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異世界ゲームバー転生おじさん(42)、世界のバグになる。 〜看板は酒場、ノルマは命。AI神権に管理された世界で、名前のないマスターは今日も死に戻る〜  作者: 勇者ヨシ君
ムーニャン&コハク修行編

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幕間 修行編02「ムーニャン、強さを問われる(コハクが先に答えを出した)」

猫耳族の秘拳、氷牙拳(ひょうがけん)

習得条件は「感情を外だけ凍らせて、芯まで冷めさせない」こと。

……問題は、その前に「なぜ強くなりたいのか」を聞かれてしまったことだ。

 修行初日の朝は、夜明けよりも早かった。


 空がまだ青黒い。日が昇るには時間がある。

 石と氷の道場に、白い息が漂う。


 コハクはすでに道場の前に立っていた。

 (シノビ)の習性だ。夜明け前に目が覚める。眠れないのではなく、体が勝手に起きる。


 少し遅れて、ムーニャンが目を(こす)りながら出てきた。


「お前……早すぎるアル」


「修行とはそういうものでゴザる」


「誰が決めたネ」


「古今東西、師匠というものは弟子を早起きさせるでゴザる」


 ムーニャンが「理不尽(りふじん)アル」と呟いた。


 集落の若い戦士たちが次々と集まってくる。

 みな体格がいい。目つきが鋭い。

 コハクを見て「旅の者か」と小声でざわめく。


 その中に、ライガがいた。


 昨日と同じ真剣な目で、ムーニャンを一度見て、それからコハクを見た。

 何も言わない。ただ、そこにいる。


「……あの方、また見ているでゴザるが」


「気にするなアル」


「気になるでゴザる」


 ムーニャンが「ほっとけばいいネ」と欠伸(あくび)をした。

 ライガは何も言わなかった。少しだけ目を細めて、前を向いた。


―――   ―――


 ムーニャンの父――無双(ムソウ)が道場の中央に立った。


 若い戦士たちが横一列に並ぶ。

 ムーニャンとコハクは端に立った。


氷牙拳(ひょうがけん)を授ける前に、一つ答えろ」


 無双の声は低く、短かった。


「お前たちは、なぜ強くなりたい」


 道場が静かになった。


 コハクが少し考えた。

 それほど長くはかからなかった。


「……守りたいものが、増えたでゴザる。このままでは追いつけないと感じているでゴザる。それだけでゴザる」


 無双が無言で(うなづ)いた。


 ムーニャンが「よしアル、さっそく修行に——」と前へ出た。


「お前にも聞いている」


「……分かってるアル」


 ムーニャンが一瞬だけ止まって、それから口を開いた。


「もっと強くなりたいアル!」


「それは理由ではない」


「……負けたくないからアル!」


「それも理由ではない」


「勝ちたいからアル!」


「同じことだ」


 ムーニャンが「うみゅ~」と詰まった。

 少し間があいた。


「……強い方がかっこいいアル!」


 コハクが「だんだん適当になっているでゴザる」と呟いた。


 無双が溜息(ためいき)をついた。


「……昔と変わっていないな」


「変わってるアル!」


「どこがだ」


 ムーニャンが「……にゃ」と言葉に詰まった。


 無双がしばらく娘を見ていた。

 それから、思い出したように言った。


「そういえば、お前から手紙が来た」


「……手紙ネ?」


「旅の仲間の話が、ずいぶん書いてあった」


 ムーニャンの耳が横に倒れた。


「書いてないアル」


「書いてあった」


「絶対に書いてないアル!」


「マスターとかいう者の話が、三行あった」


 コハクが「……三行も」と呟いた。


「書いてないアル!!」


「最後の一行は『早く帰りたい』だった」


「違うアル!! 違うネ!! 絶対に違うニャン!!」


 ムーニャンの否定に三種類の語尾が混じった。

 無双が「……落ち着け」と言った。


 ライガが静かに前を向いたまま、何も言わなかった。


 コハクが小声で「……手紙、気になるでゴザる」と言った。

 ムーニャンが「コハクも黙るアル!!」と叫んだ。


 無双が一度だけ目を閉じて、開いた。


「答えは、修行の中で見つけろ。ただし——」


 二人を見た。


「見つからないうちは、貴様の拳に氷牙(ひょうが)は宿らない」


挿絵(By みてみん)


―――   ―――


 午前の稽古は基礎体術だった。


 構え。踏み込み。重心移動。

 繰り返す。また繰り返す。


 ムーニャンはよく動いた。体が覚えている型がある。

 コハクは静かに倣った。動きが違う。でも無駄がない。


 ライガが途中でコハクの前に立った。


「……一本、手合わせお願いできますか」


 静かな申し出だった。


 コハクがムーニャンを見る。ムーニャンが「やってみるアル」と目で言う。

 無双は何も言わなかった。


 二人が向かい合った。


 ライガが踏み込んだ。速い。重い。

 コハクが半歩引いて、重心を逃した。

 ライガの拳が空を打つ。

 コハクが(ひじ)を添えて、その攻撃を受け流した。

 

 ――ライガが体勢を崩した。


 一瞬だった。


「……なるほど」


 ライガが静かに言った。悔しがらない。騒がない。ただ、立ち直る。


「...なるほど。それが――忍びの動き方か」


「でゴザる。力ではなく、受け流すでゴザる」


 それだけ聞くと、ライガはコハクに無言で一礼した。

 

 ムーニャンが「ライガ、強いのにあっさり負けるネ」と言った。

 ライガが「……無念殿の仲間は、一筋縄(ひとすじなわ)ではないようだ」と静かに返した。


 コハクが「褒められたのでゴザるか」と首を傾げた。


―――   ―――


 午後は、氷牙拳(ひょうがけん)の初歩に入った。


「まず、氷気(ひょうき)呼吸(こきゅう)から覚えろ」


 無双が言った。


「体の内側に、冷たい気を通す。外へ出すな。ためておけ。打つ瞬間まで」


「……ためた冷気で一気に損傷(そんしょう)させるのでゴザるか」とコハクが聞く。


「外は無傷でも内が凍る」


 コハクが思わず「怖いでゴザる」と言った。


「習得条件は一つだ」


 無双が二人を見た。


「感情を()()()()()()()。芯まで冷めるな」


「……どういう意味でゴザるか」


「怒っていい。悲しんでいい。熱くていい。だが外は静かにしろ。内の火を消すな、外の氷を割るな」


 コハクが黙った。

 ムーニャンも黙った。


 無双が「分かったか」と聞く。

 二人が「「……分かりません(でゴザる)(アル)!」」と同時に答えた。


 無双が大きな口を開けて、ガハハと豪快に笑った。


「正直なところはいい。明日から猛特訓を始める」


 コハクが目を閉じた。

 静かに息を整える。


「……心法(しんぽう)に近いでゴザるな」


「知っているか」


「似たものを、少しでゴザる」


 無双が「ならば習得も早い」と言った。


 コハクが数回呼吸(こきゅう)して、拳を握った。

 体の内側が、わずかに冷えた。


「……感じるでゴザる」


 ムーニャンがそれを横で見ていた。


 自分もやってみる。息を吸う。冷たい気を通そうとする。

 通らない。

 押し込もうとすると、感情が先に出てくる。


「……外に漏れているぞ」


 無双に言われた。


「漏れてないアル!」


「今漏れた」


「……悔しいアル!」


「また漏れた」


 コハクが静かに目を開けた。

 何も言わなかった。


 ムーニャンが「コハク殿、笑うなニャン」と言った。

 コハクが「笑っていないでゴザる」と返した。


 確かに笑っていなかった。

 ただ、目がわずかに細くなっていた。


「感情を出しすぎる性質だ」


 無双が娘に言った。責めていない。事実として言っている。


「凍らせようとするたびに、全部冷えていく。芯まで一緒に冷えている」


「分かってるアル……」


「分かっていても、できないのが技だ」


 ムーニャンが拳を握って、離した。


挿絵(By みてみん)


―――   ―――


 夜。

 石と氷の宿、狭い部屋。


 外で風が唸っている。

 氷が(きし)む音がする。


 コハクが天井を見ながら呟いた。


「……今日は負けたでゴザるな」


「何にアル」


氷気(ひょうき)呼吸(こきゅう)、でゴザる。感じただけで使えてはいないでゴザる」


「アタシはそれすら感じられなかったアル……」


 しばらく黙った。


「ムーニャン殿は、昔も習おうとしたのでゴザるか」


「昔はあったネ。でも感情を全部冷やしてやろうとしてたアル。それじゃ駄目だって言われたにゃ」


「今は違うのでゴザるか」


 ムーニャンが少し間を置いた。


「……今は、守りたいものができたアル」


「誰でゴザるか」


「秘密ネ」


 コハクが天井を見たまま、黙った。


 守りたいもの。


 自分には、あるだろうか。

 いや——ある。

 既にある。


 問いは、そこではなかった。


 問題は今日の朝、道場で言えたのに、今もまだ胸の奥がざわついていることだ。

 答えは出た。でも、出した後の方が、重い。


「……早く、合流したいでゴザるな」


 呟きは、小さかった。


 ムーニャンが聞こえたのか聞こえなかったのか、目を閉じたまま言った。


「……そうアルね」


 外で風が鳴った。

 氷が、また(きし)んだ。


―――   ―――


 翌朝、稽古の前に無双がムーニャンだけを呼んだ。


 道場の奥。他に誰もいない。


「昨日の問いに、まだ答えていない」


「……分かってるアル」


「あの犬は答えを持っていた。お前はまだ持っていない」


 ムーニャンが反論しかけた。止まった。


「……パパの言う通りかもしれないアル」


 無双が、少し目を細めた。


 娘が「かもしれない」と言ったのは、初めてかもしれなかった。


「焦らなくていい」


「焦ってないアル!」


「今焦った」


「…………」


 ムーニャンが黙った。

 それから、静かに言った。


「……答え、見つけてみるアル」


 無双が頷いた。何も言わなかった。


 それが、父の返事だった。


―――   ―――


 道場に戻ると、コハクが壁の型を眺めていた。


 氷を(まと)った拳が相手を打つ瞬間の図。


「……難しい顔してるネ」


「でゴザる。外だけ凍らせる、でゴザるが——外はどこまでで、内はどこからか、でゴザる」


哲学(てつがく)アル」


「技でゴザる」


 ムーニャンが横に立った。


 同じ図を、同じように見た。


 答えは、まだない。

 でも——昨日よりは、少し近い気がした。


「……修行、始めるアル」


「でゴザる」


 二人が同時に構えた。

 

 つづく



ここまでお読みいただきありがとうございます。


今回の登場キャラクターをご紹介します。


■ムーニャン(無念)

猫耳族の一人娘。「強いから強くなりたい」と言ってみたものの、全部ひっくり返された。答えは、まだない。


■コハク

忍者口調の犬獣人。朝は一番早く起きる。「守りたいものが増えた」と道場でさらっと言えてしまった人。夜、天井に向かって「早く合流したい」と呟いたことは、誰にも言っていない……たぶん。


無双ムソウ

猫耳族の長。厳しいが娘の「かもしれない」に少し目を細めた父親。手紙の件については本当に書いてあったのか、今だに不明。


■ライガ

婿候補として育ってきた若い戦士。コハクに一本取られても「なるほど」の一言で済ませる男。感情は目の中にある。


今回は「強さの理由」をめぐる話でした。コハクはすでに答えを持っていて、ムーニャンはまだ持っていない。その差は今後の修行編で埋まっていく……かもしれません。


次回、幕間 修行編03へ続きます。


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