幕間 修行編01 ムーニャン、故郷に帰る(帰りたくはなかったが)
帰ってきた。帰りたくはなかったが。
父は待っていた。婿候補も待っていた。
どちらもいらないと思っているのはムーニャンだけだった。
霧が晴れると、石壁と氷柱が混じった門が見えた。
獣人の見張りが二人、槍を持って立っている。
ムーニャンが堂々と歩いていく。
「ただいまアル」
見張りが二人同時に槍を下げた。
「お、お嬢! お嬢が帰ってきたぞ!」
「長に知らせろ!」
集落の奥から獣人たちがわらわらと出てくる。
ムーニャンが「大騒ぎしなくていいアル」と言うが誰も聞いていない。
コハクが半歩引いて呟いた。
「……お嬢、でござるか」
「言うなヨロシ」
ムーニャンが耳を横に倒した。
――― ―――
道場の前に、大柄な猫耳の男が立っていた。
白い毛並に太い腕。
目つきが鋭い。口元が厳しい。
娘とそっくりの耳が、まっすぐ立っている。
「……無念」
「父上アル」
ムーニャンが平然と返す。
父――無双が娘をじろじろと眺めた。
「生きていたか」
「当然アル」
「旦那はどうした」
間があった。
「……まだ探してるアル」
「何年探している」
「旅に出てからずっとネ」
「見つかっていないのか」
「縁がなかっただけアル」
無双が深い溜息をついた。
そこへ、道場の脇から一人の若い獣人が出てきた。
白混じりの栗色の毛並。
背が高い。肩が広い。
真剣な目でムーニャンを見ている。
「……無念殿、ご無事で」
「ああ、ライガネ。ありがとアル」
ムーニャンがさらっと流した。
ライガが「……お帰りなさい」と続けたが、ムーニャンはもう無双の方を向いていた。
コハクが小声で聞いた。
「……あの方は何者でゴザるか」
「婿候補らしいアル」
「それは大事では!?」
「マスターってのがいるあるネ」
コハクが「……え」と固まった。
ライガも固まった。
無双が溜息をついた。今日二度目だ。
無双の視線がコハクに止まる。
上から下まで眺める。
「……こやつか?」
無双の視線がコハクに止まった。
上から下まで眺める。
「違うでゴザル!!」
コハクが即座に否定した。
「第一、拙者はメスでゴザル!! 見て分からんのでゴザるか!!」
「……メス?」
無双が首を傾げた。
真剣に、もう一度上から下まで見る。
「……そうか」
「そうでゴザル!!」
「すまなかった」
「謝るくらいなら最初から見て分かってほしいでゴザル!!」
ムーニャンが「コハクは分かりにくいネ」と呟く。
コハクが「ムーニャン殿まで!!」とひっくり返る。
ライガが無表情のまま「……失礼しました」とコハクに一礼した。
コハクが「あなたまで間違えていたのでゴザるか!!」と叫ぶ。
無双が「婿候補でないならば、旦那ならもう少しまともな——」と言いかける。
「旦那でもないでゴザル!! なんでその結論になるでゴザるか!!」
ムーニャンが「騒がしいアル」と耳をぺたんと倒した。
ライガが遠くで静かに目を伏せた。
――― ―――
集落の大広間で歓迎の食事が始まった。
猫耳族の料理は概ね肉だった。
分厚い。熱い。塩が強い。
「……食べられるでゴザるか」
「食えアル。体が温まるネ」
コハクが恐る恐る口に入れる。
「……美味いでゴザる」
「でしょネ」
ムーニャンが満足そうに笑った。
ライガが向かいに座っていた。
真剣な目のまま、黙って食べている。
コハクがそちらをちらりと見て、小声でムーニャンに聞いた。
「……あの方、ずっとこちらを見ているでゴザるが」
「気にしなくていいアル」
「気になるでゴザる」
「婿候補として育てられてきたネ。ライガは真剣アル」
「ならムーニャン殿も――」
「マスターってのがいるある」
コハクが「……さっきも聞いたでゴザる」と呟く。
ムーニャンが「何度でも言えるアル」と笑う。
ライガが静かに箸を置いた。
何も言わなかった。ただ、少しだけ目が細くなった。
無双が横から「婿候補の話は後にしろ。今夜は食え」と打ち切った。
――― ―――
食後、無双が道場へ二人を連れていった。
壁に一族の型が彫り込まれている。
氷を纏った拳が相手を打つ瞬間の図。
「氷牙拳は外から凍らせる技ではない」
無双が言った。
「内から出す。打撃の瞬間に、体内の氷の気を相手の中へ通す」
「……凍らせるのでゴザるか」とコハクが聞く。
「損傷させる。外は無傷でも内が凍る」
コハクが思わず「怖いでゴザる」と言った。
「習得条件は一つだ」
無双が二人を見た。
「感情を外だけ凍らせろ。芯まで冷めるな」
「……どういう意味でゴザるか」
「怒っていい。悲しんでいい。熱くていい。だが外は静かにしろ。内の火を消すな、外の氷を割るな」
コハクが黙った。
ムーニャンも黙った。
無双が「分かったか」と聞く。
二人が「「……分かりません(でゴザる)」」と同時に答えた。
無双が初めて笑った。
「正直なところはいい。明日から特訓を始める」
――― ―――
夜。
石と氷の宿、狭い部屋。
コハクが天井を見ながら呟いた。
「……感情を外だけ凍らせる、でゴザるか」
「難しいネ」とムーニャンが隣で言う。
「ムーニャン殿は今まで習えなかったのでゴザるか」
「昔は感情を全部冷ましてやろうとしてたアル。それじゃ駄目だったネ」
「今は違うのでゴザるか」
ムーニャンが少し間を置いた。
「……今は、守りたいものができたアル」
コハクが「誰でゴザるか」と聞く。
ムーニャンが「秘密ネ」と言って目を閉じた。
外で風が鳴いた。
氷が軋む音がした。
コハクがもう一度、天井を見た。
守りたいもの。
自分には、あるだろうか。
いや――既にある。
ただ、認めるのが怖いだけだ。
「……早く、合流したいでゴザるな」
呟きは、誰にも聞こえなかった。
【登場キャラクター】
◆ムーニャン……猫耳族の長の一人娘。故郷に帰りたくなかったが帰った。婿候補には「マスターってのがいるある」と答える。本人は本気かどうか自分でも分かっていない。
◆コハク……でござる忍者口調。振り回されながらも「守りたいもの」という言葉が刺さった夜。
◆無双……猫耳族の長。厳格そうで娘に甘い。溜息が多い。でも指導者として本物。
◆ライガ……一族が決めた婿候補。真剣。ムーニャンに全く相手にされていないが、それでも真剣。哀しい。
【あとがき】
修行幕間①です。メインパーティと完全に切り離した独立視点回。
ムーニャンの出自を初めて描きました。「旦那を見つけてくる」で家を出た娘と、溜息しかつけない父と、真剣すぎる婿候補と、全く興味のないムーニャン。
コハクの「早く合流したい」は独り言です。誰にも聞こえていない。でも読者には聞こえる。
氷牙拳の習得条件「感情を外だけ凍らせる」は、次話以降でコハクとムーニャンそれぞれの課題として機能します。
ライガは今後も絡む予定のキャラです。真剣であればあるほど可哀想になっていく枠。
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