。


 ナツが耳元で(ささや)く。


「次やったら、マジで置いてくっす」


 タニシが無言で何度も頷いた。


 ノエルがマスターに小声で聞く。


「あの、俺ら全員で殴ったのに誰も音立てなかったの、すごくないですか」


 マスターが「俺たちも慣れてきてるんだろ」と言う。


 ノエルが少し考えた。


「……それはそれで怖いですね」



   ―――  ―――



 食後。俺は焚き火から少し離れたところに座っていた。


 いつの間にか、隣に老いた男がいた。声もなく、気配もなく、ただそこにいる。平坦な顔。(しわ)が深い。目だけが、見たものを全部覚えているような(つか)れ方をしていた。


「旅人は、感情を見せても生きていける場所から来たのか」


 マスターが「……その通りだ」


(うらや)ましい」


 少し間があった。男が自分の言葉にハッと気づいたように止まる。


「……今、ワシは(うらや)ましいと言ったか」


「ああ」


「ワシに、そういう感情が残っていたのか……」


 自分で(おどろ)いている。驚いている顔ではなかったが、声が一瞬だけ止まった。


 マスターが言う。


「捨てたつもりでも、残るもんも、あるんじゃないか」


「そうかもしれん」


 男がゆっくりと立ち上がった。キャリアの方を見る。ルースとステラが窓の向こうで何か話しているのが見えた。


「あの子たちは」


「ああ」


「感情を持ったまま、旅をしているのか」


「そうだ」


「大事にしてやれ」


 それだけ言って、男は戻っていった。


 マスターがその背中を見た。


 彼の名はセキ、と後で聞いた。長くキャラバンにいる古参だと、誰かが教えてくれた。



   ―――  ―――



 キャリアの中。ルースとステラが話していた。


「感情を出さないを、試してみる」


「なぜ」


「あのひとたちが何を感じてるか、同じになれば分かるかもしれない」


 ルースが少し考えた。


「……論理(ろんり)的ではある」


「でしょ」


 ステラが感情の出力を抑えようとした。


 静かになった。目が少し遠くなった。


「だいじょうぶ」「悲しくない」「さびしくない」


 小声で自分に言い聞かせるように繰り返す。


 扉が開いて、マスターが入ってきた。


「ステラ?」


「……だいじょうぶ」


 その声がいつもと違った。平坦(へいたん)だった。感情の起伏がなかった。マスターが止まる。


「……《《止めろ》》」


「なんでー?」


「お前がお前じゃない気がする」


 ステラが少し考えた。


「……やめる」


 あっさり言った。


「なんだ、できたのか」ルースが尋ねる。


「できた」「でも」


 少し間があった。


「……(こわ)かった」


「何が」


「ぱーぱが、心配した顔したから」


 ルースが小さく言った。


「……私も」


「何」


「同じ気がした。お前がお前じゃないって」


 ステラがルースを見た。ルースが窓の外を見た。


 マスターが「二度とするな」と言った。ステラが「しないー!」と言った。


 この話は、それで終わった。


 でも、この会話はしばらく誰も忘れないと三人は思っていた。



   ―――  ―――



 深夜。


 ミコが外で空を見ていた。


 キャラバンの子供が一人でいた。七、八歳くらいだろうか。眠れない、という顔ではなく、眠る場所が分からない、という顔をしていた。


 ミコの隣に、黙って座った。ミコも何も言わなかった。


 焚き火が(くすぶ)っている。砂漠の夜が冷えていく。


 しばらくして、子供が言った。


「……泣くと、おいてかれる?」


「……知らない」


「ないたことない。でも、なきたいときある」


「……そうか」


「ミコは?」


 ミコが少し考えた。


「ある」


「泣くか?」


「……泣き方、わからない」


 子供が「おれも」と言った。


 それだけだった。


 二人が並んで空を見ていた。星が多かった。遮るものが何もないと、星はこんなに多くなる。


 ミコの感覚が、砂漠の奥で何かが揺れているのを(とら)えた。


 遠い。でも確かにある。


 焦げる感じではない。昼のにおいでもない。


 泣きたいのに泣けない、何か(おお)きなものが、そこにいる気がした。



   ―――  ―――



 翌朝。


 砂漠の夜明けは早い。まだ空が白んでいる(ころ)に、キャラバンはもう動き始めていた。感情を出さない人間たちは、おはようも言わない。ただ、黙々(もくもく)と荷を積み、黙々(もくもく)(けもの)(くら)を置く。その手際(てぎわ)だけが、妙に(あざ)やかだった。


 カケルが一晩整備した礼として、乾燥肉と豆袋が荷台に置かれていた。無言で置かれていたので、いつ置かれたのか誰も見ていない。


「……増えてる」


 ナツが荷台を(のぞ)き込んで言った。


「交渉したのか」


 マスターがノエルを見ると、ノエルが少し照れた顔をした。


「あの、昨夜のうちに。タニシさんのナッツを見せたら、向こうから声をかけてきてくれて」


「ああ、あの《《ナッツ》》か」


貴重品(きちょうひん)扱いだったみたいです。交換(こうかん)条件(じょうけん)として成立したらしくて」


「よくやった」


「ありがとうございます」


 タニシが「拙者(せっしゃ)のナッツが……!」と目を潤ませた。

 ナツが「昨日黙ってた甲斐(かい)があったっすね」と言った。

 

 「そうでゴザルよ! 昨日の屈辱(くつじょく)が報われたでゴザル!!」

 

 「屈辱? ルール違反したのはお前っすよ」

 

 「それはそうでゴザルが……!」


  そこにノエルが「まあ、結果的に役に立ったので」とフォローした。

 

 「ノエル殿ぉぉぉ……!」

 

 タニシは感極まって泣いている。


 「でも、持ってきたの、一個だけだったッス」ナツがトドメを言った。


―――――


 出発の準備が(ととの)い始めた頃、人の気配(けはい)がした。


 振り返ると、セキが立っていた。


 昨夜と同じ顔だ。(なぎ)いだ湖面(こめん)みたいに、何も(うつ)していない。ただ、目だけが違う。あの目だけが、どこか遠くを見るような(つか)れ方をしていた。


 マスターを見た。ルースとステラを見た。少しだけ、双子のところで視線が止まった。


「……この先に、廃村(はいそん)がある」


「人が住んでいるのか」


「誰も住んでいない。だが——」


 セキが少し間を置いた。躊躇(ちゅうちょ)ではない。ただ、言葉を選んでいる。


「夜になると、煙が出ることがある。炊事(すいじ)の煙じゃない。何か別のものが()えているような」


「何かいるのか」


「近づかない方がいい、という者もいる。ただ」


 セキの目が、マスターを()っすぐ見た。


「お前たちは近づくのだろう」


 問いでも忠告(ちゅうこく)でもなかった。ただの確認(かくにん)だった。


「ああ」


 セキが小さく(うなず)いた。それで終わりだった。何も()()さず、(きびす)を返して隊列(たいれつ)に戻っていく。


 マスターはその背中を少しの間だけ見た。


 何かを言いたかったのかもしれない。でも言わなかった。


 それがセキという人間の、今できる(せい)いっぱいだった気がした。


 カケルがキャリアの(わき)で腕を組んでいた。


「……行くんだろ」


「ああ」


「だと思った。車の準備はできてるぜ!」



 キャリアが動き出す。


 ミコが窓の外を見ていた。


 昨夜より、熱が近づいている。


 続く


   ―――  ―――


【Z.E.U.S 観測(かんそく)ログ】

記録時刻:——

観測(かんそく)対象:群体(ぐんたい)ID 0044(通称:マスター一行)


記録:

・ステルス干渉(かんしょう)継続。追跡(ついせき)不能。

別観測(べつかんそく)(もう)より微弱(びじゃく)感情(かんじょう)波形(はけい)検出(けんしゅつ)

・NODE02〈感情(かんじょう)〉との接触(せっしょく)間近(まぢか)推定(すいてい)

当該(とうがい)波形(はけい)発生源(はっせいげん)、特定不可(ふか)


所見(しょけん)

 観測(かんそく)空白(くうはく)(つづ)いている。

 しかし、NODE02が(うご)いている。

 ——(だれ)かが、(ちか)づいている。


   つづく


■ゲーマーおっさん解説!


盤面が変わり続けるゲームって、今見えてる形だけで考えると負けるんですよね。『ぷよぷよ』や『テトリス』みたいな落ちもの系はまさにそうで、目の前の処理だけじゃなく、その次、その次まで見ていないと一気に詰みます。静かなゲームほど、頭の中はめちゃくちゃ忙しい。派手に爆発しなくても、じわじわ追い込まれていく怖さがあるんです。変化する盤面って、戦場よりも正直だったりするんですよね。


【今回の登場人物ざっくり紹介】


・マスター

 「荷物の重さが思ったより軽かったと言っていた」で場を(しの)いだ。今回最大の功績。セキと焚き火の外で話した。「大事にしてやれ」という一言を持ち帰った。


・タニシ

 3秒でルール違反した。全員から無言の制裁を受けた。涙目のまま声を出さなかったのだけは偉い。翌朝ナッツ交渉が実を結んで名誉回復。


・ナツ

 肘打(ひじう)ち担当。迷いがなかった。「次やったら置いてくっす」は本気の目をしていた。


・ノエル

 「それはそれで怖いですね」が今話の()め言葉。全員が無言で制裁できることへの正しい違和感(いわかん)を持っている。翌朝の交渉も成功させた。今話の縁の下。


・カケル

 後頭部デコピン担当。音を出さずにデコピンできる技術があることが判明した。整備の礼で乾燥肉をもらった。一晩寝ていない。


・シズク

 腕つねり担当。医療職なので患部(かんぶ)把握(はあく)が正確だったと思われる。


・ルース

 ステラの「感情を出さない実験」に「論理(ろんり)的ではある」と言ってしまった。でも止めた。「お前がお前じゃないと思った」は今話のルース最大の発言。


・ステラ

 実験は3秒で成功、即やめた。「怖かった」の理由がぱーぱの顔だった。今話で一番大事なことを言った。


・ミコ

 「泣き方、わからない」。子供と二人で星を見た。NODE02の熱が昨日より近い。


・セキ

 初登場。「(うらや)ましい」と言って自分で止まった男。廃村の情報をマスターにだけ教えた。目だけが疲れている。


【今回の話の解説】

 感情ノード編02は、「ルールを体験する回」として設計しました。

 感情を出してはいけない文化を「説明」するのではなく、タニシが体でぶつかって、全員が無言の制裁で応じる——この一シーンだけで、このキャラバン文化圏のルールの重さが伝わるようにしています。

 セキの「(うらや)ましい」は、感情を捨てたはずの人間にまだ感情が残っていたという発見です。本人が一番(おどろ)いていた。

 ステラの「感情を出さない実験」は、今後の展開への布石(ふせき)です。「できた」「でも怖かった」——感情があることの価値を、失いかけることで初めて実感する場面にしました。


【主人公の現在のステータス】

名前  :NO NAMEマスター

等級  :白磁(非戦闘登録)

状態  :移動中・腰痛(慢性)・砂漠野営一泊

現在地 :黄塵圏(こうじんけん)砂漠地帯・キャラバン野営地を出発

所持  :地域トークン(少量)・乾燥肉・豆(交渉で入手)

同行者 :ルース・ステラ・カケル・ナツ・ノエル・シズク・タニシ・ミコ

次目標 :廃村(セキ情報)→NODE02〈感情(かんじょう)


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