第67話 るすと帰還編01 おっさん、腰とタニシがボロを出す
帰ってきた。
腰は痛い。台帳は積まれている。タニシはやらかしてたらしい。
それがいつものるすとだった。
轍を踏みながら、ルステラ・キャリアがるすとの入口前に停まった。
ギルマスが外で腕を組んで待っていた。
疲れた顔で。いつも通りに。
「遅かったな」
「わるかったな――腰は大丈夫か?」
「お前よりはマシだ。さあ積もった話を聞かせろ」
荷解きもそこそこに中へ入ると、イツキが台帳から顔も上げずに言った。
「あ~、生きてたじゃん。よかったわ~まじで」
振り返りもしない。
台帳のページをめくる手が止まらない。
「台帳ヤバいんだけど。積みすぎてこっちが忘れるとこだった」
「……それは俺のせいか」
「まあそう」
ド正論を軽い口調で言い切って、イツキがようやく顔を上げた。
ルース・ステラ・ミコを一瞥して、
「あ、ちっこいの増えてんじゃん。かわい~」
それだけ言って台帳に戻る。
ミツキが受付の奥から走り出てきた。
「おかえりなさいませ。ご無事で……よかったです」
ルースとステラを見て、目を細める。
「ルースちゃん、ステラちゃん……なんか、変わりましたね。前より少し、落ち着いた気がして」
「……そうかもしれない」
「うん! ルース、かわった!」
ステラが元気よく肯定する。
ルースが「なぜ自分で言う」と呟く。
ミツキがミコに気づいて、しゃがんで目線を合わせた。
「あの……はじめまして。お嬢ちゃん、お名前はなんですか?」
「ミコ」
「ミコちゃん。よろしくお願いします」
ミコがじっとミツキを見た。
少し間があって、
「……やさしいにおい」
ミツキが「え?」と聞き返す前に、ミコはもう視線を部屋の奥へ向けていた。
――― ―――
マスターがどっかりと椅子に腰を下ろして、腰をさする。
旅の疲れが一気に出てきた顔だった。――だがそれは無理もない。今のルステラ・キャリアの座席といったら、カケルが言う「馬車」よりひどいかもしれない。
「……腰が悲鳴をあげてる...」
「また言ってるっす先輩」
ナツが呆れる。
そこへ、ステラが走り込んできた。
「ぱーぱ、しっぷ!」
「……シップとは何ですか」
ルースが首を傾ける。
マスターが「俺の世界では腰の痛みに貼る薬だ。冷たくなる」と説明する。
「……ここにはそれはない」
「でも、くさいやつのがある!」
ステラが走り出した。
しばらくして、草束を抱えて戻ってきた。
どこかで刈ってきたハーブだ。独特の強い香りがする。
「はる!」
「ちょ、待て、それどこから」
「ガロがくれた」
ガロが遠くで「効くぞ、それ」と親指を立てている。
マスターが「……頼む」と観念して背中を向けた。
ステラが一生懸命ハーブを背中に押し当てる。
「密着性が低い...」
ルースが呟いて、手伝いに来た。
二人がかりでマスターの腰にハーブを押しつけていく光景が出来上がる。
「ぱーぱのせかいでは、これをしっぷていうんだよ!」
「……覚えがはやい」
「ルースのせかいにはしっぷない」
「私はAIなので腰がない」
「かわいそう」
「何が」
微妙に噛み合わない双子のやり取りが続く中、
俺がうっかりおならをした。
プ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ス プッピ
静寂。
「ぱーぱ、オナラこいたー」
ステラが大声で事実を告げる。
「……言うな」
イツキが台帳を持ったまま横を通りながら「あ~聞こえてた~」と普通に流す。
ミツキが「……聞こえておりませんでした」と清楚に視線を窓へ向ける。
ナツが「先輩いつもより素直っすね!」と笑う。
ガロが「旅の疲れだ」と庇う。
タニシが「はっはっは、お疲れのようで!」と笑っていた。
――― ―――
しばらくして、タニシが荷物を整理し始めた。
イツキが受付から立ち上がった。
さっきまでと口調が変わっていた。
「ちょっと待って」
タニシが荷物を漁る。
出てきた。
見覚えのない白い布が一枚、タニシの荷物の底から現れた。
「こ、これはっ」
「あーそれじゃん。返して」
イツキがそのまま手を出す。タニシが受け渡しながら叫ぶ。
「ち、違うでゴザル! 混入したに違いなくて! 出発前にマスター先輩の後を追いかけて荷物をまとめるのが精一杯で!!」
「つまりマスターについていって逃げ回ってたから確認できなかったってこと?」
「そそそ、そういうことになりますが誤解でゴザル!!」
イツキが「ふ~ん」と受け取って戻っていく。
「言い訳がましいっすよ!」
ナツが間髪入れずにタニシの頭にチョップを入れた。
乾いた音が響く。
「いでっ!」
「荷物くらいちゃんと確認するっす!」
「でも先輩が急に出発するから!」
「それはそうっすけど!」
マスターが「……俺のせいか」と遠い目をする。
ガロが「まあ、あの出発は急だったからな」と同情する。
ミツキが「ご無事でよかったですよ、タニシさん」と優しくフォローする。
タニシが「ミツキさん! やっぱりミツキさんだけですよ!」と
目を潤ませて彼女に近づく。すると――
「――近寄らないでください」とミツキがバッサリ。彼女は、いうときは言う女だ。
――― ―――
台帳を広げると依頼が山積みだった。
「『酒場の裏に見知らぬ生き物が住み着いた、何とかしてほしい』……これ緊急か」
「依頼主の主観では緊急らしいっす」
「依頼主は?」
「ガロさんです」とミツキが丁寧に告げる。
ガロが「本当に怖いんだよ! でかいムカデだと思う! たぶん!」と訴える。
「たぶんってなんでゴザルかたぶんって!」
タニシがまだ頭を押さえながら反応する。
カケルが台帳には目もくれずに言った。
「車の整備は最低二日いる。文句いうな」
「言わない」
「……珍しい」
それだけ言って外へ出ていく。
――― ―――
酒場の奥、シーシャの煙の中にフー子がいた。
マスターが近づくと、煙を緩く吐きながら視線だけ向けてくる。
「おかえり」
「ただいま」
フー子がルース・ステラ・ミコの三人をゆっくりと順番に見た。
丁寧に。何かを確かめるみたいに。
何も言わなかった。
煙を一口吸って、静かに目を細めた。
「……なんか言えよ」
「別に」
「そういう顔するなら何か言え」
「言うことがあれば言うだけじゃ」
マスターが「相変わらずだな」と席を立つ。
その後ろで、フー子がごく小さく呟いた。
「……増えてる」
マスターには聞こえなかった。
――― ―――
夜。受付が閉まった後。
イツキが一人でログを照合していた。
マスターたちが持ち帰った走行ログ。その末尾に、見慣れない信号パターンが混じっている。
Z.E.U.S由来のログでも、冒険者タグの通信でもない。
「……これ、なんのログ」
独り言が漏れた。
ミツキが「どうしました?」と覗き込む。
「分かんない。でも前に見た気がするんだよね。すっごい昔に」
「……前に?」
「記録が途中で切れてて。でも切れる前の波形が――」
イツキが言いかけて、止まった。
「……明日もっかい調べる」
台帳を閉じる。
ミツキが「何かあった?」と聞く。
「気のせいかもしんない」
でも、顔が笑っていなかった。
いつもの軽い口調が、一瞬だけ消えていた。
つづく
【登場キャラクター】
◆マスター……腰痛・おなら・遠い目。旅から帰ってきてもおっさんはおっさん。
◆ステラ……シップ係・「ぱーぱへしました」報告係。仕事が速い。
◆ルース……「私はAIなので腰がない」。嚙み合わないのが今のルース。
◆イツキ(姉)……コギャル口調でド正論。台帳管理・タニシ下着回収・ログ異常に気づく係。笑顔が消えた時が本番。
◆ミツキ(妹)……清楚・丁寧・共感型。ルースの変化に一番最初に気づいた。ミコに優しい。タニシを庇う。
◆タニシ……下着疑惑・全力言い訳・チョップ被弾。今回のMVP(コメディ枠)。
◆ナツ……チョップ担当。容赦ない。でも言ってることは正論。
◆ガロ……ムカデ依頼・マスターの腰を庇う・ハーブを提供。常連の鑑。
◆カケル……整備二日宣言。ぶれない。珍しいとだけ言って去る。
◆フー子……「増えてる」。説明なし。でも全部分かってる顔。
◆ミコ……「やさしいにおい」。るすとに少しずつ馴染んでいる。
◆ギルマス……疲れてる。でも飯と風呂は用意してある。
るすと帰還回です。記憶ノード編の重さをコメディで全力リセット。
イツキ(コギャル・ド正論)とミツキ(清楚・共感型)の姉妹の違いを出しました。
ステラのシップ係、ルースの「腰がない」、マスターのおなら、タニシの下着疑惑、ナツのチョップ——全部詰め込んでいます。
フー子の「増えてる」は読者だけへのご褒美です。
イツキのログ異常は次話への引きです。まだ何も分かっていない。でも笑顔だけが消えた。
【マスターステータス】
名前 :NO NAME
等級 :白磁(非戦闘登録)
状態 :帰還・腰痛(慢性)・ハーブ貼付中
SAN値 :安定(微回復)
観測度 :記録中
備考 :童話あらすじ欠損・継続
おなら目撃者:全員
――《観測対象:要注意》
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