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異世界ゲームバー転生おじさん(42)、世界のバグになる。  作者: 勇者ヨシ君
記憶ノード編

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第68話 るすと帰還編02 おっさん、次の依頼が来る前に足元が揺れる

裏のムカデは子育て中だった。

フー子が珍しく話しかけてきた。

足元が、少しだけ揺れ始めている。


 帰還の翌朝。

 マスターがテーブルに台帳(だいちょう)を広げると、イツキが横からコーヒーを置いた。


「◎が三件。今日中にやった方がいいやつ」


「三件か」


「そう。一件目は補給路(ほきゅうろ)確認(かくにん)、二件目は荷物(にもつ)仕分(しわ)手伝(てつだ)い、三件目は――」

 

 イツキが少し間を置いた。

(うら)のムカデ」

 

 ガロが(はな)れた席から「そいつが一番緊急(きんきゅう)だ」と即座(そくざ)に言った。

 マスターが「緊急度(きんきゅうど)基準(きじゅん)()からん」と(つぶや)く。


「いや本当に(こわ)いんだよ。昨日の夜も(かべ)をひっかく音がして……」

「ムカデが?」

「でかいムカデが」

 

 ガロが「(おお)きさは」と()かれる前に両手を広げた。

 マスターの(うで)より少し(みじか)程度(ていど)のサイズを(しめ)す。


「……それは緊急(きんきゅう)だな」

「だろ!?」


 マスターが台帳(だいちょう)()じて立ち上がった。


「あたし行きますっす!」


 ナツが元気な声で、張り切って先頭に立つ。

 タニシが「拙者は後方――」と言いかけた瞬間(しゅんかん)

 ナツに首根っこを(つか)まれて引きずられていく。


「いでっ、引っ張らないでくださいでゴザル!」

「お前は黙って()()()()


 裏口を開けると、確かに”ソイツ(ムカデ)”はいた。


 ――想像以上に()()()


 体長、おそらく腕の長さくらいはある。

 節が多い。(あし)も多い。

 (つや)がある。見()れない(つや)がある。


「……ぎゃあ」


 タニシが(なさ)けない声を上げた。

 ナツが「静かにするっす!」と即座(そくざ)脇腹(わきばら)()く。

 タニシが「いてっ」と口を(おさ)える。


 ただし(かべ)隙間(すきま)半身(はんみ)をうずめていて、よく見ると卵が(なら)んでいる。


「コイツ……子育て中だ」


 マスターが(つぶや)いた。


「え゛」


 ガロが固まる。


「どうするっすか?」

「追い出すな。(ふさ)ぐだけでいい」

「わ、分かったでゴザル……って、拙者がやるんですか!?」

「おまえしかいない」

「なぜ!? ナツ殿は!?」

「あたしは見張りっす」

「見張りって何の見張りですか!!」


 タニシが「ひぃ」と言いながら板を持つ。

 (ふる)える手で隙間(すきま)に近づいていく。


 ムカデがわずかに触覚を動かした。

 タニシが「うわあああ」と後退する。

 ナツが「戻らないっす!」と背中を(おす)す。

 タニシが「押さないでくださいでゴザリまするぅ!」と泣きながら板をあてがっていく。


 何とか隙間(すきま)(ふさ)いだところで、タニシがへたりと(すわ)り込んだ。


「……()わったでっす...」


「お疲れ様っす」とナツが素直(すなお)に言う。

 ガロが「……それでいいのか」と複雑な顔をした。

 マスターが「いなくなったらいなくなった時でいい」と返す。


「先輩、意外と動物(どうぶつ)に優しいンすね」

「殺すのが...面倒だっただけだ」


 そこへ、裏口からミコが顔を出した。

 ちらりと(かべ)を見て、


「……ここ、こわくない」

 

 とポツリつぶやいた。


―――   ―――


 昼。


 ルースがカウンターの端に座って、イツキの帳簿を(のぞ)いていた。


「何してるんですか」とイツキが聞く。

「……勉強(べんきょう)


 イツキが「ふ~ん」と言いながらページをめくる。

 ルースが「この記号(きごう)は何ですか」と(ゆび)差す。

「依頼の優先度(ゆうせんど)だよ。◎が今すぐ、○が今週中、△が(ひま)な時」


 ルースが「では◎を全部抽出(ちゅうしゅつ)して並べ直した方が効率的(こうりつてき)では」と言う。

 イツキが「あ、そうじゃん」と素直に受け入れた。


 ルースが黙々(もくもく)と◎の依頼を()き出し始める。

 イツキが横で見ている。


「……ルースちゃん、こういうの得意なんだ」

「記録と整理は得意です」

受付(うけつけ)向きじゃん」

「……受付、とは何ですか」

「今やってることだよ」


 ルースが少し間を置いて「……なるほど」と言った。

 それからまた黙って作業(さぎょう)に戻る。


 ミツキが横で「なんか、(たの)もしいですね」と小声でイツキに言う。

 イツキが「ほんとに」と答えた。


 その作業(さぎょう)途中(とちゅう)で、イツキの手が止まった。

 昨夜のログを再び広げていた。


「やっぱおかしい」

「また見てるんですね」とミツキが(のぞ)き込む。


「この波形(はけい)、Z.E.U.Sのログでも冒険者タグでもない。でもルステラのパターンとも違う。もっと断片的(だんぺんてき)で、弱い」


「……前に見たことがある、って言ってましたよね」

「そう。でも思い出せない。記録(きろく)が途中で切れてて。切れる前の感じだけが残ってる」


 ミツキが静かに言った。


「……もしかして、これを出してるのって」


 イツキが顔を上げた。

 二人で目を合わせる。

 何かを口にする手前で止まった。


「マスターさんに話しますか?」

「……もうちょっとだけ調べてから」


 台帳(だいちょう)を閉じる。

 ルースが「作業(さぎょう)が止まっていますが」と言う。

 イツキが「ちょっと待って」と返した。


挿絵(By みてみん)


―――   ―――


 場所は変わり、ギルドのどこか――。

 珍しいことが起きた。


 フー子の方から、マスターに声をかけてきた。


「ちょっといいかえ?」


 (けむり)のそばに座るよう(あご)で示す。

 マスターが(いぶか)しみながら(こし)を下ろした。


 フー子が(けむり)を一口()って、ゆっくり()く。


「おぬし、()()()()()()のう」

「ああ」

「前より、重いぞよ」

「……重い?」


 フー子が「密度(みつど)が、」と言いかけて、少し黙った。


「うまく言えんが。前と変わった」

「何が」

「おぬしが変わった。持っとるものが増えた」


 マスターが「……荷物が増えた、みたいな話か」と返す。

 フー子が「そんな感じじゃ」と短く答える。


「それで?」

「それだけじゃ」

「それだけか」

「言うことがあったら言う、と言ったじゃろ」


 また(けむり)の向こうへ視線(しせん)が戻る。


 マスターが立ち上がりかけたところで、フー子が小さく付け加えた。


「次、もっと遠くなる。()()()()()


 何のことか説明しない。

 マスターも聞き返さなかった。


―――   ―――


 夕方。

 ミコがるすとの外、軒下(のきした)(こし)を下ろして空を見ていた。


 ステラが(となり)に来る。


「ミコ、何みてるの」

「……むこう」

「むこうって、どっち」


 ミコが指差す。

 地平線の、さらに向こう側。

 ステラには何も見えない。


「……やなひかり、また、した」


 少し間があって、


「でも、とおい」


「大丈夫?」とステラが()く。

 ミコがステラを見た。

 少し間があって「……うん」と言った。


「るすとのひかりが、おっきいから、まだ、いい」


 ステラが「そっか」と言って、ミコの(となり)(こし)を下ろした。

 二人でしばらく黙って空を見ていた。


 ステラが「ミコ、さむい?」と()く。

 ミコが「……ちょっと」と答える。

 ステラがミコの(かた)()りかかった。


「あったかい?」

「……うん」


 小さい返事だった。

 でも、ちゃんとした返事だった。


 マスターが遠くからその二人を見ていたが、何も言わなかった。


―――   ―――


 夜。

 ギルマスがマスターを呼んだ。


 机の上に、荒野(こうや)地図(ちず)が広げられている。

 一点に(しるし)が付けられていた。


砂漠(さばく)(がわ)から、妙な依頼(いらい)が来た。キャラバン(たい)から、同行者を探しているという話だ」


「キャラバン?」


「詳細は不明。ただここ数(しゅう)、この周辺(しゅうへん)感情(かんじょう)(けい)異常(いじょう)が出ている。()き止まない人間が増えた、怒りが(おさ)えられなくなった、という報告が散見(さんけん)される」


 マスターが地図(ちず)を見た。


「……NODE02の方角(ほうがく)だ」


「そうなる」とギルマスが答える。


「カケルの整備が終わったら出る」

「二日後だな」

「ああ」


 ギルマスが地図(ちず)(まる)めて(わた)した。


「ルース・ステラは連れていくのか」

「当然だ」

「……無理はさせるな」


「言われなくても」


 マスターが部屋を出た。


―――   ―――


 同じ夜。

 るすとから遠く離れた場所。


 (こおり)()む音がした。

 (きり)の中に、獣人(じゅうじん)の集落の(あか)りが見えていた。


「……(さむ)い」


 コハクが(かた)をすくめた。


「修行はさむいところでするアル。あたりまえネ」


 ムーニャンが前を歩く。

 止まらない。


「なぜ拙者(せっしゃ)がここまで付き合わねばならぬので」

「コハクが来たいと言ったネ」

「言っていないでござる!」

(うそ)をつくなアル」


 大量の荷物を抱えたコハクが溜息(ためいき)をついた。

 (きり)の中、前を歩くムーニャンの背中を見る。

 獣人(じゅうじん)特有の(みみ)が、(きり)の中でぴんと立っている。


「……ムーニャン殿は、ここに帰りたかったのでは」


「そんなことないアル」


 即答だった。

 ただし、少し(はや)かった。


 コハクが何か言いかけて、やめた。


「……いつまでかかるのでござるか」


 ムーニャンが少し間を置いて答えた。


(つよ)くなったら帰るヨロシ。それだけアル」


 (きり)の中に、集落の(あか)りが近づいてくる。

 どこかで(けもの)遠吠(とおぼ)えがした。


 コハクが「……あれは何のでござるか」と()く。

 ムーニャンが「挨拶(あいさつ)アル」と答える。

 コハクが「誰への」と()く。

 ムーニャンが「(かえ)ってきた者へのネ」と答えた。


 それ以上は言わなかった。

 足元(あしもと)(こおり)()いた。


 つづく。


 挿絵(By みてみん)




【登場キャラクター】

◆マスター……ムカデ対処・フー子と話す・NODE02へ向かうことを決める。今回もぶれない。

◆フー子……珍しく自分から話しかけてきた。「ぞよ」「じゃ」口調。全部分かってる顔で最小限だけ言う。

◆イツキ(姉)……コギャル口調でド正論。ログ再調査。ミツキと目が合う。まだ言わない。笑顔が戻っていない。

◆ミツキ(妹)……清楚・丁寧。イツキと並走。「話しますか?」と一歩だけ踏み込む。

◆ルース……受付で依頼を整理し始めた。「受付とは何ですか」が今回の名言枠。

◆ステラ……ミコの隣に座る係。「あったかい?」で寄りかかる。それだけで十分。

◆ミコ……「やなひかり、また、した」。でも「るすとのひかりが大きいから大丈夫」。ステラの体温で少し(ゆる)んだ。

◆ナツ……タニシ引きずり担当。脇腹(わきばら)()き担当。容赦ない。

◆タニシ……ムカデ施工(せこう)担当・(なさ)けない声・(くず)れ落ちた。今回も被弾(ひだん)枠フル稼働。

◆ガロ……複雑な顔のままムカデを見守る。常連の鑑。

◆ギルマス……NODE02への導線を静かに張る。「無理はさせるな」が今回の名言枠。

◆コハク……忍者口調。ムーニャンに振り回されながら歩いている。気づいているが言わない。

◆ムーニャン……前を歩く。止まらない。帰りたかったかどうかは言わない。


【あとがき】

るすと帰還編の締め、兼NODE02への導線回です。

タニシのムカデ施工(せこう)シーン、ルースが受付で依頼整理を始めるシーン、ステラとミコの「あったかい?」など、コメディと日常を増量しました。

フー子が自分から話しかけてくる珍しい回。「ぞよ」「じゃ」口調のロリババアで統一。何が分かっているかは言わない。でも全部見えている。

ムーニャンの「即答だったが少し早かった」は、帰郷の感情を本人が認めたくない演出です。コハクが気づいて黙るのも、この二人らしい距離感。

イツキのログ異常は次章以降に続きます。


【マスターステータス】


名前  :NO NAMEマスター

等級  :白磁(非戦闘登録)

状態  :帰還中・腰痛継続・出発準備開始

SAN値 :安定

観測度 :記録中・上昇傾向

次目標 :NODE02〈感情〉/砂漠キャラバン方面

備考  :フー子より「気をつけよ」の言及あり

     ムカデは子育て中につき現地保護

――《観測対象:要注意》


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