第66話 記憶ノード編08 おっさん、帰り道でボロが出る
帰り道は長い。
野盗も来た。おっさんはゲームの話しかできなかった。
それだけの話のはずが、ステラだけが黙っていた。
記憶都市を出発――荒野を走るルステラ・キャリア(通称るすと号)の中は、出発からずっとのんびりしていた。
来た道を戻るだけだ。危険もない。緊張もない。
タニシが「帰り道ってなんでこんなに長く感じるんでしょうね」とぼやき、ナツが「移動中も鍛錬っすよ!」と狭い車内で腕立て・体幹トレを始めてカケルに「揺れる」と一喝されていた。
―なんかこういうの好きな暑苦しい奴が...いたような、いなかったような。
そんなことを考えながら車内を見渡すと、
ミコは小窓から空を見ていた。ナツに話しかけられて「……うん」と短く返した。
いろいろと、記憶都市で思うところがあったのだろう。
ステラがマスターの袖を引く。
「ぱーぱ、おはなし、して?」
「……話か」
俺は少し間を置いて、口を開いた。
「昔、3Dの洞窟を探索するゲームがあってな。マップを自分で紙に書いていくやつで――」
「?」
「……?」
「……それ、どういう話?」ステラはきょとんとしている。
ルースが首を傾げる。二人とも、首を傾げている。ミコも窓から振り返って首を傾げた。
タニシが咄嗟に割り込んできた。
「先輩、子供に語りかける話じゃないでゴザルよそれは!」
「じゃあ、シューティングで全機消えた時の絶望感の話は――」
「違うでゴザル! もっと根本的に違うでゴザル! 白雪姫とか、シンデレラとか! そういう話でゴザル!」
マスターが「……白雪姫」と繰り返した。
「名前は知ってる」
「あらすじは!?」
「……」
沈黙。
「シンデレラは!?」
「……名前は、知ってる」
「赤ずきんは!?」
「……知って、る」
「あらすじ全部知らないんですか!! 先輩どういう幼少期を過ごしてきたんですか!?」
マスターが「……ゲームしかしてこなかった」と答えた。
タニシが「そんな幼少期ある!?」とひっくり返る。
ナツが「あたしはタニシの言ってる話は知らないっすけど……」と割り込んだ。
「光の母が眠りについた話とか、知らないっすか? この辺の子供ならみんな聞いて育つやつっす」
「……名前は、知ってる」
「あらすじは!?」
「……」
「どっちも知らないんですか!!」
タニシが天を仰ぐ。ナツが「先輩やばいっす……」と引きつる。
車内に笑いが転がった。
ステラだけが、笑わなかった。
光の母が眠りについた話、という言葉を聞いた瞬間から、ステラは膝の上に視線を落としていた。
ルースがちらりとステラを見た。何も言わなかった。
マスターは気づかなかった。
自分でも気づいていない。
名前だけが残って、中身が抜けている。
それがゲーム人間の偏りなのか、それとも別の何かなのか。
――― ―――
細い荒野の道に差し掛かったとき、前方に人影が複数現れた。
武装した男たちが横一列に並んでいる。
「止まれ。通行料だ」
マスターが「面倒だな」と呟いた、その瞬間だった。
ノエルがすでに動いていた。
車から降りることもない。ドアを少し開き、車両の手すりにつかまってもう片方の手で無造作に手刀を一発。
先頭の男が崩れ落ちる。
残りが「な、なんだこいつ」と後退りしたところへ、ノエルが無言で視線だけを向けた。
静謐な、凪いだ目だった。
野盗たちが転がるように逃げていく。
所要時間、十秒もかかっていない。
「……ノエルさんってそういう人でしたっけ」
タニシが引きつった顔で言う。
ノエルが「ん?」と振り返って、いつもの無表情に戻った。
「仕事ですから」
それだけ言って車に乗り直す。
「ノエル先輩、あたしより強くないっすか……?」
ナツがマスターに小声で確認してくる。
「知らん」
白磁とはいえ、”るすと”経験を十分積んだノエルは、そこいらの有象無象など、相手にもならないのだろう。
――― ―――
夜、荒野の中腹で一泊することにした。
ほとんどのメンバーが眠っている。
ルースだけが計器の前で起きていた。
数値の端に、見慣れない信号がある。
弱い。弱いが、消えない。
ステラが寝ぼけ眼で隣に来た。
「ルース、どしたの」
「何か、いる。ログの端に」
「……ままのにおい?」
「……わかんない。でも、ノイズじゃない。知ってる周波数だと思う、たぶん」
二人でしばらく黙って計器を見ていた。
ルースが「……記録しとく」と言って目を閉じる。
ステラが「うん」と短く言って、またルースに凭れて眠った。
――― ―――
ルースとステラが眠った後、マスターは一人で起きていた。
後部の小窓から荒野が流れている。暗い。星が多い。
取り戻せなかった記憶のことを考えている。眠れないというほどでもない。ただ静かに「途中だ」という感触を確かめている。
ふと、計器の端が橙金に一瞬だけ揺れた。
「……トウカか?」
返事はない。揺れは消えた。
「ちゃんとやれよ」
誰にでもない方向に言って、目を閉じた。
――― ―――
翌日の昼前、地平線の向こうに見慣れた建物が見えてきた。
「るすと!」とステラが声を上げる。
「あ゛〜〜帰ってきたあ゛」とタニシが崩れ落ちる。
「帰還っすね!!」とナツが飛び上がる。
「補給と整備、最低二日はくれ」とカケルが先に釘を刺す。
ルステラ・キャリアがゆっくりと入口に近づく。
ギルマスが外で腕を組んで待っていた。
「遅かったな」
「わるかったな――腰は大丈夫か?」
「お前よりはマシだ。さあ積もった話を聞かせろ」
長いようで短かった初めての旅。まだまだ先は長い。
だが俺は少しでも早く、すべてのノードを回収する......
記憶ノード編 完
ノード回収の旅はつづく――
【登場キャラクター】
◆マスター……ゲームしかしてこなかったおっさん。名前だけ知っていて中身を知らない。本人は気づいていない。
◆ステラ……光の母の話を聞いて、一人だけ黙っていた子。
◆ルース……夜に「知ってる周波数」を見つけた。「たぶん」で締めるのがいまの彼。
◆タニシ……転移者なので白雪姫を知っている。マスターを詰める係として大活躍。
◆ナツ……異世界育ちなので白雪姫は知らない。でも「光の母が眠りについた話」は知っている。
◆ノエル……野盗を十秒で片付けた。多くを語らない。仕事だから。
◆カケル……整備二日宣言。ぶれない。
◆ミコ……少しずつ場に馴染んでいる。それだけでいい。
【あとがき】
記憶ノード編、これにて完結です。コメディで包みながら、マスターの「名前だけ残って中身が抜けている」という描写を仕込みました。本人も読者もギリギリ気づかない温度で。ステラが黙っていた理由は、光の母=ルステラの話だと感じ取ったから。ルースの夜の「たぶん」は、0.3%の信号です。ノエルは今回ようやく仕事をしました。
【マスターステータス】
名前 :NO NAME
等級 :白磁(非戦闘登録)
状態 :移動中・軽度疲労
腰 :不調(自己申告・慢性)
SAN値 :安定(微減)
観測度 :上昇中
備考 :童話あらすじ記憶欠損を確認
本人・認識なし
――《観測対象:要注意》
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